西部方面軍司令官の憂鬱
~西部方面軍Side~
バワーツ砦の攻略に失敗した後、近衛竜騎士団の追撃を振り切った西部方面軍司令官ギーブル伯爵は、カルデンヴァルトの別の要塞に入っていた。翌日ギーブル伯爵は、その要塞の一室で悪態をつく。
「ボルダヴィクの役立たずめが……大口を叩きおった分際でアシマ・ユーベックに敗れおって!」
「司令官閣下……」
机に向かうギーブルの側に控えるのは、参謀のファルテン子爵だった。ファルテンは悲痛な表情を浮かべ、伯爵の次の言葉を待つ。
「部下を全て失ったのみならず、自分自身まで討ち死にするとは! おかげでカルデンヴァルトの制空権が、完全に敵の手に落ちたわ!」
ギーブルは語気を強め、机をドンと叩いた。
「だから申しましたのに。竜騎士隊は温存すべきだと……」
「申すな! このようなことになると分かっておれば、儂とて出撃を許しはしなかったわ!」
既に結果が出ている以上、今更悔やんでも仕方の無いことであった。両人ともそれぐらいのことは百も承知であったが、あまりの惨状に言葉を押さえ切れなかったのである。
ギーブルはコップを手にすると、リーラニアから運ばせた酒を呷る。後方にいるときならともかく、敵地への侵攻中にあまり褒められた行為ではなかったが、飲まずにはいられなかった。
「……されど、まだ負けたわけではございませぬ。バワーツ砦以外の要塞は全て我が軍が押さえておりますれば、マリーセン軍や皇帝軍を迎え撃つことは十分に可能かと」
「うむ……各要塞の状況はどうだ?」
「籠城の準備が、順調に進んでございます。ガルハミラ候の用意された兵糧は駄馬にて各要塞に運ばれつつあり、さらに痛んだ箇所の修復も行っております」
「左様か。休戦前、クナーセンの老いぼれには散々苦杯を舐めさせられたが……あやつの作らせた砦を我らが用いて勝ちを得ると思えば、いささか痛快ではあるな」
「御意。されど……」
「いかがした?」
「将校や兵共の間に、いささか動揺が……バワーツ砦のマリーセン軍に、帝都の近衛竜騎士団が加勢しておりました故、いかなることかと怪しむ者が出ております」
「ふうむ……」
既にシャルンガスタ皇女を襲撃し、帝都への叛意を露わにしていたギーブルであったが、それを知るのはファルテンや死んだボルダヴィクなど、前々から反乱の計画に同意していた者達だけであった。西部方面軍の幹部の一部は、まだ反乱を起こすことを知らず、皇帝の命令で戦っていると思い込んでいる。




