老将軍の涙
「さて……」
僕はベッドから立ち上がる。マルグレーチェが尋ねてきた。
「どこへ行くの?」
「クナーセン将軍や辺境伯のところ。夕べのこと、ちゃんと話さないとね」
「……確か、国王陛下にお会いしてきたのよね」
「うん……」
カルデンヴァルトへの援軍を率いる国王陛下に、僕は軍使として拝謁した。そのとき見聞きしたことを、まだクナーセン将軍や辺境伯に詳しくは話していない。朝は西部方面軍の竜騎士隊を迎え撃つ準備で、大忙しだったからだ。
「分かったわ。行きましょう。お爺様達なら、今軍議を開いているはずよ」
マルグレーチェも立ち上がる。二人で会議室まで行くと、外で見張りに立っていた兵士が扉を開けてくれた。中に入って挨拶をする。
「軍議中のところ、失礼いたします」
「アシマ様」
「アシマ」
会議室には、シャルンガスタ皇女殿下に辺境伯、クナーセン将軍の他、主だった人達が集まっていた。壁際に控えていたカルデンヴァルト兵の一人が、空いている椅子を引く。
「将軍、どうぞ」
僕がリーラニアの皇帝陛下から任じられた竜騎将軍であると、皇女殿下あたりに聞かされているのだろう。「ありがとう」と言ってその椅子に座った。マルグレーチェは、僕のすぐ斜め後ろにくっつくように立つ。それを見た皇女殿下が眉をひそめるが、結局何も言わなかった。
「アシマよ。少しは休めたかのう?」
「はい、お陰様で……されば、昨夜のことをお話しいたします」
クナーセン将軍の問いに答えてから、僕は夕べ見聞きしたことを話し始めた。カルデンヴァルトへの援軍がジャールントの町まで来ていること。その軍勢を率いているのが国王陛下であり、摂政は来ていないこと。そして摂政が来ていないせいで、少数の兵士しか集まっていないこと……
「何ということじゃ!」
僕の話を聞き終えたクナーセン将軍は、両手で机を叩いて嘆いた。
「今の話……摂政はこのカルデンヴァルトも、国王陛下も見捨てるつもりに違いない……大方、リーラニアの講和反対派と密約を結び、カルデンヴァルトを売り渡すことにでもしているのであろう。ああ……おいたわしや国王陛下! この老骨さえお側にあれば、兵を整えお心を安んじ申し上げられるものを!」
「……国王陛下におかれましては、クナーセン将軍の安否を殊の外、気にかけておいででした」
「おおお……何ともったいない!」
クナーセン将軍は、机の上に泣き崩れてしまう。隣に座る辺境伯は、将軍の肩にそっと手を乗せた。




