雪だるまを作る元悪役令嬢
雪だるまを作ろう。
私は唐突にそう思い至った。
あまりに雪が積もるものだから屋外のクラブ活動は休止になっている。頻繁には雪が降らないために雪を滑るような山間部の競技を主体とする会もない。よって放課後の広場は誰もおらず寂しい限りだった。
私は雪を少しずつ転がし始めた。初めは簡単に大きくなっていった雪玉も段々と重くなり始め、押しても明後日の方向へと転がってしまう。蛇のように曲がりくねりながらもなんとかそれなりの大きさになって一旦休憩、汗をぬぐう。
どれもこれも今朝レオノールに話した自分の想いのせいだ。
どうしようもないこの感情を雪だるま製作にぶつけているのだ。
日常化していない作業に専念すれば気がまぎれると思って。
胴体側が出来たので今度は頭部側を作るべく再び雪玉を転がし始めた。こちらは胴体よりもやや小さく留める。頭でっかちになってしまってはたまらないから。そしていよいよ頭部を胴体の上に乗せて……。
「お、重……!」
乗せられなかった。久しぶりに作ったものだから加減が出来ずに大きくなりすぎたからだ。
(そう言えば子供の頃は近所の友達と一緒に協力して作ったんだったわね)
当然子供の頃というのはイサベルとして過ごした幼少期を指す。レオノールだった頃は雪が降ってもその風情を楽しんだだけで雪遊びに興じるなんて許されなかったし、そうしたいとも思わなかったから。
「ぐ、こ、のぉ……!」
「ほう、何をやっているんだと見ていたが、面白そうだな」
歯を食いしばって何とか抱え込もうと四苦八苦していたら突然軽くなった。なんといつの間にか向かい側にジョアン様がいるではないか。彼は私が驚く暇も無いまま雪で作られた頭部を胴体部の上に乗せる。
「で、これは一体何だ?」
「雪だるまです。知りませんか?」
「成程。これがそうか。幼少の頃読んでもらった絵本でしか見たことなかったな」
「これは二段積みですけど脚部を追加した三段積みする国もあるそうですよ」
まあ、これは先生の受け売りだけれど。
とは言え雪玉を二つ乗せて完成ではない。転がされた雪玉は雪のみならず下に埋もれていた土や砂利なども混ざっていてとても汚らしいのだ。これに新雪を塗り固めて白く綺麗に舗装する作業がある。
私は感心しながら雪だるまを眺めるジョアン様を余所に作業に取り掛かった。まず綺麗な球体になるよう出張りをそぎ落とし、それから新雪をまぶしていった。満足したところで石を埋め込み木の枝を差し、最後にバケツと手袋を被せて完成だ。
「どうですか? なかなかの出来栄えでしょう」
「おー。凄いな」
ジョアン様は素直に関心の声をあげた。私は喜びより誇らしさを感じる。
「で、どうしてこれを作る気になったんだ?」
「作りたくなったから作ったんです。コレを作ったから何なんだと問われたら意味なんて無いと答えるしかありません」
「庶民の遊びだからか。それを学園の敷地内で作るとはな」
「使用人寮の周りで作るわけにもいきませんし、学園内ならこうして隅で作れば邪魔になりませんからね」
所詮は自己満足だ。私は欲求を満たせたので雪だるまに装備させたバケツと手袋を回収……しようとして伸ばした手を何故かジョアン様に掴まれた。何するんだと非難の目を向けたのだが、彼は雪だるまに視線を向けたままだった。
「もっと大きく作れなかったのか?」
「……無理ですよ。さっきも見ましたよね? 筋力が足りませんから」
「なら二人がかりなら問題無いな。やるぞ」
「はい?」
ジョアン様は掴んだ私の手を引っ張って早速雪玉を転がし始めた。初めは一人でやっていたものを途中から私も加勢した。一生懸命に作業するジョアン様は歯を見せながら笑っていた。楽しい、のだろうか?
