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ヒロインの積極的交流を眺める元悪役令嬢

「アンタ、なんでここにいるのよ……!?」


 と、私を目の当たりにしたイサベルは驚いていた。

 私は思わず内心で神を恨んでしまった。


 正直高をくくっていた。新入生は大勢いるから分けられる教室の数も多い。だからイサベルとはめったに顔を合わせなくても済む、と思っていた。

 ところが入学式を終えた私達が各々に割り振られた教室に向かうと、その中にイサベルの姿があるではないか。


 彼女は早速持ち前の交流能力で他の生徒と打ち解けている様子だった。さすがに男爵家でそれなりには教育は受けているようで気品が備わっている。あざとさは鳴りを潜めているようだけど隠しきれていない。


 そんなイサベルは私が横切っても全く気付かなかった。無理もない。私は少しでもレオノールを破滅させたあの女から自分の見た目を変えたくて髪型や化粧を地味に仕上げているから。視界の端に捉えた程度では分かりやしないだろう。


 だからってイサベルから逃げるとか彼女に怯えるなんてごめんだ。学園内で孤立し、挙句に目を付けられて虐げられないよう適度に人脈を持つ必要がある。安心を得るためには覚悟を決めて彼女と向き合わなきゃ駄目だろう。


「初めまして。カレンっていいます。これからよろしくお願いします」


 で、教室内で各々が交流する中でとうとう私はイサベルと対面した。私を真正面から眺めてようやくこちらに気付いたのか、彼女は明らかに驚愕していた。でもって初っ端に浴びせられた言葉の返事として私は普通に名乗ってからお辞儀をする。


(この馬鹿、少しは頭を使いなさいよ……!)


 内心で彼女を罵倒しながら、ではあるが。


 何故ならイサベルは男爵家の庶子という形で引き取られた。使用人を襲った結果生を受けた子だと社交界で知られるのは末代までの恥だ、と考えた男爵が事情を知るお母さんを殺したかもしれないのに……。当のイサベル本人が漏らしては意味が無いだろう。


 とは言え、離れ離れになった姉妹の再会にしては双子の姉の反応はおかしい。もしかしたら本来カレンはお母さんと一緒に焼死していた筈で、私がレオノールの続きから人生を歩んだから助かったのかもしれない。死人に出会ったように驚かれたのはそのせいか。


「どこかでお会いしましたか? あいにく疎いものですから」

「あ……え、っと。そ、そうですね。わたし勘違いしちゃってました」


 イサベルは以前本人が『てへぺろ』だと語っていた動作をする。不思議にも可愛いと思ってしまう仕草なのだが、表面だけを受け取るわけにはいかない。イサベルは相手にどう好印象を抱かれるか計算づくで行動を選択するから。


「わたしはイサベルっていいます。これから仲良くしましょうね」


 イサベルは男爵家の名と自分の名を名乗り、軽く会釈した。


(そう、私達は初対面よ。その方が互いに都合がいいでしょう?)


 どうやら意図を察したようでイサベルは私の仕掛けた茶番に乗ってくれた。血を分けた実の姉妹だから同級生からは結構似ていると言われた際は偶然で押し切った。相手もさほどこちらに興味がないのか、あまり疑わずに納得してくれた。


 その後も教員が来るまでに男女や身分の差を超えて互いに交流を深めた。これまで家の教育で育まれた常識を打ち壊して広い見識を身に着けてほしい、との学園の理念に従ってある程度の無礼は許容されているのも後押ししてくれる。


「あの、わたしイサベルっていいます。今日から一緒に勉強することになりました」

(それにしても遠慮とか見境が無さすぎないかしら……?)


 その中でもイサベルは際立っていたと感じた。一番最初に殿方に声をかけたのもイサベルだったか。女性が積極的なのは恥ずかしい、との貞淑を求める貴族としての矜持があれで一気に吹き飛んだようだった。


 ただイサベルは教室にいる全員と仲良くなる気はないらしい。傍目で観察していると彼女は明らかに取捨選択している。とりあえず挨拶を交わしただけの者と親密になろうとする者との差は……おそらく自分にとって後々有益になるか否か、か。


(昔から嗅ぎ分けが上手かったけれど、才能なのかしらね?)


