愛を告白された元悪役令嬢
ジョアン様が告白してくれた。
私と添い遂げたいと言ってくれた。
思わず「はい」と口にしかけて、慌ててつぐむ。レオノールの最後、獄中での絶望、嘆き悲しみ、そして憎しみ。負の念が頭によぎって私を冷静にしてくれた。まだだ、まだ浮かれるのは早い、と過去の自分が語り掛けてくるかのように。
「何を言い出すかと思ったら。馬鹿げています」
「魂の色が見えると言っただろう。面に出さないのは見事だが動揺しているのは手に取るように分かるぞ」
「……っ!」
それでは実質的にジョアン様には隠し事が出来ないではないか。なんてずるい……じゃない。とぼけられないなら別の切り口で反論しなければ。
「百歩譲ってわたしは前世でレオノール様だったとしても、今はカレンです。貴族ですらないんですよ。愛妾になれって言うんですか?」
「死んでも嫌がるだろうと思って最初から選択肢に無いな。どこかに養子になってもらうことも考えたが……家柄ではなく血統を貴ぶ輩の説得が難しい」
「不可能ならどうしてあんなことを仰るんですか? わたしをぬか喜びさせたいんですか? ああ、もしかして心の中でほくそ笑んでいるんですね」
「卑屈になるのは分かるが、カレンも存外視野が狭いんだな」
イサベルに魅了されていたくせにどの口が言うか。心の中で苛立ち罵っているとそんな感情すら見て取ったのか、ジョアン様の顔が気まずそうに歪んだ。私の気持ちなど分かるまいと思っていたけれど、いざ分かってくれると何だかこそばゆい。
「どうして俺が王太子のままでいることを前提にしているんだ? 身分が釣り合わず片方を持ち上げられないなら、もう片方に落ちてもらえばいいだろう」
「な……何を仰っているんですか!」
今度こそ我慢できずに私は大声を上げて立ち上がった。ここが個室で良かった。でなければ店内の他の客から注目されていたに違いない。頭に血が上って息を荒くし、私は馬鹿な発言をした王太子を睨みつける。
彼はこう言っているのだ。
王太子を辞めて平民になる、と。
そうしたら同じく平民の私とつり合うだろう、と。
「ジョアン様は王太子としての自覚が足りなすぎます!」
「今の俺からすればそんなものは路傍の小石程度の価値しかないな。俺がいなくなったってこの王国はつつがなく続いていくだろうよ」
「で、でも、恋を選んで義務を放棄するなんて! 国王王妃両陛下に申し訳ないって思わないんですか!?」
「そんなものは知らん。前回は理想の王子様をやらされたんだ。今回は俺の好きなようにさせてもらう」
強情な。この我儘な有様は最後までイサベルに心奪われたままだった反動からか。多分彼も察しているんだろう。私が惚れた弱みでさほど強く抵抗できず、拒絶するのも最初のうちで押し続ければ何とかなる、と。
「でも、じゃあレオノール様はどうするんですか? また婚約破棄するんですか?」
「そうなるが別に構わんだろう。彼女も面倒な俺と離れられてせいせいするだろうさ」
「愛していないと公言しながらも厳格な王太子妃教育をこなした彼女を捨てる、と?」
「勿論レオノールの名誉が傷つかないようにはするつもりだ」
(そういう問題じゃあないでしょうよ……!)