やがて出来上がった雪だるまはジョアン様の背丈に並ぶほどの大きさとなった。私が独力で作り上げた作品はせいぜい私の頭一つ分ほど小さいので、歴然とした差がある。しかも当てつけのように並べられたからその差が際立っている。
「王には冠を被せないとなあ。雪を固めてかたどるか?」
「小枝を編み込んで月桂冠に見立てたらどうですか?」
「それはいいが編み込めるだけ柔らかく細い枝なんてあるのか?」
「ならこんな感じに組み立てて……どうですか?」
私は倒木から枝を何本か折って上手く組み立てて即席の王冠を作り上げた。背伸びしながらジョアン様が王と見立てた大雪だるまに被せる。我ながら上手くいったと喜んでいたら、ジョアン様も見様見真似で冠を作り上げた。私の作品より立派だ。
「では王太子より王妃となる者にバケツより相応しい冠を授けようぞ」
ジョアン様は私の雪だるまからバケツを脱がせ、彼の作品である冠を丁寧に被せた。それはさながら戴冠式のようにも見えてしまう。
茫然と眺めるしかなかった私をいつの間にかジョアン様は優しい目で見つめていた。
「……いけません、ジョアン様」
「何がだ?」
「貴方様には相応しい婚約者がいらっしゃいます。レオノール様を蔑ろにして私を重宝してしまえばあらぬ誤解を招きます」
「誤解したいならさせておけばいい。レオノールには俺なんかよりまともな伴侶が見つかるだろうさ」
……何故、どうして、よりよってこの私なんだ!
イサベルだからか!? 魅了の邪視を持っているからか!?
ジョアン様を誘惑したイサベルが憎くてたまらなかったのに、いざイサベルになったら彼女と同じ真似をしてしまっているではないか! 私が、婚約者たるレオノールからジョアン様を奪い、禁断の恋路へ向けて歩ませている……!
駄目だ。このままではいけない。
いくら暮らしが楽になるからと厚意に甘えてはいけなかった。
私は、決してジョアン様の傍にいるべきではなかった――。
「用事を思い出したのでこれで失礼します」
「待てカレン。話は終わってないぞ」
「離して……!」
もうかつての思い人の顔すらまともに見られなくなった私は踵を返してこの場を後にしようとするが、寸前に腕を掴まれてしまった。思わず振りほどこうとしてもジョアン様の力は強くてびくともしなかった。
途端、堪えていた色々な思いが爆発してしまった。
「どうしてこうもわたしに構うのよ! おかしいでしょう、王太子ともあろう方がこんな小娘の心を弄ぶなんて……!」
「何もおかしくない。言っただろう、俺は俺の好きなように動く、とな」
「じゃあもっと自分自身を弁えてよ! これ以上、わたしやレオノールを苦しめないで……!」
泣き叫ぶ私はとてもみっともなかった。けれどせずにはいられない。正論を並べて罵っても効かないのならこうして思いのたけをぶつけるしかないのだから。
彼は黙って私の感情を受け止め、私が発言を止めて息を荒げたところで流れ落ちる涙を拭った。
「こうやって貴重な時間をカレンと過ごすことには意味がある」
「だから、どうして……!」
「確かなことは俺にも分からん。だがな、初めてカレンと出会った時に運命的なものを感じたんだ。それがカレンが危惧する魅了の邪視による影響かは知らんが、ソレをきっかけにお前が気になりだしたのは事実だ」
「だったら、やっぱりわたしはジョアン様から離れた方が……」
「そしてカレンと過ごすうちに一つ確信したことがある。それが今カレンとの逢瀬を重ねている理由だ」
「確信、ですか……?」
何が何だか分からない。一体私の何かが彼を突き動かすのだろうか?
「とにかく、カレンはこのまま普段通りに過ごしてればいい。レオノールがどう考えていようがイサベルがどう振る舞おうが、カレンはカレンのままでいてくれ。いいな?」
「無理、です。だってわたしはわたしでいるだけで胸が張り裂けそうで……!」
「そこも状況が落ち着いたら話し合……ああもう、いいから俺に黙って従え!」
「……っ」
その命令は無理に私に言うことを聞かせるためではなく、自分を信じろと訴えかけているようだった。表情も眼差しもまるで私のことばかり考えているかのように真剣で、私の心はまた簡単に揺り動かされてしまった。
もう一度だけ、もう一度だけならジョアン様を信じてもいいかもしれない。
愚かにも私はそう思い始めていたのだった。
「は、い……」
だから、了承の返事は決して絶望からとか追い詰められたからではなく、彼を受け入れてしまったせいだ。