働く元悪役令嬢
私が知らなかっただけで実はイサベルには姉がいたらしい。
同じ日に生まれたものの私達はあまり似ていなかった。
姉のカレンが言うには私達は二卵性双生児らしい。
姉はいつも私と一緒に寝かされていた。カレンが泣き出すと私もつられて悲しくなって泣いちゃうし、私だけがお母さんに甘やかされると寂しいのかカレンが泣いてしまう。逆もしかりだった。
ああもう、赤ん坊に戻ったら感情の起伏が激しすぎる。
そんな私達をお母さんは女手一つで育てた。
ご両親に助けを乞わなかったのは既に別離していたのか仲が悪かったのか。とにかく私達を養うお金を稼ぐために昼夜働いて空いている時間で私達の世話をする。とても忙しい日々を送っていた。
幸いにも私達が住んでいる地区のご近所さんはとても仲間意識が強いのか、子育てを助けてくれた。お母さんが仕事に行っている間に私達の面倒を見たり、食料以外の生活必須品を分けてくれたり。強い繋がりがあると子供ながらに感じた。
私達が一人で歩けてお話出来るようになった時期だろうか。お母さんはよく体調を崩すようになった。
三人分の生活費と家賃を稼ぐために労働と育児にかかりっきりだったせいだろう。休めば休むだけ働く時間が減って賃金が削られるので、その分家計が苦しくなった。
それでもお母さんは弱音を吐かなかった。自分の身体に鞭打つように懸命に働いた。
私達には常に笑顔を向けてくれる。貧乏ながらとっても温かい家庭だとこの私が感じるぐらい幸せな毎日を過ごせたと思う。
「おかあさん、わたしもはたらきたい」
貴族だったら家庭教師を付けられるぐらいの年齢になった辺りだったか。私はとうとう辛抱出来ずにお母さんに申し出た。
お母さんはまだ幼い子供を働かせるなんてと叱ったけれど、既にお母さんの身体は酷使でぼろぼろになっていたから。
とは言ったもののレオノールだった頃の知識は利用出来ない。何しろイサベルに生まれ変わった私はその知識の基になる貴族教育を受けていない。一体どこで覚えたんだと根掘り葉掘り聞かされても答えようがないのだ。
結局私は掃除、食器洗い等の雑用をこなす仕事をすることにした。とは言えまだ幼子の私では手際良く出来ないし体力も心もとない。一生懸命働いてもあまり多くのお金は貰えなかった。
(え? 何よこのはした金は? 一日中働いてもレオノールが普段食べてたお菓子一つにも満たないじゃないの)
そこで初めて知ってしまった。レオノールがどれだけ恵まれていたのかを。貧富の格差が私がこれまで想像していたよりはるかに大きかったことを。
そして……お金を稼ぐのがどれぐらい大変なのかを。
社交界に出る度に衣服を新替えしていたレオノールをひっぱたきたかった。なんて贅沢しているんだ勿体ない、と。
(そう言えばイサベルも同じようなこと言ってたっけ。あの時は何言ってんだコイツって感じに馬鹿にしてたけど……これだけ格差があるんじゃあ話がかみ合わないわけね)
私はお母さんが付けていた家計簿をこっそり覗いてみたこともある。収支が銅貨一枚に至るまで細かく記されていた。しかも安い賃金でこき使われながらも借金は無く、むしろ私達子供の将来を信じて少しずつ貯金をしているようだった。
(とはいえ、コレお母さんが体調を崩したらすぐに破綻するわね。綱渡り、って言うんだったかしら?)