 そんな中でもイサベルが特に積極的に言葉を交わした相手は教室内で最も家の爵位が高い伯爵令嬢ではなかった。


「わたし、イサベルって言います。名前を聞いても良いですか?」

「……アウレリオ」

「素敵な名前ですね。確か大帝国時代からの由緒正しい氏族名でしたっけ」

「……よく知ってるな」


 発明家アウレリオ。後にイサベルが侍らす殿方の一人だった。


 彼は私と同じように入学試験を突破した市民階級の子だ。得意とするのはからくり仕掛けの機械設計。趣味はその製作。故郷の村では水車や風車を独学で作ったそうだ。夢は技術士になって自分の設計した機械で恵まれない地域を豊かにする、だったか。


 教会の力が強く神が絶対視されるこの世の中で理を解き明かす科学の分野はあまり発展していない。むしろ神への冒涜だと敵視される傾向が強い。そのせいで学園内でのアウレリオへの当たりも次第に強くなっていった。


 そんな中で唯一の味方はイサベルだった……的な話をレオノールだった頃ジョアン様に婚約破棄された際に聞いた記憶がある。くだらないと当時は吐き捨てたが、生活を便利にしようとする彼の夢は庶民にとって神様より有難いと今は思うようになった。


「会えて嬉しいです。この出会いは素晴らしかったって思えるようになりたいですね」

「あ、ああ。そうだな……」


 変人を見るような視線を浴び続けた彼にとって初めてとなる純粋な憧れがこもった眼差し。特に発明家なんて女性からは奇異に思われる存在だろう。異性への耐性が無いアウレリオにとってイサベルの笑顔はとても眩しいものに違いない。


(ああ……こうやってイサベルはジョアン様方の心を奪っていったのね)


 レオノールだった頃泥棒猫だとか娼婦だと罵ったけれど、視点が変わった今ならその巧妙な手口には感心してしまう。多分だがイサベルはこんな風に対象の殿方を理解し、相手が求める自分を演じたのだろう。


 一方のレオノールだった私はどうだった? ジョアン様に相応しくあれと教養と気品を身に着けて普段から己を律していた。そして恥ずかしくないように、なめられないようにと誇り高く振る舞った。その上で愛していると己の想いを告げて寄り添った。


 それは、独りよがりだったのではないか?


 イサベルは婚約破棄騒動の時私はジョアン様を分かっていないと語った。心が重要だと言い放つイサベルを嘲笑した。……将来を誓い合った相手の内面を見ようとしない者がどうして一生添い遂げられるのだろうか?


 今やっと私はイサベルを理解した。

 しかし、同時に私はどうやってもイサベルになれないとも悟った。


「……イサベルは凄いんですね」


 私は殿方の苦しみや悩みをそう簡単に察することなんて出来ない。

 愛があれば分かり合えるだなんて嘘だ。

 私なら互いに打ち明けて支え合うのが限度だろう。


 私はイサベルが怖いとさえ感じた。


(……とはいえ、私にはイサベルに横取りされる婚約者もいないし、もはや他人事なんだけれどね)


 唯一気が楽なのは当事者ではないので静観していられる点だ。この調子だとイサベルはジョアン様やアウレリオだけでなくフェリペ様やアントニオ様とも仲良くなろうとするだろうが、騒ぐのは社交界の面々であって一般庶民とは別世界の話だ。


 ジョアン様が今回もイサベルになびこうがこのままレオノールと添い遂げようが、つまり本当の愛に目覚めるのか王太子として正しい道を取るか、なんて私の知ったことではない。勝手にすればいい。


 ……そう、割り切っている筈なのに、どうしてこうも胸が締め付けられるんだ?

 その正体は何となく分かるけれど……決して認められない。認めてはいけない。


 私はただ私の平穏のために人生を費やすべきだろう。

 己の身を焦がす程の愛なんて要らない。


「どうしましたかカレン? 何だか顔色が悪いですよ」

「……ううん。イサベルは誰とも仲良くなれるんだな、って思っただけです」

「えへへ。昔から友達作りは得意ですから」


 だから、私は作り笑いを浮かべてイサベルに接する他なかった。

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