皇帝の詔
「左様でございましたか。これは御無礼仕りました」
シャルンガスタ皇女殿下の説明に、ギーブル伯爵はあっさり引き下がった。伯爵は兵士達に目配せをする。前に出かかっていた兵士達は、剣から手を離して元の位置に戻った。
同時に、今にもドラゴンを動かそうとしていた竜騎士団員達も、緊張を解いて平静に戻る。
「御理解に、感謝いたします」
僕はわざとらしく、ギーブル伯爵に頭を下げた。
僕が皇女殿下の側にいる理由を、伯爵が知らなかったはずはない。
カルデンヴァルトで僕が皇女殿下を助けたことは、テーゼラー卿の報告で知っていただろう。さらに昨日、宰相とサーガトルスを倒して皇帝陛下を助けたことも、帝都から来た伝令兵に告げられたに違いないのだ。僕がリーラニア軍の一員になっているのを、伯爵が本気で怪しむとは思えない。
それでも突っかかってきたのは、やはり共謀していた宰相を倒された腹いせか。帝都の承認の下でカルデンヴァルトに侵攻する計画が崩れかかり、脅しの一つもかけないではいられなかったのだろう。
「皇帝陛下の詔を伝えます」
改めて、皇女殿下が厳かな口調で言った。ギーブル伯爵とその兵士達は、平伏して殿下の言葉を待つ。
皇女殿下は皇帝陛下の言葉を記した書状を取り出し、読み上げ始めた。
「此度、西部方面軍が余の許しなく越境し、マリーセン王国との休戦協定に違背せしことは、誠に余の遺憾とするところである」
「!」
暗かったが、それでもギーブル伯爵の表情が強張るのが分かった。皇女殿下の読み上げが続く。
「余は西部方面軍司令官に対し、直ちにマリーセン王国と和議を結ぶこと、並びにマリーセン領から即時撤兵することを再度厳命する。この命に従わぬ場合、西部方面軍司令官は帝国への反逆者とみなされ、討伐の対象になると心得よ……以上です」
読み上げ終えた皇女殿下は、書状を僕に渡した。僕はそれを受け取って、ギーブル伯爵のところまで運ぶと、両手で恭しく差し出した。
「…………」
ギーブル伯爵は、平伏したままわなわなと震えていた。差し出された書状を受け取ろうともしない。ここで受け取りを拒否すれば、皇帝陛下への反逆を認めたことになるが……
「「「…………」」」
その場に緊張が走った。誰も何も言わず、成り行きを見守っている。僕は書状を差し出した姿勢のまま、伯爵が次にどう動くかを警戒した。
しばらくして、皇女殿下が語りかける。
「ギーブル伯爵。父上の詔を受け取らぬのですか?」




