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皆の前で愛を叫ぶ元悪役令嬢

 イサベルや男爵が退場しても懇談会は本来あるべき姿を取り戻していない。

 それもその筈、大博打に打って出て失敗したフェリペ様方の処遇が残っている。


 フェリペ様は茫然自失となりイサベルが連れていかれた会場出口を眺めたままだ。アントニオ様は想い人をみすみす連れていかれた己のふがいなさを恥じているようで、サンチョは頭を抱えながら「嘘だ」と呟き続けている。


 真っ先に動いたのは宰相閣下だった。

 閣下はフェリペ様の頭を掴むと強制的に頭を下げさせた。額を床に擦るのではと思うほどにひれ伏した閣下は「申し訳ありません!」と会場に轟く程の大きな声で謝罪を口にした。


 閣下は色々と言葉を並べたが、要約すれば息子の失態の責任を取って自分は宰相を辞任、息子は領地に連れて帰り再教育を施す、ドゥルセ様や侯爵家には謝罪と十分な償いをすることを約束する、といった内容だった。


「そなたはこれまで長きにわたり余と国に仕えてくれた。これからも役に立ってもらわねば困る故、宰相を辞することは許さん。それ以外はそなたの申す通りとしよう」

「あ、ありがとうございます!」

「侯爵もそれでよいな? 不十分と感じるのなら遠慮なく申すが良い」

「この度は全てあの憎き魅了の邪視により狂わされたもの。言わば互いに被害者であると考えます。強いて希望を申し上げますと、娘の名誉の回復のためご助力いただければ、と思います」


 いかに魅了の邪視で操られていたとはいえやってしまったことは取り消せない。全てをイサベルに押し付けられはしない。明日からの平穏を取り戻すためにも多少は罰せられるべきなのだろう。


 『ヒロイン』の手駒となってしまったドゥルセ様も長期の療養が決まった。影響を強く受けた彼女達が解放されるにはどれぐらいの時間を要するだろうか。魅了されていた期間と同程度か、すぐに元通りとなるか、一生解けないのか……。


 他にも大将軍はアントニオ様を特別扱いせず一卒兵として扱うことを誓い、大商人はサンチョを後継者にする予定を白紙にした。二人とも一方的に捨てた形となった息子の婚約者または許婚が傷つけられた名誉の回復に努めると約束した。


「で、カレンはどう思う?」

「どう、とは?」

「連中は魅了が解けた後もイサベルを愛し続けているだろうか?」


 沙汰を下す国王陛下を遠くから眺める私は不意にジョアン様に小声で問いかけられた。


「愛し続けるかもしれませんね。操られていたと分かっていても自分が抱いた想いは本物だったんだ、と信じたくて……だったり、そもそも魅了の邪視はきっかけに過ぎず、イサベルの人柄に惹かれていたのだとしたら?」

「耳が痛い。レオノールへ下した罰を後悔しながらもなおイサベルを愛おしく想い続けたかつての俺みたいにか」

「今回のイサベルが受ける罰がどんなものかは分かりませんが、愛が残った場合は彼女を待ち続けるんでしょうか?」

「さあな。それを決めるのはアイツ等だ。本当の愛とやらが本当に本当なのかはイサベルが償いを終えたその時に分かるだろうさ」


 フェリペ様方はこれ以上ここに留まって折角の懇談会を台無しにするわけにはいかない、と退場していった。

 優秀な彼らならいつしか誇りを取り戻すことも出来るだろう。かつて私を破滅させた敵ではあるが、彼らの健闘を祈ろうではないか。


「さて、何やら騒ぎが起こってしまったが、これで――」

「いえ、陛下。恐れながら申し上げますが、今までの茶番は全て前座に過ぎません」


 元の懇親会に戻そうと声をあげた陛下だったが、それを止めたのはなんとレオノールだった。

 まだあるのか、と一同驚きを露わにしたが、そんな周りなどお構いなしにレオノールは見惚れるほど優雅な仕草で一点を見つめた。


 皆が一様にレオノールの視線の先を追う。

 そう、他でもない。ジョアン様と私へと。


「王太子殿下……いえ、ジョアン様。この度はご卒業おめでとうございます」

「ああ。これで俺達も晴れて大人の一員だな」

「学園を巣立てば私達の婚約関係は終わりを迎え、正式な夫婦となる。その辺りは忘れておりませんよね?」

「俺を誰だと思っているんだ? 忘れる筈ないだろう」

「では、何か言いたいことがあるのではないですか?」


 不穏な空気が会場内に流れた。


 華麗なレオノールと尊大なジョアン様。二人の関係が決して婚約関係と呼ばれるものではないとは皆の共通認識。それでも二人は互いを盟友だと公言しているのだからこのままつつがなく結ばれるだろうと考えられていた。


