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悪役令嬢の逆襲に感心する元悪役令嬢

 未来の王太子妃となるレオノールが学園に通うご令嬢達を扇動してイサベルを虐げた。そんな告白は会場にいた一同を動揺させた。

 邪視が絡んでいるとなると子供のいたずらでは済まされない。極刑に処されてもおかしくない罪になるからだ。


 ドゥルセは更に自分の邪視は後天的なもので、レオノールに脅されて無理やり邪視持ちにさせられたと訴える。

 邪視を授ける魔女がいた事実にも衝撃が走ったが、まさかあのレオノールがそこまで非道で非情な真似をさせるとは、とも驚愕が上回っていた。


「良く告白してくれた。私は君の勇気に感謝する」

「ありがたい言葉です」

「レオノール嬢! 貴女がドゥルセを始めとして多くの令嬢達を唆してイサベルを追い詰めたのは証言が取れている! 弁明を聞こうか!」


 見事な筋書きだと改めて感心せざるを得なかった。

 例え決定的な証拠を残していなくても、単に思わせぶりな言葉で行動を誘発させたのだとしても、皆が「レオノールに言われてやりました」と主張すれば元凶として担ぎ出されるしかなくなるのだから。


 私の場合は半ば脅しに近い形でイサベルを仲間外れにさせ、私物を壊させ、罵らせ、お茶をかけたり転ばせたりと散々な目に遭わせた。嫉妬のあまりか弱い乙女を虐げる醜さは自分の伴侶に相応しくない、とジョアン様に宣告されて婚約破棄に至った。


(けれど、ねえ)


 今回の場合においてはそこまで再現するのは失敗だったと断言しよう。


「ふ、ふふ……あっはははは!」


 訴えられたレオノールは笑い声をあげた。会場に轟く程大きな高笑いだった。

 常にいずれ国母となるに相応しくあれと公の場では気品と優雅さに溢れた行動しか取らなかった彼女が、人を馬鹿にしたような笑いを飛ばしたのだ。


「何が可笑しい!?」

「あら、何が可笑しい、とフェリペ様は仰りますが、逆に伺いますと貴方様の主張のどのあたりが可笑しくないのですか? 思わず笑いをこらえきれない程滑稽で滑稽で」

「なっ……!? 私だけでなくイサベルも更に侮辱するのか!?」

「まあ、いいでしょう。茶番ではありますがお付き合いして差し上げます」


 憤るフェリペ様は今にもレオノールに飛び掛かりそうなぐらい顔を真っ赤にする。

 そんな彼とは対照的にレオノールは落ち着き払ったままで慇懃なほど丁寧にお辞儀をした。ため息が漏れる程美しい動作ではあったが、この時ばかりは相手への挑発として作用する。


「まず、ドゥルセ様を始めとする各ご令嬢方の訴えは事実無根であると主張致します。何故なら私にはイサベルさんを除け者にする動機が一切ありませんもの」

「この期に及んで白を切るつもりか!?」

「白を切る? 別に私はイサベルさんが礼儀作法がなっておらず恥をさらそうが、フェリペ様方に可愛がられていようが全く関係ありませんもの。極論、どうでもいいとすら思う方に割く時間などございません」

「ど、どうでもいいだと!? そうやってまた貴女はイサベルを悪く言うのか!」


 レオノールの主張に学園の生徒の半分以上が同意を示す。レオノールが徹底的にイサベルと関わりを持とうとしなかったのは周知の事実で、複数のご令嬢がイサベルは生意気だと訴えても全く取り合わなかったのだから。


「むしろ私はイサベルさんには失望しているのですよ。どうせ誑かすのならジョアン様のお心も奪ってくださればよかったのに。そうすればこの方とは男女の関係にまで及ばない気楽で程よく近い関係が続けられましたのに」

「なっ……!?」


 フェリペ様やアントニオ様が驚愕を露わにしたが、まさかレオノールがジョアン様と淡白な関係なのは表向きだとでも思っていたのだろうか。

 驚くのは彼らばかりで、学園生徒どころか一部の大人達にも「婚約は義務だ」との彼女の本音は周知されているようだった。


「だったらドゥルセ達の証言――」

「口を慎みなさいフェリペ様。ついさっき婚約破棄したのですから気軽に淑女の名を呼ぶべきではありませんよ」

「……っ。ドゥルセ嬢達をどう説明するつもりだ!」

「私が一言でもイサベルさんは煩わしいと口にしていたならご期待に沿えたのでしょうが、あいにく先程申した通りイサベルさんには何も興味が無いものでして」

「彼女達が嘘を言っているというのか!?」

「もしドゥルセ様方が嘘をおっしゃっていないとしても、「きっとレオノールはイサベルを疎ましく感じているに違いない」と勝手に思い込んだのではないでしょうか?」


 黙って見過ごしていたのは事実ですが、とレオノールは付け加えた。


 にわかだがフェリペ様に焦りが見え始めた。

 レオノールがイサベルについて何も感じていないのは周知の事実。無理に主犯だと罪を擦り付けても実行犯達の証言だけではあまりに無理がある。

 ましてや、今回と前回では決定的に違う点があった。


「ねえジョアン様。どう思いますか?」

「はっ、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるな。レオノールに多少男に人気がある男爵令嬢が生意気だからと虐げる可愛げがあったらどれほど良かったか。いっそ男に生まれてきたのなら最良の友人になれただろうに」

