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王太子の世話になる元悪役令嬢

「すみません、服をよごしてしまって……」

「洗えば済む話だ。気にする必要は無い」


 泣くだけ泣いて落ち着いた私は何故かジョアン様と一緒に朝食を摂っていた。私が緊張しないよう簡素な料理がテーブルに並べられた。それでも固くないパン、ジャム、エッグ、サラダ等、イサベルとしては初めて口にする豪華さなのだけれど。


 彼の傍らで控えている使用人も一人だけだ。これも私を配慮してなんだろうけれど、彼女は王宮で家政婦長兼教育係を務めるラーラ女史だと知っている。緊張するなと言う方が無理がある。


「悪いが俺は感情に振り回される非建設的な話が嫌いでね。これ以上慰めてもらいたいならそこのラーラにでもお願いしろ」

「い、いえ。これ以上迷惑をかけるわけには……」

「カレンはこれからどうしたい?」


 問いかけられた私は一旦頭の中を整理する。しかしジョアン様は私に思考する時間を与えずに再び口を開いた。相変わらず自分の好きなように進む方だ。


「家も家族も勤め先も失って戻るところがないだろう。俺が一昨日言ったようにこの家に来ないか? ああ、勿論働いてもらうことになるが、先生の下で学んだカレンなら下働き以上の仕事を任せられる。給金は期待していい」

「……わたしの家はやっぱり燃え尽きていたんですか?」

「ん? ああ、そうだな。まずはそこから状況を把握するか。ラーラ、アレを持って来てくれ」

「畏まりました。しばしお待ちを」


 ラーラ女史は恭しく一礼すると足音を立てずに部屋から去っていった。その間ジョアン様は皿に盛られた料理を口にする。私もお腹が空いていたのもあって行儀なんてそっちのけで次々に食べていった。とても美味しい。


 戻ってきたラーラ女史は木箱を抱えていた。彼女は木箱を床に置くとその上に置かれた地図を広げて私達に提示した。テーブルの上に置かないのは食事中だからだろう。わたしは一向に構わないのだけれど。


「この赤く囲った地区が今回の火災で被害に遭った場所だ。そのうち全焼した家屋は黒く塗りつぶしている」

「結構被害が大きいですね……」

「発生は夕方時で女子供が家に戻り、男が仕事を終えようとした時刻らしい。火元は生存者の証言から大体この辺りのようだな」

「……わたしの家の近くです」


 それは火災の調査に使われているだろう貧民街の地図だった。赤枠と黒塗りの他にバツ印があり、多分……犠牲者が見つかった場所を示しているんだろう。私の家にも亡くなったお母さんを示すバツ印が……二つ?


「カレンの家ってここで合ってるか?」

「あ、はい。そうです」

「アレから二人目の遺体が見つかってな。昨日の調査で近所に住むカレンと同世代の娘だと判明した。確かこの家だったって聞いてるんだが、心当たりは?」

「多分ですけど知ってます」


 近所付き合いはある方だったから粗方住人の顔は知っている。私の家にいたとされる少女からは何度かおすそ分けだと料理を分けてもらったことがある。私が働いている時にお母さんを見てもらう代わりに休日私が向こうの掃除を手伝う、なんてこともあった。


 そうやって持ちつ持たれつだったから恵まれなくても暮らしていけた。そうか……お母さんばかりじゃなく、私はこれまでの生活のほとんどを失ってしまったのか。あまりにも私の中から奪われた存在が大きすぎてまだ飲み込めない。


「死因は刺殺だった」

「……は?」

「焼死じゃない。カレンのお母さんとその少女は殺されたんだ」


 殺された?

 お母さん達が?

 どうして?


「不幸中の幸いだったのはカレンのお母さんは抵抗の跡が無かったことから就寝中に犯行に及んだようだとさ。少女は背中の切り傷と腹部や胸部に無数の刺し傷があって、口封じもしくは……」

「もしくは……?」

「カレンと間違えられて被害に遭った可能性がある」

「――っ! どう、して……!」


 思わず立ち上がろうとしたけれど、ラーラ女史がいつの間にか背後に回っていて、両肩に手を乗せられていた。思わず振り返ってもラーラ女史は顔色一つ変えずに私を見つめるばかり。

 しかし彼女の瞳が語っている。御前だから控えなさい、と。

 

