もう色々限界だった元悪役令嬢
「同席するぞ」
「……はい」
学園の食堂にて。私はジョアン様と一緒に昼食を摂っていた。
学園には王国中の貴族の子息息女が通うために昼食を摂る食堂では贅沢な料理が提供される。しかし食堂に足を運ばない者も何割かおり、昼食を摂らない場合もあるが、中には昼食を別の場所に運ばせることを許された生徒もいた。
生徒会役員はその例外が許された希少な存在の一つだ。
「レオノール様の姿もあっちに見えますが?」
「アイツとは話が弾まない。愛想無い返事ばかり返ってくるばかりだ」
「じゃあ生徒会の方々と一緒には? 居心地が悪いって前聞きましたけど、今はどんな感じなんです?」
「最悪だ。アレから更に甘ったるくなってな。もう何もかも連中に投げ出したい」
生徒会一行は互いに絆を深めるためによほどの用事が無い限りは共に昼食を摂る。昼食を摂っている間は談笑を弾ませたり有意義な語り合いをする。時には何も語らずに誰かが音楽を奏で、時には窓を開けて涼やかな風に撫でられつつ昼寝をするのだ。
私はレオノールだった頃、そうしてジョアン様を始めとする方々と交流を深める時間が大好きだった。普段は知りえない彼ら個人の個性を見られるから。きっとこの方達と共に歩めばこの先素晴らしい未来を作れるだろうと信じて疑わなかった程に。
……苦痛でしかなくなったのはイサベルがやってきてからだ。始めは仕事を親切に教える程度だったのが段々と彼女を甘やかすようになり、最後の方は彼女に愛を囁く場になっていた覚えしかない。そしてイサベルを虐げる私は冷たい目を向けられるだけだった。
「ジョアン様以外の生徒会の方々がイサベルに夢中になっているんでしたっけ?」
「ああそうだ。婚約者を蔑ろにする分には連中の勝手だが、羽目を外したいなら俺の見えていないところでしろと言ってやりたいよ」
かつては貴方様もそうでしたよね、との批判は何とか口からこぼさずに済んだ。
「だったら生徒会長として注意すればいいじゃないですか」
「注意したさ。したらどうなったと思う? イサベルが目を潤ませながら反省しますとか言った矢先にフェリペ共が俺を非難してくるんだぞ。奴らなんて言ったと思う? 一生懸命やってるのに可哀そうだ、だとさ」
私もそう貴方様から言われましたけれど、と言ってやりたい衝動を何とか堪えた。
「一緒に仕事する仲間が親密になるのは良いことじゃないですか」
「連中はうつつを抜かして仕事の効率を落とすから質が悪い。普段の執務中からイサベルを本当に愛しているのは俺だと言わんばかりに牽制し合うから連携性が失われているしな。ったく、俺の仕事を増やすなよな」
私も貴方様の尻ぬぐいに奔走しましたけど、と怒鳴らなかった自分を褒めたい。
「で、とうとう生徒会室から逃げ出した、と」
「アイツ等だけでなれあうだけならまだ我慢出来たがな。俺にまで同調を求めてきた辺りでもう限界だ。「ジョアン様もそう思いますよね?」みたいなことを言いながらしなだれてくるんだおぞましい」
それで鼻の下を伸ばしていたのは何処の誰でしたか、と非難の目だけ向ける。
「それでもまだイサベルを登用するんですね。悪い影響を与えるんだから解雇しちゃえばいいと思いますけど」
「仕事はそつなくこなすから仕方がない。今はこうして愚痴をこぼして発散できる程度だが、そのうち手を上げてしまうかもしれんなあ」
「被害者ぶってジョアン様が悪者に仕立て上げられちゃいますよ」
「そうなったらそうなったで生徒会長の役を辞すればいいだけの話だ。そこまでされて続ける義務など無いからなあ」
とにかく、ここ最近のジョアン様との会話で既に、イサベルがフェリペ様方の心を掌握しつつあることは分かった。生徒会は彼女への愛で汚染されており、公然と彼女への愛を表明してはばからなくなってしまったようだ。
ジョアン様はレオノールから始めから愛想を尽かされている影響か、イサベルの誘惑にはかかっていないようだ。しかも何故か私に興味を示す始末。かつてといい今回といい、ジョアン様はよほどレオノールを気に入らないようだ。
「食堂に昼食を摂りに来る理由は分かりましたけど、どうしてわたしと一緒にする必要があるんですか?」
「一人で食べるよりよっぽど楽しいからだが? カレンは俺が王太子だからと遠慮せずに本音をぶつけてくれるしな」
「それならイサベルだって同じじゃないですか」
「イサベルはどのように振る舞えば男から好感を持たれるのか全て計算ずくな節があるからな。友人や臣下である分には頼もしいが色恋沙汰に巻き込まれてはたまらん」
