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悪役令嬢を全否定される元悪役令嬢

 イサベルはとても活発に動き回った。レオノールの発言を借りるなら『イベント』を順調に消化していった、か。


 例えば廊下の曲がり角で偶然ぶつかったり、クラブ活動を見学しにいった際に言葉を交わしたり。昼食時、休み時間時、夜会時など、機会に恵まれれば素敵な殿方との関係を築いていったのだ。


 レオノールとしてジョアン様になれなれしくされた際は嫉妬と憤怒で視野が狭くなっていたけれど、傍から眺めているとイサベルの手口の巧妙さには驚かされるばかりだ。これが殿方の気を惹く技術か、と感心すらしてしまうほどに。


「なんて言いますか、上手く敵を作らないようにしているんです」

「それって褒めることなの?」

「当たり前ですよ! イサベルは既にご令嬢と婚約を結んでいる人とも仲良くしようとしています。普通だったら婚約者持ちの殿方に近寄るなんてありえませんよね」

「そうね。はしたないだの常識知らずだの言われても仕方がないわね」

「イサベルはそんな風に思われないよう適度に距離を保ちながらも自分を覚えてもらっているんです」


 最初はふとしたきっかけで出会い、何度か繰り返すうちに段々と言葉数を多くしていく。知り合いを過ぎたら二人は友人だ。見事だと思うのはこの関係からしばらく進展させずに付き合い続ける点に尽きる。


「つまり、婚約者持ちの相手だとわきまえている風に装っているって?」

「イサベルが親しくしようとする殿方はいずれも本当の恋を知りません。家が決めたから従っている方や、相手を別に悪く思っていないから反対していない方ばかりです。だから友人関係から少し踏み込んでもすぐに引き下がれば婚約者のご令嬢はさほど気にしないんです」


 よく思い出せばかつてのイサベルもしばらくはそうしてジョアン様との絆を徐々に深めていったんだ。私は取るに足らない小娘が一人鬱陶しくても些事に過ぎないと余裕に構えていたんだ。懸念する友人にも「放っておきなさい」と笑った覚えがある。


 ……そうして放置しているうちに蹴っても倒れない頑丈な土台が築かれていったとも気付かず。


「親しくなったら自分の気持ちとかを話しやすくなるものですよね。昨日夜更かししたから今日は眠いんだ、みたいに。昼休み中に昼寝したらいいですよ、って答えが返ってきたら好感度って上がると思いませんか?」

「例えば妙に具体的なのが気になるけれど、まあそうでしょうね」

「そんな風に思い思いに語り合っていくうちに……次第に自分の弱い部分、悩んでいる事柄、苦しい過去を打ち明けたくなるんです」


 信頼関係が深まるにつれて相手は自分を分かっているんだ、と思うようになる。自分を気にかけてくれている、自分は相手と一緒にいるのが楽しい、これからも相手に自分を気にかけてもらいたい。そんな思いが積もるにつれて……信頼は恋愛に発展するのだ。


「悩みや苦しみの解消なんて、普通に考えたら男爵令嬢風情に出来るものではないわね」

「本来なら偶然が重なってだと思うんですけれど、各々の事情をあらかじめ知っているなら話は別です」

「視点が変われば事実の見え方も一変する、か。考えていた以上に厄介だこと」


 現段階ではイサベルはまだ土台作りの真っ最中。これもレオノールの弁を借りるなら『好感度』を上げている段階だ。今のところは誰にも目を付けられていない水面下の状態。本格的に恋路の障害が立ちはだかるのはもう少し先だろう。


「助かるわ。学年が違う私では中々直にイサベルの様子を把握出来ないものだから」

「別にわたしじゃなくても他に懇意になさっている方はいらっしゃるんじゃないですか? 他ならぬレオノール様なんですから」

「私の可愛い後輩達は私を気遣って楽観的な報告をするか、過剰に問題視して盛ってくるかのどちらかだから」

「……容易に想像出来ちゃいます」

「それに、今の段階で私がイサベルを危険視していると気付かれたくないのよ。カレンなら分かるでしょう?」

「……。貴族でもないし婚約者もいないわたしに同意を求められても困ります」


 さて、私は『ヒロイン対策会議』とレオノールが称したお茶会に同席している。お相手はレオノールのみ。レオノールの傍らにはかつて私にも仕えてくれた侍女のイレーネが付き従っている。お茶会のもてなしをするのは私ではなく彼女。実に恐縮だ。


