表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/35

魅了の邪視を危惧する元悪役令嬢

「ところでカレン。クラブ活動はどうするつもりだ?」

「王宮で働かなきゃいけないので直帰します……って言いたかったんですけど、ラーラ女史に却下されました。折角学園に通ってるんだから勉強以外も取り組んできなさい、って目を吊り上げて怒られたんですから」

「ラーラなら言いそうだな。だがそのせいで労働時間が減って給料が削られたんじゃあたまらないだろう」

「特別手当を出すって言ってました。どんな名目で計上されるかは知りませんけど」


 入学してから日数が経った。授業も本格的に始まり、新入生はこれまで各々の家が雇った家庭教師の教えとはまた違った勉学に取り組む毎日を送っている。そんな変化にも慣れ始めた頃、いよいよ学園の醍醐味であるクラブ活動に参加出来る時期を迎える。


 活動内容は様々だ。芸術の分野に精を出す人もいれば専門的知識を学ぶ人もいる。子供の道楽と言うなかれ。過去幾度となくその活動が王国に認められて表彰された実績があるのだから。それだけ学園生徒は真剣になって取り組んでいる。


 ちなみにレオノールだった頃は弦楽器を嗜んだ。初めは不快な雑音を発するだけだったけれど、やがて幼少の頃聞いた曲を自分で演奏出来るようになった。王太子の婚約者に相応しくあらんとする中で数少なく私事で喜んだ、と今も記憶している。


「あてがないなら俺と一緒に――」

「生徒会なんて嫌です。何が悲しくて学園でも仕事しなきゃいけないんですか。卒業したら領地を運営する貴族様のご子息だったらいい経験になるんでしょうけどね」

「別に掛け持ちしたっていいんだぞ。現に俺は幾つか渡り歩いてるしな」

「本業を疎かには出来ません。わたしは一個で充分です」


 既に目星をつけていた新入生は正式に入会して本格的に活動し始めている。目移りする生徒は色々な活動を見て回って自分がやりたいこと、自分に合うことを探している。今は体験期間でもあるから、学園内がとても活気づいている。


 では私は何に取り組むか、だが、まず念頭に置くべきなのはイサベルがどう動くかだ。


(どうもイサベルったら後で彼女を好きになる殿方の所に足を運んでるみたいなのよね。まずは出会わなきゃ始まらないのは分かるけれど、さすがに節操無いっていうか……)


 とは言えさすがに容姿端麗で将来有望な殿方なら誰でもってわけではないようだ。あくまで彼女の狙いは婚約破棄の場でジョアン様と共に私と相対した方ばかり。つまり今後を把握しつつ狙いを絞っているのだろう。


 となれば自ずとイサベル寄りの殿方が参加する活動は除外されるから、その中で私がやるとすれば……折角だからレオノールでもしていないことをしたいと思う。その中でも私が格好いいなあと感じるのは……。


「馬術競技会に参加しようと思います」


 私がレオノールでまだ幼かった頃、ジョアン様が初めて馬を走らせた光景は今も鮮明に目に焼き付いている。多分公爵令嬢としての使命だとかお父様の命令だとかを除き、初めて私個人がジョアン様をお慕いしたきっかけでもある。


 あいにく私は横乗りまでしか会得出来ず、速く走らせたいならジョアン様の後ろに乗せてもらうしかなかった。学園に通い始めてからはご無沙汰になったけれど、草原を一緒に駆け抜けた時はとても素晴らしかった。


「馬術競技ぃ? 随分と地味なのを選ぶな。花形なのは騎馬戦だろう」

「そうですか? 自分の思うように馬を駆るって結構素敵だって思うんですけど。わたし個人じゃあ馬なんて飼えませんから、学園でしか体験出来ませんし」


 ちなみに今語り合っている相手はジョアン様だ。彼は今王太子としての執務中で、何故か仕事中の私が呼び出されて話し相手をさせられている。レオノールはレオノールで執務中なのでこの方の相手は出来ないそうだ。


 かと言ってただ彼の話に付き合うだけでは時間の無駄なので、私は遠慮なく勉強に勤しんでいる。学園やラーラ女史の授業で与えられた課題は大体ここで終わらせてしまうので、部屋に帰ったら少しくつろいてすぐに寝てしまうだけだ。


「ジョアン様は馬に乗れるんですか?」

「当たり前だろう。俺を誰だと思ってるんだ? 何でもそつなくこなせるぞ」

「で、何でも出来るジョアン様はそれらを駆使してレオノール様に興味を持ってもらおうとはしないんですか?」

「随分前に無駄だと悟ったから止めた」


 レオノールはイサベルと邂逅してから更にジョアン様との接触を避けるようになっていた。そんな彼女にジョアン様はとっくに愛想を尽かしているのだけれど、未だに婚約解消には至っていない。以前語ったように最良の仕事仲間との評価のままだからか。


「じゃあ愛が無い婚姻になっちゃうんですね」

「愛が無くても公務に支障は無いし、世継ぎすら心配しなくてもいい。許せる、頼れる、とだけ思い合えれば充分だろう」

「そんな調子だといつか愛が欲しいって渇望するんじゃないですか?」

「さあな。恋に落ちるなんてことがあるなら実際に味わってみたいものだ」


 心にわだかまりが生じたけれどそれは今の私にとってあまりにも我儘。静かに蓋をして奥深くにしまい込む。多分顔には出ていない、そしてジョアン様には感づかれていない筈だ。というかそうであってほしい。