「それから燃焼具合といい、どうも油を撒かれた可能性があるそうだ。火事は証拠隠滅を図った放火かもしれないってことだな」

「わたし、そんな人に恨まれるようなことなんてしてません! お母さんだって……!」

「落ち着け。とにかく調べようにもたまたまカレンの家が標的にされたのか初めから狙われていたかで捜査の方針が全然違ってくる。何か些細な点でもいいから教えてくれ」

「そう言われても、わたしには何も思いつかなくて……」


 とは言ったものの参考になるならないを判断するのはジョアン様だ。イサベルじゃあるまいし、わたしがいくら女々しくしても彼の心には響かないだろう。ここはとにかく彼を満足させる程度には喋りまくるしかない。


 私はあふれ出る涙をぬぐってジョアン様を見据えた。ジョアン様はそんな気丈に振る舞う私に満足そうな笑みをこぼす。……正直、こんなジョアン様はかつてのレオノールはおろかイサベルにも見せたことはなかったのではないだろうか?


「何でも聞いてください。ちゃんと答えますから」

「じゃあ遠慮なく。家にいたのは母親だけだそうだが、他に家族は?」

「いません。二人暮らしです」

「親父さんはどうしたんだ?」


 本当に遠慮ないなこの王太子殿下は。


 迷う必要は無かった。父親が当主を務める男爵家なんぞよりジョアン様の方がはるかに格上だから権力を恐れなくたっていい。だから私は遠慮なく父親のこと、お母さんのこと、それからイサベルになった本当のカレンのことを打ち明けた。


「男爵家の庶子、か。思った以上に事情が複雑そうだなあ」

「かの男爵家でしたら確か新たに子を迎え入れたとの報告がありましたか」

「男爵が妾どころか使用人に手を付けて産ませた子だとバレるのを恐れて口封じでもしたか?」

「その線も疑って調べた方が良さそうですね」


(そんな自分勝手な理由でお母さんは殺されたっていうの?)


 そう頭に血が上る反面、納得出来てしまった。間違いなくレオノールだった頃の常識のせいだ。貴族は平民のことなんて何とも思っていない。家や自分のためなら虫を潰すように犠牲にしたっておかしくない。


 もしそれが真実ならイサベルはどうだったんだろう? 彼女もまた母親と姉妹を失っていたんだろうか? それとも実は彼女も知っていて、保身のために実の家族を切り捨てたんだとしたら? ……今となっては分からないんだけれど。


「調査は俺、と言うか役人に任せておけ。犯人にはしかるべき罰が与えられるだろうさ」

「相手がもし貴族様だったとしても?」

「あー。権力でもみ消されるだろうって? 安心しろ。男爵ごときには手を出させやしないさ」

「……分かりました。よろしくお願いします」


 私は深々と頭を下げた。王太子が気に掛ける事件ともなればよほど国政に関わる名家でもなければ公正に処罰されるだろう。自分の手で恨みを晴らしたい気持ちはあるけれどそれが正しいんだ、と自分に言い聞かせる。


「で、話を元に戻すが、カレンはどうしたいんだ?」

「えっと、先生に紹介していただいた奉公先が下宿可能か確認して――」

「問題ありません。採用します」

「駄目だったら……え?」


 改めて私は一昨日の説明を繰り返そうとして、ラーラ女史に口を挟まれた。しかも採用? 混乱する私を余所に再びジョアン様の傍に戻っていた彼女は懐から先生に書いていただいた紹介状を取り出した。


「カルロッタ先生はカレンさんにかつての教え子を頼るように促しているようですね。光栄にも私もそのうちの一人に挙がっていました」

「ラーラさんってカルロッタ先生の教え子だったんですか!?」

「え? はい、そうですが何か?」

「あ、いえ。何でもないです……」


 思わず驚きの声をあげてしまった。まさかこんなところにも接点があっただなんて思いもしなかった。確かに思い出話に『先生』は度々登場していた覚えがあるけれど、それがカルロッタ先生だなんてどうして結び付けられるだろうか?


「先生の教え子であれば最低限の教育は受けている筈。雇っても問題は無いでしょう。殿下、よろしいでしょうか?」

「ああ構わない。やはり持つべきは人との繋がりだな。カレンよ、そうだろう?」

「……」


 ジョアン様は満足げに頷いた。

 今でもジョアン様と関わりたくない思いはある。けれどそれは明日の心配に過ぎない。仕事も住処も失った私は今日を生きる心配をしなくてはいけない。先生の他の教え子が私を受け入れてくれるか不確定な以上、ラーラ女史の勧誘は渡りに船だ。


「分かりました。色々と至らない所もありますが、お世話になります」


 結局、イサベルとなった私もジョアン様と深く関わることになってしまった。

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