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夜の街を散策する元悪役令嬢

 あの後ドゥルセは大人数名がかりで医務室に運ばれたそうだ。無駄に多かった取り巻き勢は教員を呼びに行くのが精一杯だったらしく、自分達で連れて行く発想は無かったようだ。まあ、力仕事と無縁でか弱い彼女達には肉体労働は酷だろう。


 問題なのはドゥルセが邪視を行使した可能性が浮上した点だった。事情を聴いた教員達は運び出す際にドゥルセの視界に映らないよう背後から近寄り、彼女の目を布で覆ってから担いだと聞いた。


「あの後学園側は大慌てで専門家を呼び寄せたんですって」

「専門家って?」

「王国の歴史を紐解くと邪視持ちが頻繁に現れていたそうなのよ。だから王宮内には邪視対策を専門とする部署が存在するらしいの。教会の神父が祈りを捧げてどうなるものでもないからね」

「……そんなの聞いたことがないんですけれど」


 レオノールはよほどこの一件を誰かと語り合いたかったらしく、その日の夕方に私を呼び寄せてお茶会が開かれた。勿論同席するのは私の他に彼女が信頼する侍女のイレーネのみのささやかなものだ。


 邪視対策の専門家なんて王太子妃教育を受けていた私すら知らなかった。おそらくこれまでごく一部しか真実を知らず、秘密裏に対処されていたのだろう。それだけ世の中の理を覆す邪視は危険視されているとの裏返しだと推察する。


(何故目の前のレオノールがそれを知っているか、はこの際目を瞑るとしましょう)


「それで、ドゥルセ様は本当に麻痺の邪視持ちだったんですか?」

「ええ、それは間違いないそうよ。特殊な水晶を通して邪視の宿った瞳を見ると別の色が見えたり怪しい光を伴っていたりするそうね。多分そんな類の検査機器を使ったんじゃないかしら?」


 そう言えば私が今かけている邪視殺しを作る際の検査はそんな感じに調べていたか。多分だが、ああやってその人に合った邪視殺しを作っているのだろう。そう思うと大事に至らないうちに先生が気にかけてくださったことは感謝する他ない。


「じゃあドゥルセ様も邪視殺しをかけることになるんですか?」

「残念ながらそう簡単にはいかないわ。邪視で問題を起こした場合は問答無用で罰せられるそうよ。邪視は悪魔や悪しき存在に魂を売った魔女から授かった忌むべき力によるものだからって理由でね」

「……!? じゃあドゥルセ様は……!」

「まあ、結果的に犯行は未遂に終わっているからそこまで重い罪には問われないんじゃないかしら。あとはどこまで酌量の余地が認められるか、かしら」


 随分と深刻な事態になってきたものだ。ドゥルセがイサベルに麻痺の邪視をかけた後で何をするつもりだったかは今となっては知る由もないが、凶行に走ろうとしたのは他ならぬドゥルセ。婚約者をかすめ取られそうだった事情を差し引いても自業自得だろう。


「それで、ドゥルセ様の容態は?」

「麻痺、と私はさっき言ったけれど、正確には相手を射竦める効果があったと表現すべきね。効果が切れたら元に戻ったそうよ。専門家が言うには本物の麻痺の邪視なら心臓の鼓動すら止められる程の効果があるんだとか」

「わたし、知りませんでした……。ドゥルセ様が邪視持ちだったなんて」

「……多分、彼女は先天的には邪視を宿していなかった筈よ」


 先天的に、との言葉が引っかかる。それではまるで後天的に邪視を宿せると言っているようなものではないか。もしレオノールの発言が本当ならドゥルセは一体どんな手段で邪視を得たのだろう……?


「ねえカレン。今夜暇?」


 レオノールは空となったティーカップを置くと手を組んでこちらを見つめてきた。微笑を湛える様子はやはり美しく、同性でも惹かれる魅力が備わっている。私が褒めると自賛なのだが客観的に眺めると恵まれていたのだなと感じる。

 

「仕事をさぼれれば暇ですね」

「じゃあ私からジョアン様に文をしたためましょう。少しぐらい連れ回しても笑って許して下さるわ」

「……そこまでしてわたしをどこに連れて行くんですか?」

「あら、カレンなら何となく察せられると思うんだけれど?」


 だが同じ顔、同じ姿をしながらも今のレオノールは私の理解を超えていた。

 それでも不思議と不快ではない。私とは違う選択を取る『悪役令嬢』が一体何をもたらすのか、期待している自分がいることは否定出来なかった。


 ■■■


 軽く夕食を摂った後にレオノールは地味で目立たない服装に着替えた。とは言っても私からすれば容姿が整っているのもあっていかにもお忍びですと主張しているようにしか見えない。行き先が繁華街なら市民も見過ごしてくれるだろうが、どうも違うようだ。