「そう言えばイサベルだったか。アイツ俺の所属する剣術会にも来たぞ」


 思わず手にしていた筆記具が机に落ちた。インクが紙に垂れ落ちなかったのは幸いだったか。私が軽く恨みを込めてジョアン様を睨むと彼は面白がって歯を見せながら笑っていた。怒りたくなるから止めてほしい。


「……。別にわたしとイサベルはもうただの同級生ですけど」

「噂を聞く限り彼女は相手を良く分かってくれるんだそうだが、こっちがちょっと素を出したらかなり戸惑っていたぞ」


 それはそうだろうなぁ、と感想が浮かぶ。レオノールだった頃のジョアン様はもっと優しくて気遣ってくれたのに、今は実に容赦がない。イサベルが知識として知る王太子殿下が前者でしかないなら、この変化には驚く他なかったことだろう。


「それで、イサベルはジョアン様の興味を引いたんですか?」

「少しはな。俺相手にも愛想を振りまく度胸があったならもっと面白かっただろうが」

「……彼女、目で何か訴えかけたりはしませんでしたか?」

「目?」


 ここまで遠慮なく会話出来ているのだから、と私は踏み込んでみた。

 疑っているからだ。イサベルが相手に好まれるよう振る舞う以外にも魅了の邪視で惑わせているのでは、と。


 辛い時に安らぐ言葉を囁き、苦しむ時に静かに抱き締め、楽しい時に共に笑い合い、そして求められた時に身も心も魂すら差し出す。自然にそうなったなら百歩譲って負けを認めなくもないが……想いが歪められたんだとしたら到底許しがたいから。


「言われてみれば確かに人の目を良く見て話す女だったな。大抵の奴が何かしら瞳を動かすんだがアイツはずっと俺の目を見て離さなかった」

「……っ。今後直視しないことをお勧めします」

「はあ? どうしてアイツに限ってそんな気を遣わなきゃ――」


 とまで文句を述べて、不意に言葉を区切った。何か思い当たったのか、と教科書から視線を上げると……視界いっぱいにジョアン様が映った。そして私が反応する間も無いほど鮮やかに私の眼鏡を取った。


 そして、私とジョアン様の目と目が合った。

 吐息が相手の顔にかかるぐらい近い距離で、彼のどんな宝石にも勝る鮮やかな色をした瞳には私だけが映っている。


「成程。カレンがラミーロの工房で作られた伊達眼鏡をかけていた理由と同じか」

「か、返してください! それが無いとわたし……!」


 私がいくら背伸びしつつ手を伸ばしてもジョアン様が上に掲げた腕の肘にすら届かない。しかも眼鏡を見上げていた私は顎を掴まれて強制的にジョアン様と向き合わされた。

 彼は覗き込むように私の瞳を見つめている。


「俺を惑わせてしまう、か? 面白い。ますますお前に興味が湧いたぞカレン」

「わたしはこんな形でジョアン様の気を惹きたくは……!」

「ほう、それがカレンが隠す真実の一端か。ほれ、返すぞ」

「……っ。一体どういうつもりですか……!」


 ジョアン様は私の眼鏡を私にかけた。乱暴にやったものだから少しずれている。

 私が位置を整えながら怒っていると、彼は笑いながら自分の席に戻っていった。詰め寄りたかったけれどまた眼鏡を取り上げられてさっきの再現になってしまうだけなので堪える。


「安心しろ。お前とアイツの邪視は即効性のある代物ではない。心を強く保てば惑わされやしないさ」

「何で知って――って、よく考えてみたらジョアン様も先生に師事したんでしたっけ」

「だが、自分の想いを強く訴えかける効果はあるようだぞ。カレンは表向きの態度とは裏腹に俺を悪いようには思っていないのは充分に分かった」

「……っ!」


 まさか、先生は生前私が邪視持ちな件をジョアン様に相談していたのだろうか? てっきり相手を意のままに従える洗脳やら自分への好感度を上げる魅了の類と思っていたけれど、彼の語った通りなら強い感情を向ける相手に心をさらけ出すのだろう。


(もしかしなくても私が未だにジョアン様を未練がましく好きなんだってバレバレじゃないの……!)


 恥ずかしいし情けない。私は自分で思っているよりはるかに馬鹿のようだ。

 あんなにも酷く裏切られたのに。もう王太子と愛し合える身分ではないのに。

 私の婚約者だった王太子殿下と目の前のジョアン様はかけ離れているのに。


「お前の瞳は輝いていてとても綺麗だな」

「~~ッ! とにかくっ、イサベルはわたしなんかと違って裸眼のままですから、心変わりさせられたくなかったら目を向けて応対しないでくださいね!」

「分かった分かった。俺としてはお前を見ている方がずっといい」

「だからっ、からかわないでください……」


 雑談はその辺りで切り上げ、その後はジョアン様も少しばかり世間話をこちらによこした以外は黙々と公務を執り行った。レオノールだった頃は並行して執務をしていたせいで認めの署名と印がされた書類しか見られていなかったが、処理がとても速い。


(ジョアン様、凛々しくて格好いい……)


 私は咄嗟に浮かんだ感想を顔を振って否定した。

 ジョアン様。貴方は私がレオノールでなくなっても私を惑わせ続ける。

 迷惑だと思う気持ちが大半を占めるが、今も好きでいられる喜びを感じるのも事実だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