……どうしてかつてはそのように思ってくれなかったのか。自分勝手だと自覚しながらもジョアン様を恨んでしまう。レオノールが婚約破棄されたのは心の狭さ、醜さ、そして何より我儘さを見抜かれたからなのに。
ただ、配慮が足りない点は前から変わっていない。入学してからすぐは節度があったけれど今となっては私に構う時間が露骨に増えている。いくら王宮では彼に仕えているからって婚約者のレオノールを蔑ろにして可愛がられれば反発を招くのは必至だ。
「わたしが迷惑しているのは分かってますよね?」
「平民の分際で王太子に馴れ馴れしくして、とかか? 言わせておけ。どうせ家や親のことでしか威張れない連中だ。聞くに値せんな」
「そのせいで陰でいじめにあうかもしれない、って想像出来ないんですか?」
「安心しろ。そうしてきた相手の実家は数日後には取り潰されているかもしれんなあ」
ジョアン様の発言にこちらの様子を窺っていた何名かの令嬢が顔を青くする。自分の癇癪と自分の家とを天秤にかけたらどちらが下に傾くかはさすがに想像できたようだ。
当たり前だが王太子に国家の要である貴族の家一つを取り潰す権限は無い。出来るとしたら国王たる父親に願う程度だ。ジョアン様がこのような公の場でそう示唆するのは脅しの意味が強い。私に何かがあればただでは済まない、と。
しかし、私が過度にジョアン様と接触しながらも大事になっていないのは、そもそも私が彼から離れたがっていることを隠してないからと、肝心の婚約者たるレオノールが許容しているせいだ。
「それで、ジョアン様は結局わたしをどうしたいんですか?」
「どう、とは? 好きだと思った相手と一緒にいては悪いか?」
更に頭痛に拍車をかけるのが、もはやジョアン様は私への好意を隠さなくなった点だろう。散々フェリペ様方の醜態をこき下ろしながらもこのザマである。これでは私はイサベルと何ら変わりないではないか。
「そうではなく、レオノール様から冷たくされるから愛想が尽きて、わたしが興味をそそられたから好きになるのは構いません。ジョアン様だって人間ですから好みもあるでしょうし。でもジョアン様は王太子なんですよ?」
「もっと自覚を持て、か? 母上と同じことを言うんだな。わきまえているからレオノールとの婚約はそのままにしているんだろうが。何度も言わせるな」
「それじゃああまりにレオノール様が……!」
「可哀そう? 別に俺はレオノールを束縛していないぞ。むしろこんな関係でいようと言い出したのは彼女の方だ」
「……はい?」
曰く、ジョアン様は以前レオノールに言ったそうだ。「そんなに自分が嫌なら婚約解消してやる」と。レオノールはジョアン様からそう言いだすのを待ち望んでいる、と思いきや、「それは困る」と答えたらしい。
「レオノールの目的が王家との繋がりなのか王妃の座なのかはもう知らん。どうせ問いただしたところで答えんだろうしな。一方でこれも前に言ったが仕事仲間としては最良だ。よって俺か彼女がよほど下手を打たない限りはこのまま夫婦となる定めだ」
「ますます分かりません。じゃあジョアン様はわたしで遊んでいるんですか? 貧民のわたしじゃあ王太子の側室は務まりませんし、公妾になるなんて嫌ですよ」
「そこは考えてある。カレンはその時が来るまで黙って俺に従っていればいい」
「いい加減にして!」
もう頭に血が上った私は自分を抑えきれなくなった。癇癪を起した私は水差しの中に入っていた水を思いっきりジョアン様にぶちまけた。彼は反射的に身構えようとしたけれどあえて我慢したらしく、腕を組んだまま水を被る。
「もう嫌よ! 一体どれだけ私を弄べば気が済むの!? 愛していると言っても社交辞令みたいな笑みで僕もだと返すだけだったくせに! 私がどれだけ自分を磨いて頑張ってもそれが当然だとばかり受け止めてたくせに! 結局私じゃなくてイサベルを選んで突き放したくせに!」
「は? いやちょっと待て。一体何を言って……」
「ジョアン様なんて大嫌い! 私はこんなにも好きなのにどうしてジョアン様は私を苦しめて――!」
感情を爆発させて言ってはならない事まで口にしているような気がするけれどもう無理だった。彼への批判も零れる涙も止まらない。もう周りの目なんて気にならない。私はただ目の前のジョアン様に夢中になるばかりだ。
だからか、いつの間にか背後に回られ、気が付いたら首を絞められていた。そう言えば以前先生に習った覚えがある。首周りの血管を上手く圧迫すると相手をすぐに失神に追い込める絞め技がある、と。
「駄目よ『レオノール』。ここはまだ我慢のしどころだから」
暗転する間際、かつて自分のものだったレオノールの声を聞いた気がした。




