もう一度西へ
「ということは、西部方面軍はあの者達の話を聞いて、小勢のマリーセン軍を大軍と思い込むのですね?」
「いいえ、おそらくそうはならないかと」
「何故でしょうか……?」
不思議そうな顔をするシャルンガスタ皇女殿下に、僕は説明する。
「我々が、ここカルデンヴァルトから帝都に向かった折のことでございます。わたくしはテーゼラー卿を通じ、西部方面軍に虚偽の経路を伝えました。西部方面軍はその情報に踊らされ、我々を取り逃がしております」
「あっ……」
「そうです。西部方面軍の首脳は決して愚かではありません。わたくしが漏らした情報を、簡単には信じなくなっているはず。疑心暗鬼に駆られ、躍起になってマリーセン軍の誠の兵力を確かめようとするでしょう」
「しかしそれでは、あの者達を送っても、西部方面軍を計略にかけられないのでは……?」
「それで良いのです。始めからマリーセン軍の兵力を誤魔化すつもりはありません。わたくしが味方の兵力面で西部方面軍を騙そうとしている、それさえ伝われば十分なのでございます」
「アシマ様……」
「西部方面軍司令官のギーブル伯爵は、自身に火を着けられ、竜騎士隊も失いました。もう二度とアシマ・ユーベックにしてやられてなるものか、あわよくば裏をかいて溜飲を下げたいと思っているに違いありません。さすれば、必ずやそこに隙が生じると考えております」
「何と……」
皇女殿下は呆気に取られた様子で、僕の顔を見つめた。しばらくの間、部屋の中を沈黙が流れる。
「「「…………」」」
やがて僕は、口を開いた。
「みんなには引き続き、カルデンヴァルトやその周辺の偵察をしてもらいたい。何か異変があったら、クナーセン将軍に知らせるんだ」
「「「はっ!」」」
「クナーセン将軍にと仰いますと、団長はどちらへ……?」
尋ねてきたデーグルッヘに、僕は答える。
「僕達は西に飛ぶよ。国王陛下にもう一度会いに行くんだ」
「御意。作戦の手筈を整えるのですな」
「うん……それともう一つ、西部方面軍の偵察を妨害しないように言っておかないとね」
「西部方面軍にマリーセン軍の兵力を教えるのが、アシマ様の策なのですね」
「はい。西部方面軍はわたくしの嘘を見破ることになります。そうなれば彼らは、何としてでもその見破りを戦果につなげたいと思うはず」
「「「…………」」」
そして僕は姿勢を正し、皇女殿下に向かって言った。
「その瞬間こそ、皇帝陛下の勝利が確定するときでございます」