「あら、誉め言葉として受け取っておきますわ」


 そう、ジョアン様がイサベルの味方をしていないのはあまりに致命的だろう。


「王太子殿下! お言葉ですがレオノール嬢は貴方に――」

「は? 嘘を言っているとでも言うつもりか? 少なくとも一人の小娘に現を抜かすお前達よりははるかに信頼出来ると断言してやろう」

「なっ……!」


 公爵令嬢かつ王太子の婚約者であるレオノールを王太子自らが糾弾することで多少論法が強引だろうと説得力があったが、今回はレオノールの味方……というより公平だった。それではレオノールまで罪を波及させるには弱すぎる。


「そもそもフェリペ様。貴方様は根本的な思い違いをしています」

「思い違い、だと……?」

「百歩譲って私がドゥルセ様方をイサベルさんにけしかけたんだとしても、その主張が認められると本気で思っているのですか?」

「……は?」


 そして、レオノールの更なる反撃にもはやフェリペ様は動揺を隠しきれていなかった。


「フェリペ様方がいくら訴えようと、証言を揃えようと、私は主張を曲げる気はありません。話が平行線な以上は争いは裁判まで持ち込まれるのでしょうが……勝てると本気で思っているのですか?」

「それ、は……」

「その訴えは公爵家や私を選出してくださった王室の名誉の毀損にもあたります。目に余るほどの醜態を晒していないのなら黙認される、とは思わなかったのですか?」

「そんな真似が……そんな真似が許される筈がない!」

「それはフェリペ様方だけのご意見であり、この社会における常識ではありませんよ」


 フェリペ様は言葉を詰まらせた。もうレオノールへの攻め口が見つからないだろう。


 もはや擁護不可能なほどに堕ちてしまった私と異なりレオノールは無実の罪を被せられようとしている。なら、多少疑わしい程度であれば公爵家が全面的に庇うだろうとは想像に難くない。むしろ王家の沽券に関わるとされて国自体が動くかもしれない。


 宰相が何だ? 大将軍が何だ? レオノールは建国以来王室と共に国を支えてきた公爵家の娘だ。王室の後ろ盾が無くてもその権威は計り知れない。侮辱するのであれば受けて立ってやる。

 ……そう彼女は暗に宣言しているのだ。


「話は終わりですか? これ以上この場で続けるのは無意味ですから、どうしてもと仰るのでしたら司法の場に移るとしましょう」

「白々しい……! いいだろう、あくまで罪を認めないというのであれば――」

「駄目ですフェリペ様!」


 大勢が決したとばかりに締めくくろうとするレオノールに乗ろうとしたフェリペ様を止めたのは他でもない、イサベルだった。彼にしがみついた我が姉は涙を潤ませて上目遣いでフェリペ様を見つめる。実に庇護欲をそそられる仕草で、あざとい。


「もう、いいんです。わたし、大丈夫ですから。フェリペ様が強く言ってくださっただけで十分です。もう、わたしのために争わないでください」

「イサベル……だがレオノール嬢から謝罪されてないじゃないか」

「ドゥルセ様が謝ってくれたじゃないですか。わたしはそれで満足ですから」

「ああ、愛しのイサベルはなんて優しいんだ」


 フェリペ様は愛おしそうにイサベルを抱き締めた。イサベルもまたフェリペ様にその体を預ける。愛し合う二人は互いしか視界に映っていないかのようだ。何を見せられているんだ、と困惑する周りの反応などお構いなしだ。


「訴えは取り下げよう。イサベルの寛大な心に感謝するのだな」


 いかにも許してやった的な言い回しだが、そもそも根拠のない因縁をつけたのはフェリペ様の方だ。この有様は自作自演の例として歴史書に記されるべきだろう。案の定幾人かが彼を哀れんだ目で見つめているではないか。


 一方のイサベルはさすがと言うか幕引き時を見極めている。

 あれ以上深く踏み込めば侮辱、反逆の類で罪を問われるのは彼女等の方だろう。今ならぎりぎりで鼻の下を伸ばした愚か者達の喜劇だけで済まされる。


 ――尤も、レオノール当人はそれで終わりにするつもりがないようだが。


「ところでフェリペ様。先程イサベルさんと結婚すると仰っていましたが、嘘ではありませんね?」

「勿論本気だ。前例がないわけではないだろう?」

「そうですか。では私からささやかながら贈り物がございますので、どうぞお受け取り下さいませ」


 優雅に振る舞っていたレオノールは顔を上げる……途中だった。一瞬だけだがレオノールはほくそ笑んでいた。

 その様子は他でもない、この私がイサベルへの勝利を確信した時に浮かべていた、レオノールの言う『悪役令嬢』そのものだった。


 レオノールは手を二回叩く。するといつの間に待機していたのか、会場内に王宮近衛兵達がなだれ込んできた。

 国の要を守護する精鋭達だけあって全身鎧は豪奢かつ重厚な造りで、迫りくる彼らはとても威圧感があった。


 そんな彼らは来客をかき分け、イサベルを捕まえたではないか。


「イサベルさんには魅了の邪視を悪用した嫌疑がかかっています」

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