どうやらジョアン様の決意は固いようだ。いくら説得しても聞きやしない。多分私が彼から逃げても地の果てまで追いかけてきそうだ。そして強引に迫られたら受け入れてしまう未来を簡単に想像出来てしまう自分が情けない。
レオノールもレオノールで婚約破棄を言い渡されれば一切抵抗せずに受け入れてしまうような気がする。それともジョアン様のご乱心を利用して何かしようとしているのか。とにかく婚約関係が破綻しようと彼女の心は傷を負わないだろう。
ラーラ女史に頼んで国王陛下に進言してもらう……いや、駄目だ。今のジョアン様には凄みがある。例え国家元首であり実の父親である陛下が命じても頑として聞き入れないだろう。逃げた挙句に私をさらって国外逃亡すらしかねない。
……仕方がない。こんな手は使いたくなかったのだけれど。
「ジョアン様。さっきのお言葉ですけど、本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「まさかわたしを愛しているんですか? わたしの目を見て言ってもらえますか」
「ああ。俺はカレンを愛して――」
ジョアン様がこちらを見つめてきた瞬間だった。私はかけていた眼鏡をずらし、裸眼で彼の瞳を捉えた。それから意味があるのかは知らないけれど強く念じる。さあ、私の意のままに従う虜になれ、と。
効果はてきめんで、あんなにも凛々しく頼もしく真剣だったジョアン様の面持ちが柔らかくなった。そのだらしない顔には見覚えがある。丁度イサベルに魅了されて彼女を大切にしていた頃にしていたのと同じだ。
魅了の邪視。初めて私は自分の意思で使ってしまった。
「いいですかジョアン様。わたしを愛してくれますよね?」
「ああ……愛しのカレン。俺は君を心から愛している」
「愛してくれるんでしたら誠意を見せてほしいです。わたしのためになんだってやれますよね?」
「勿論だ。火の中でも水の中でも飛び込もう」
言うがままに操られる姿に罪悪感を覚えるが、こうでもしなければジョアン様は折れてはくれまい。
「わたし、立派に務めを果たすジョアン様の方が好きです。立場を放棄して皆さんに迷惑をかける身勝手な人なんて嫌いです」
「そんな、嫌いにならないでくれ。じゃあ俺はどうすればいいんだ?」
「国を治め、レオノール様を愛し、国中から慕われる王様になってください。わたしなんかに構っている暇はありませんよ」
「……!」
ジョアン様は目に見えて愕然となさった。本当の彼の想いを踏みにじるかのように遠ざけようとしているのだから当然か。
葛藤しているのか歯と唇がわずかに震えている。私は駄目押しとばかりに立ち上がり、彼の傍に歩み寄って間近から彼の目を見つめた。
「わたしを愛してくれるなら、どうかわたしに素晴らしい姿を見せてくれませんか」
「俺は……俺は……!」
次の瞬間だった。彼は全身を震わせた後に大きく私から飛び退き、私が驚く間もないまま手にしていたナイフを自分の太ももに突き立てたのだ。
「きゃああぁぁっ!? 一体何をなさっているんですか!?」
思わず悲鳴を上げてしまったのも無理はないだろう。
慌ててテーブルの上に置かれたナプキンを手に彼に駆け寄ろうとするが、手で制されてしまった。必死に歯を食いしばったけれど、彼は先ほどの面影が完全に消え失せた強い眼差しを私に向けてきた。
「侮るなよカレン……! この俺がまた魅了にかかるとでも思ったか!」
「そんなこと言っている場合ですか! その手をどけてください!」
思った以上に深く刺さっているのか血がとめどなくあふれ出ている。応急処置なんて学んでいないから私はとにかくこれ以上血が流れないよう傷口を強く押すようにナプキンを太ももに縛り付けた。彼は呻いたが知ったことではない。
「なんでこんな無茶をするんですか! わたし、ジョアン様が傷つく姿なんて見たくないのに……!」
「悲しませて悪かった。だが、それ以上に俺は自分の心をあれ以上捻じ曲げられたくなかったんだ……」
「ああ、駄目。にじんだ先から血がにじみ出てきてる……。お医者様を呼んでこないと!」
「待ってくれカレン!」
部屋から出て行こうとする私の手はジョアン様に取られてしまった。あまりに力強くて引きはがせない。むしろ少し痛いぐらいだ。
「返事を聞かせてくれ。それにカレンの想いを知りたい」
「そんなの後で傷を治療してから……!」
「今じゃなきゃ駄目だ!」
「っ!」
あまりの迫力に気圧される。部屋の外からは何やら慌ただしく足音が聞こえてくる。多分私の悲鳴を聞きつけて何事かと向かってくるに違いない。この空間が二人きりな時間はもう残り僅かだろう。
私の想い。そんなのは……最初から決まっている。
捨てたくても捨てられなかった。裏切られても、捨てられてもなお抱き続けた。
そう、私は……。
「わたしも、ジョアン様を愛しています……!」
ジョアン様を好きなままなんだ。
「そう、か。愛し合っているのか。なら、俺はカレンの全てが欲しい」
「えっ……!?」
ジョアン様は満足そうに微笑むと私の手を引っ張って自分に引き寄せる。
そして……勢いをそのままに私は唇を奪われた。
触れるだけではない。思う存分味わわれた。
「~~っ!」
痺れるような感覚。処理が追い付かなくて頭が音を上げそうだ。
これが何を意味するかは十分分かっている。深刻な事態に発展するとも。
それでも、この瞬間だけは私は幸せの絶頂にいた。
私は愛される喜びのあまり、気が付いたら涙を流していた。




