西部方面軍司令官の推量
それからしばらく、大きな動きはなかった。だが数日の後、ついにギーブル伯爵の下に注進が入る。
「申し上げます! 偵察部隊がマリーセン軍を発見いたしました!」
「来たか! して、その数は!?」
「一万に満たぬ程度とのことにございます。マリーセン王都からカルデンヴァルトへの街道を進んでおります」
「ううむ。一万か……」
「さらに、隊列の先頭にはマリーセン国王旗も見えたとのことにございます。おそらく、マリーセン国王ジムギウス四世が直に率いているものと」
「街道以外の道はどうだ? 別動隊が進んできてはおらぬか?」
「今のところ、軍勢が現れる気配はございませぬ」
「そうか……大儀であった」
「ははっ」
伝令兵が下がると、ギーブルは傍らの参謀ファルテン子爵に言った。
「聞いての通りだ。マリーセン軍は我が方に比べて小勢。加えてあの幼き国王がおる」
「そうと聞けば、確実に殲滅したいものですな。国王を討ち取るか捕虜にすれば、マリーセンとは有利な条件で和睦ができましょう。バワーツ砦も我らの手に落ちるはず。さすれば、後日帝都から参る皇帝軍との戦いに専念できるというもの……」
「うむ。その通りだ……」
そのとき、別の伝令兵が部屋に入ってきた。
「申し上げます」
「どうした!?」
「只今入った知らせによると、バワーツ砦から竜騎士が頻繁に飛び立ち、周囲の様子を探っているとのことにございます」
「何……? よし、分かった。下がれ」
「御意!」
少しの間沈黙するギーブル。やがて彼は口を開いた。
「……読めたぞ。アシマ・ユーベックの策が」
「司令官閣下、誠でございますか!?」
「うむ。あやつはシャドガン砦を狙っておる。我らの目を欺くために周囲の様子を探っておるが、実際はシャドガン砦の備えを見定めておるに違いない」
「何と……」
「これを見よ」
ギーブルは机の上にカルデンヴァルトの地図を広げると、その上の一点を指差した。
「ここで主要な街道が二つ、交わっておる。カルデンヴァルトにおける交通の要衝だ。辺境伯の館もそこに建てられておる」
「そうですな……」
「そして、この場所に近いのがバワーツ砦とシャドガン砦だ。今、バワーツ砦は敵の手にある。この上シャドガン砦まで奪われれば、我らはどうなる?」
問われたファルテンは、青ざめて答えた。
「……我らは南北に分断され、連携が困難になりますな。皇帝軍を迎え撃つ折には、著しく不利となりましょう」
「そういうことよ。それがあの獣使いの策だ」