「イレーネ様。もっとよれてて破れてる服は無かったんですか?」

「外套を羽織れば問題無いかと」

「じゃあ綺麗すぎる顔を化粧でもっとごまかさないと。目の下にくまを描いたり頬をこけさせたり」

「……確かに。やり直しましょう」


 私の助言でイレーネはレオノールに化粧を施した。目元が暗く、頬回りがこけてそばかすが点在し、唇がやや青白ければ美貌は台無しだ。それでもまだ魅力が損なわれていないが、行き交う人達が視線を向けつつも通り過ぎるだろう程度の容貌には落ち着いた。


 一方の私はかつてジョアン様方を誑かしたイサベルの可愛らしさが現れていた。ラーラ女史に引き取られて生活が安定して健康になったおかげだろう。もはやすっぴんでは不十分だったので、化粧で少しばかり血色を悪く見せている。


「さあ、行きましょうか」

「何だか楽しそうですね」

「ええ。悪いことする時ってとてもドキドキしない? 自分って枷から外れるみたいで」

「言いたいことは分かりますけど未来の国母が言っていい台詞じゃないですね」


 私達を乗せた馬車が向かった先は繁華街だった。既に日が沈んで月明かりが天空を覆いつくす時間、それでも仕事を終えた労働者が帰り際に一杯立ち寄る酒場の灯りが夜を照らしている。行き交う人達も大人ばかりで、昼間とは別世界だった。


 レオノールはイレーネと打ち合わせながら歩を進めていく。やがて人通りもまばらになり、繁華街の表通りから裏通りに抜けたのだと分かった。掲げられる看板は客を引き込む意思が無いように小さく、出入りする客層も深くフードを被っていて何だか怪しい。


 ……いや、知らないふりはよそう。カレンやイサベルとして来るのは初めてだけれど、レオノールだった頃に一度だけ足を運んだことがある。今よりもう少し後、ジョアン様に見限られつつあって屈辱と嫉妬に支配されいた頃に。


「カレンはここに来るのは初めてかしら?」

「……貧民だったわたしには縁のない場所ですよ」

「あらそう。じゃあそう言うことにしておいてあげるわ」


 微笑を浮かべながらレオノールは装飾品店との看板が掲げられた店へと入っていく。イレーネと私が彼女に続いた。


 店の中は何点かの装飾品や調度品が並べられているものの、全体的には殺風景極まりない。店番をしているらしい女店主も来客に愛想を振りまこうとせずに編み物をする手を止めようとしない。


 レオノールは陳列された商品には目もくれずに女店主を机越しに見据えた。ここで初めて女店主はレオノールへと視線だけ向ける。僅かにうなったのはレオノールが彼女にとって意外な来客だったからか。


「用意してもらいたいものがあるんだけれど、頼めるかしら?」

「ごめんね。そこに並べてあるので全部なの」

「そんなことないでしょう。金次第で天国と地獄まで用意できる、って聞いたけれど?」


 女店主はそれを聞くや否や編みかけの作品を机に置いた。それから店の入り口へと向かって扉を開き、外にかけられていた看板をひっくり返す。閉店、と示して扉に鍵をかけ、中にいた私達には奥に来るよう促した。


 店の奥は一人用の事務室なようで、四人が入ると狭く感じた。書類の束や本、筆記具が並べられているだけで表に並べられていた売り物は何一つ置かれていなかった。椅子は二人分しかなかったので女店主とレオノールが座る。


「で、誰からあたしのことを?」

「お友達から、とだけ言っておくわ。あまり知られたくないのは理解するけれどね」

「見たところどっかの貴族のお嬢ちゃんみたいだけど、こんなあたしに何の用かな?」

「その前に好奇心から尋ねるけれど、ここにドゥルセって侯爵令嬢が来なかった?」


 レオノールの発言に思わず驚きの声を上げそうになった私はかろうじてソレを飲み込んだ。女店主はというと、わずかに目を細めてレオノールを見据えた。どうやら警戒心を強めたらしい。


「もしそんな嬢ちゃんが来てたとして、客の情報をべらべら喋るとでも思ってるの?」

「思っていないけれど、依頼する相手がお喋りだったら信用出来ないでしょう?」

「……。あたしは試されるのが大嫌いなんだけれど?」

「気を悪くしたならごめんなさい。それで、さっきの触れ込みは本当なのよね?」

「ああそうだよ」


 そう、何の変哲もない装飾品店は表向きの話。この裏路地に店を構える以上は裏の顔が存在する。例えば盗み出された宝飾品を売る店、人を奴隷同然に売り買いする店、非合法な薬を売る店など、王国の闇が結集していると言っていい。


「あたしが金次第で何でも用意する闇の商人って奴さ」


 そしてこの女店主はそんな非合法の店を仲介する商人。名をマダレナと言う。

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