私は少しずつ経験を積みつつ空いている時間で独学して自分を磨いた、と周りには言いつつレオノールだった頃の教養をほんの少しずつ表に出すことにした。有能だと雇い主に判断してもらえれば雑務以外の仕事を任されるかもしれないと踏んで。
「貴女、名前は?」
「イサベルです」
「よかったらわたしの家で働いてみない? 丁度誰かを雇おうと思っていたの」
「いいんですか? もっと年上の人をやとったほうがいいように思います」
「構いません。むしろ貴女ぐらいの子の方が将来が楽しみなのよ」
「分かりました。よろしくおねがいします」
おかげで少し裕福な家の老婦人の目に留まり、家事使用人になることが出来た。
主人である老婦人カルロッタは厳しかったけれど優しくもしてくれて、私が賢いからと色々と教えてくれた。それなりに教育を受けてきた自負はあったけれど、彼女が教えてくれた学問は幅が広くてとてもためになった。
一方、働く私とお母さんに代わって家事一般を任されていたのはカレンだった。そんなカレンもお母さんが体調を崩しがちになると働きだした。主に夜の時間帯に山場を迎える接客業をやっているらしく、稼ぎは正直私よりも良かった。
……いえ、ぼかすのは止めましょう。
私が一日の仕事を終えて帰宅している途中、夜の繁華街で着飾ったカレンが男性の腕に寄り添っているのを見つけてしまった。知識としては知っていたけれど、実際に身内がそのような職種に従事していることは衝撃を受けた。
「あたしって甘え上手だから客引きに向いてるんですって」
「カレン、あぶないよ。お母さんもやめてほしいって言ってるじゃない」
「大丈夫よ。どの男の人が声をかけちゃダメかぐらい見きわめられるからさ」
「でも……」
「それにあぶないから多くお金をもらえるんじゃん。イサベルはお母さんを楽にしたくないの?」
何度か言い争ったけれどお母さんのことを持ち出されると私は何も反論出来ず、カレンのしたい放題にさせるしかなかった。お母さんも私が割り切ったのを感じ取ったのか、カレンには気を付けなさいと言うに留まった。
そんなカレンは確かに自信満々に言うだけあって上手く立ち回っているようだった。幼いながらも露出が激しい服に袖を通して化粧した彼女からは少女が背伸びした何とも言えない色気が感じられ、男性の気を上手く惹きつけた。
お金のためだと割り切っているのか夜の街を甘く見ているのかは分からない。
けれど私は、稼ぐカレンには本当に申し訳ないのだけれど、嫌悪感を感じていた。
男性に甘く囁き媚を売るカレンの姿がイサベルを連想させ、吐き気がしたからだ。
「女であることを武器にするのは悪いことじゃないわ。男性の庇護欲をそそり、自分のものにしたいと思わせれば勝ちだもの」
そんなどうしようもない負の感情を抱いていたことはあっさりとカルロッタにばれた。心境を打ち明けると意外にも彼女はカレンに理解を示したのだった。
「納得できないみたいね。じゃあ女性が成功するって何かしら?」
「えっと、いい家にとついでいいおよめさんになることですか?」
「そうね。まだ女性の働き先はあまり多くないから。じゃあどうやったらいい家に嫁げるのかしら?」
「それは――」
そこまで言われて私は初めて気が付いた。
公爵令嬢だったレオノールであれば引く手数多だ。仮にジョアン様を始めとする王家の方に見初められずとも、公爵家と交流の深い他家に嫁げばいい。お父様……いえ、公爵閣下が家の更なる繁栄と安泰に繋がる交際相手を見つけてくるだろうし。
田舎の村や人口の少ない町では誰それの娘があの家の息子と一緒になる、みたいに初めから許婚が決まっている場合が多いと聞いたことがある。恋愛より町村の存続を優先させる傾向にあるようだ。
なら、イサベルの場合はどうだっただろうか?
男爵令嬢の、それも正妻どころか妾の子ですらない彼女が婚姻を結べる相手などたかがしれている。家が当てにならない以上は自分自身の能力に頼るしかないが……礼儀作法や教養で争ってもレオノールに勝てるわけがない。
貴族の娘として恥じるべき無節操な振る舞いも、殿方への媚も、自分が上位者と結ばれるための技術だとしたら。品が無いと罵られようが貴族に相応しくないと言われようが、人生で成功するためなら過程を選んでなどいられまい。
レオノールは公爵令嬢たる自分にこだわったからこそ、なりふり構わなかったイサベルに負けたのだ。
「りかいしましたけど、わたしにはそんな生き方はできません」
「イサベルはそれでいいと思うわよ。ただ、そんな生き方をする女性も少なくないとだけ覚えておけばね」
じゃあカレンはどうなんだろう?
本当に金を稼ぐ手段として男性に擦り寄るだけなんだろうか? それとも自分が成り上がるために利用する者を探しているんだろうか? またはいずれやんごとなき身分の方に見初められるよう己を磨いている最中?
結局私はカレンがどんなつもりなのか理解するのを諦め、自分の仕事に専念することにした。カレンが言うように家計を考えれば私の考えなんて取るに足らない。それに家族、姉妹だからって私は私でカレンはカレン。彼女の道は彼女が好きに選択すればいい。
……そう思っていた私は実に浅はかだった。
現実を突き付けられることになったのはカレンが家を離れた時だった。
――カレンがイサベルとして男爵家の娘となった際に。