 まさかそれを覆す程王太子と公爵令嬢は愚かではない、筈だったのに。

 それも切り出したのはこれまで婚約関係を頑なに続けてきたレオノールだ。

 皆が不安になるのも不思議ではない。


「この場で言っても良いのか? せめて穏便に済ませてやろうと考えていたが」

「毒食らわば皿まで、と極東のことわざにあります。どうぞ仰ってくださいませ」


 面白い、と口角を吊り上げるジョアン様。ご随意に、と微笑を浮かべるレオノール。

 一同が固唾を飲んで見守るしかない。雰囲気に飲まれて誰も彼を止められない。


「なら俺、ジョアンはここに宣言する。レオノール!」

「はい」

「お前との婚約を破――もがっ!?」


 なら、止めるのは私しかいないだろう。


 ジョアン様が取り返しのつかない宣言をする前に私は彼に飛び掛かり、その口を手で塞いだ。まさか私に邪魔されるとは想像していなかったようで、ジョアン様は目を見開いてこちらを見つめてくる。


 彼は細い私の手首を掴んで引きはがしにかかってきた。私は力ずくで退けられる前にレオノールへと振り向く。私の大胆な行動にはさすがの彼女も想定外だったようで、驚きを隠せないでいる。


「レオノール様! わたし、カレンはジョアン様を愛しています!」


 そして、自分の想いを皆の前で告げた。


「大それた想いだと諦めようと何度も思いました! けれどどうしてもこの想いは捨てられません! ジョアン様を想うと胸が熱くなって、この方が別の女性に優しくすると嫉妬で狂いそうです! ジョアン様に拒絶されたらきっと生きていけないでしょう!」

「……で、何が言いたいの?」

「わたしもジョアン様に愛されたいです! その許しをいただきたく、お願いします!」


 ジョアン様はレオノールとの婚約を破棄した上で私と添い遂げると宣言したかったのだろう。自分勝手で無責任な愚行だとしても、だ。その結果王太子の座から降りようと、廃嫡すら言い渡されようと、彼の決意は揺るぎないに違いない。


 そんな真似はさせられない。


 ジョアン様はこのルシタニア王国の未来になくてはならない存在……いや、そんな建前はもはやどうでもいい。

 私が添い遂げたいと願い続けた相手は『王太子である』ジョアン様だ。そんな彼を私のいる位置まで引きずり下ろすなんて出来ない。


 誓うが私個人はもはや王太子妃の座にはこだわらない。王太子のジョアン様が好きになったからそのままでいてほしいだけで、もし私が大工の息子だったジョアン様に出会っていたら大工の息子のままでいてほしいと思っただろう。


 ジョアン様には私が愛したありのままでいてほしい。

 それは私の我儘であり、その為なら私はためらいなく退こうではないか。


「貴族ではない貴女は側室になれないわ。まさかイサベルさんのように男爵令嬢を名乗るつもり? それともここにいらっしゃっているどなたかに養子にしてほしいと頼む?」

「正妃でも側室じゃなくても構いません。わたしはジョアン様に愛されればそれでいいです」

「つまり愛人になりたい、と言いたいのね」


 私が頷いたのとジョアン様が私を引きはがしたのはほぼ同時だった。

 ジョアン様は私の申し出に怒っているのか、痛いほどに私の手首を強く握る。


「カレン、一体何を言っているんだ!?」

「今のわたしなんかのために泥をかぶるなんて駄目です!」

「お前はそれでいいのか!? 俺には見えているんだぞ、お前の本当の想いが――!」

「そんなのどうだっていいんです!」


 ああ、そうだ。ジョアン様が見透かすとおり私はジョアン様を独占したい。

 彼の愛が他の女に向けられたら胸が張り裂けそうだ。

 自分を抑えきれなくなってかつてのレオノールのように戻れない罪を犯すかもしれない。


 それでも、これが最良の選択だと確信できる。

 妾なんて嫌だ、私だけを向いていて、との本音は心の奥底にしまってしまおう。この先どんなに苦しもうが、どれだけ我慢が必要だろうと。

 そう、ジョアン様の傍にいられればそれでいいのだから。


「二人とも、言い争いはそこまでにしてください。そもそも、私はジョアン様が愛人を作って良いなどと許した覚えはありません」


 繰り広げられる私とジョアン様の言い争いを止めたのはやはりレオノールだった。容赦のない否定を私が理解する間もなく彼女はこちらへと歩み始めた。そして彼女はジョアン様ではなく、私の目の前に立つ。


「カレンには私の野望に役立ってもらわないといけないもの」


 そして、彼女は私の眼鏡を外した。

 私にもイサベルと同じ魅了の邪視が宿っているにも拘わらず、邪視殺しを取ったのだ。


 これでは私の邪視の影響を受けて……と思うよりも前に、レオノールの瞳が怪しく光った、ような気がした。

 しかし彼女と目と目を合わせた直後、急に意識が遠くなるのを感じた。


 そう言えばレオノールはこの前邪視を宿したんだった。

 そんなことを思いながら私の意識は暗転した。

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