金額交渉
「将軍、リーラニアに伝手がおありなのですね?」
僕が尋ねると、クナーセン将軍は頷いた。
「うむ。戦が起きる前は、我が軍とリーラニア軍の間に交流があったからのう。そのときに顔見知りになった将軍が何人かおる。そ奴らと戦場で相まみえたときは、少々やりにくかったものじゃわい。無論、国のために行う戦に、私情は挟めぬがな……」
感慨深げに将軍が言う。ともあれ、僕達がリーラニア帝国に亡命できる望みは、思った以上にありそうだ。
やがてパーティーがお開きになり、将軍は屋敷の人達に語りかけた。
「皆、ここまで良く働いてくれた。儂とアシマは、これよりリーラニア帝国に赴き、亡命できぬか掛け合ってみる。皆にはしばらくの間、思い思いの場所で身を潜めていてほしい。摂政も、儂やアシマ程には皆を厳しく探索せぬはずじゃ」
僕と将軍で話し合った結果、まずは僕と将軍、それにマルグレーチェの三人でリーラニアを目指すと決めていた。
本当は、みんなで一緒にリーラニアまで行きたいところだ。しかし、大人数で移動を続けていたらさすがに目立ち過ぎる。少人数ずつに分かれて潜伏していた方が、まだしも危険が小さいだろう。それに、リーラニアが亡命を受け入れてくれると決まったわけでもない。万一、捕えられてマリーセンに送還されそうになったとき、大人数では動きが取れない恐れもある。
将軍の言葉を聞き、使用人の一人が言った。
「心得ました。旦那様がリーラニアに落ち着かれたと聞きましたら、追って我々も参ります」
「うむ。皆には引き続き、苦労をかける……」
これで方針は決まった。僕は席を立ち、宿の人にお金を払いに行く。
だが、代金の額を尋ねた僕に、宿の人は首を横に振った。
「お代はいただけません。このままお帰りください」
「えっ? でも、結構飲み食いしたと思うんですけど……」
「失礼ですが、アシマ・ユーベック様ですね? そして、あそこにおられるのがクナーセン将軍閣下……」
「!」
言い当てられて、僕は息を飲んだ。肩にポルメーを乗せているから、僕のことはテイマーと分かってもおかしくないが、将軍の顔まで知っているとは。
少しためらったが、僕は頷いた。
「……そうです」
「以前、リーラニア戦線で兵士をしていたとき、お二方をお見かけしました。国の英雄からお代はいただけません。どうか御馳走させてください」
「いや、そういうわけには……」
僕は食い下がったが、宿の人はどうしても金額を言わなかった。