「それで、誘惑されて鼻の下を伸ばしている殿方はどんな様子なの?」

「まだそこまで関係は発展してませんよ。宰相嫡男のフェリペ様や将軍嫡男のアントニオ様方にとってイサベルはまだ親しくする後輩女子の一人に過ぎません」

「イサベルのことを悪く思っていないなら篭絡は時間の問題ね。お二人の婚約者もお気の毒に」


 レオノールは優雅に紅茶に口を付けた。何気ない仕草でも実に洗練されていて様になっている。物心つく前から厳しい教育を受けて培われた行儀は見る者の心を奪う美しさすらあった。庶民臭さが板についた今だから言おう、我ながらほれぼれしてしまう。


 ……が、聊か余裕過ぎる。他人事のように構えているがレオノールは傍観者ではなくまごうことなき当事者。現にイサベルはジョアン様にも好かれようと何度かあの方との接触を試みている。今のところジョアン様は児戯だと一笑しているが、未来は分からない。


「警戒しているならどうして今の段階でイサベルを止めないんですか? 多少強引に動いても天下の公爵家の権力なら周囲の不満を握り潰せると思います。今のうちに阻止しないといずれレオノール様が悪いように仕立て上げられちゃいます」

「前も言ったけれど、私は別にジョアン様とイサベルがくっ付いても構わないわ」

「それって王太子殿下がイサベルを側室として迎え入れてもいい、って意味ですか?」

「分かっているくせに。婚約破棄上等むしろさっさとしてくれ、って言ってるのよ」


 余裕なのは彼女が目指す先を破滅の回避のみに絞っているからだ、と納得も出来るのだが……それは余裕ではなく油断と称するべきだろう。婚約破棄に正当性を持たせるにはレオノールとは罪深い女だと烙印を押す他無いのだから。


 私の不満を見て取ったのか、レオノールは微笑を浮かべた。今の私も(忌々しいながらも)かつてのジョアン様が可愛いと褒め称えたイサベルに似てそれなりの容姿だが、平野に咲く野花と庭園で整えられた薔薇では美しさは雲泥の差だろう。


「王太子殿下はレオノール様を次の国母に最適だと評価していました」

「国のためにこの身を捧げる未来も悪くないのだけれどね。全部私を捨てるジョアン様が悪いのよ」

「王太子殿下は聡明な方です。注意すればみすみすイサベルに心奪われたりは……」

「するわ。絶対に」

「……え?」

「イサベルが最終的に生涯の伴侶として誰を選ぼうが、悪役令嬢レオノールは必ず婚約破棄され、罪を問われる」


 レオノールは微笑みながら語る。イサベルの選択次第で到達する未来は様々に変わる。例えばイサベルとフェリペ様が結ばれればアントニオ様は順当に婚約者と婚姻を遂げる。逆もしかり。しかし、どちらの場合もレオノールはジョアン様に見限られるのだ、と。


「ジョアン様はね、ヒロインの王子様なのよ。悩んでいたら相談に乗り、転んでいたら手を差し伸べ、苦しんでいたら抱き締める。まるでヒロインが幸せになるために存在しているかのようにね」

「そんな! どうしても変えられないなんて、それこそ神が運命を定めたとしか……!」

「この物語の作者、つまり創造主を神と言うなら、その通りなんでしょうね」

「何、を言って……」


 言っていることは分かる。しかし言葉の意味が理解出来ない。


 信じられない。信じたくない。

 どうやっても、どうあがいても、レオノールとジョアン様が結ばれないなんて。

 だったら、私がレオノールとして生きた人生に意味はあったのか……?


「だから、私はただイサベルを虐げていたって責められないよう過ごせばいいだけなの。イサベルに近づかず、ジョアン様と恋に落ちず、その日まで何事も動じずにいればそれなりに悪くない結果になるわ」

「そんなの……そんなの、レオノールじゃない!」


 私は思わず激昂しつつ声を張り上げて立ち上がった。それが何をもたらすかも考える暇もない衝動的な行動。イレーネが不快だとばかりに睨みつけてくるものの、主人のレオノールが彼女に自制を求める仕草をする。


「レオノールは誇り高き公爵令嬢。婚約者たるジョアン様を愛し、己の全てを捧げる覚悟で王太子妃に至ろうとし、最後に暴走し身を滅ぼす愚か者。そう言いたいの?」

「……レオノール様は違うんですか?」

「悪役令嬢レオノールならそれが正解なんでしょうけれど私は私、とは以前言ったわよね。第一……」


 ――レオノールではない貴女に何が分かるの?


 レオノールは容赦なく私に現実を突き付ける。

 私はその問いかけへの答えを持ち合わせていなかった。

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