窮鳥の行き先
クナーセン将軍とマルグレーチェに慰められ、僕はやっと気が楽になった。
「ありがとうございます。将軍、お嬢様……」
「ずっと気になってたんだけど、それ、止めてもらえない?」
「えっ……?」
「その、お嬢様っていうの。もう貴族の家の娘でもなくなるんだし、これからは名前で呼んで」
「いや、でも……」
「…………」
僕は抗おうとしたが、感情が冷え切ったような、何とも言えない表情でマルグレーチェに見つめられて怯む。こんな顔する動物、いた気がするなあ……
「あの、その……」
「早く」
「は、はい。マルグ、レーチェ、さん……」
「『さん』が余計。やり直し」
「マ、マルグレーチェ……」
「よろしい」
「はっはっは。王国が誇るテイムの名手も、儂の孫には形無しじゃな」
僕達のやり取りを聞いていた将軍が、愉快そうに笑う。ひとしきり笑った後、将軍は言った。
「さて、アシマよ……」
「はい」
「この町にも、いつまでもはおれぬぞ。今日の夕刻か、遅くとも明日には摂政の触れが回ってこよう。儂らを捕えよとな」
そうだった。僕達は逃亡者なのだ。次にどこに行くかを決めなくてはならない。准男爵の僕と違い、伯爵位を持つ将軍には領地があるが、そこも今頃は、摂政の命令で爵位と共に没収されているだろう。王国内には、僕達の居場所はないと考えるのが自然だ。
僕はしばらく思案してから、将軍に提案してみた。
「……いっそのこと、リーラニア帝国に行ってみませんか?」
「ほう。リーラニアとな?」
「はい。第一に、僕達が逃げる先は、マリーセン王国からの圧力をはね返せる力を持った国が良いと思います。小国では、摂政からの引き渡し要求に応じてしまう可能性があるので。マリーセン王国の周りで一番の大国は、言わずもがな、リーラニア帝国です」
「うむ」
「リーラニアとは長らく敵国でしたが、既に仮の休戦条約が結ばれ、正式な講和条約も間もなくです。僕達が亡命しても、国王陛下にお手向かいすることにはなりません」
加えて、講和条約が結ばれても、今までの敵国が急に友好国になるわけではない。しばらくは微妙な関係が続く。僕のような下っ端はともかく、マリーセン王国の国防の全てを知る将軍には、リーラニア帝国も何らかの利用価値を認めるのではないだろうか。
そう説明すると、将軍は少し考えてから言った。
「それは思い切った考えじゃ。だが、今となっては一つの手かも知れん。よし、一つ先方の将軍を通して亡命を打診してみるか」




