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悪役令嬢と邂逅する元悪役令嬢

「何を隠そう、実は俺はこの国の王太子だったんだよ!」

「な、なんですってー!?」


 とのやり取りがあったかはさておき、ラーラ女史の世話になると決まった時にジョアン様は自分の身分を明かした。初めから知っていたけれど、私はこれまでの無礼について許しを乞うた。二人とも私の大根役者っぷりには特に疑問を抱かなかったようだ。


 私の新たな住処は王宮使用人寮になった。家にあった数少ない私物は焼失しているので持ち込んだのは先生の遺品だけ。盗難防止に床下に埋めていた貯えは無事だったから、それで生活必須品を揃えた。


 これまで先生のお屋敷で全てを任されていた私が王宮勤めに順応するのにそう時間はかからなかった。ただ広大な王宮で仕事をこなすコツの習得が簡単ではなかった。それと王宮使用人には貴族の息女も少なからずいたので、所謂いじめにもあった。


「いかなる者だろうと王宮内の秩序を乱す者は許しません。発覚し次第厳罰に処しますのでそのつもりで」


 馬鹿な人。ラーラ女史にはそんな実家の爵位なんて通用しないのに。


 家の権威を振りかざそうものなら「で、貴女自身は偉いのかしら?」「どうして貴女のご実家がそのように栄華を誇っていられるのか学んでいるかしら?」みたいな感じに畳みかけられ、最終的に論破されてしまうのだ。


 そんなわけで王宮使用人はあくまで個人の能力と働きぶりだけが評価の対象となっている。要領良く仕事をこなせるようになった私は結構優秀と受け取られるらしく、何回かラーラ女史から褒められた。素直に嬉しいと感じた。


「カレンさん。貴女は来年から王立学園に通う気はあるかしら?」

「ないです」

「では今からでも遅くないから入試対策に励みなさい」


 ようやく新しい生活に慣れてきたある日、私はいつぞやカルロッタ先生から投げかけられた問いをそのままラーラ女史から聞かれた。私が返した答えも当時のままだったけれど、ラーラ女史は先生と違って私の意思を尊重してくれる気が無いようだ。


「国の未来を担える優秀な人材を遊ばせておく余裕はありません。先生の愛弟子が小間使いで終わるなど勿体ない」

「でもわたし、本当に行きたくないんです」

「それは件の男爵令嬢と顔を合わせることになるから?」

「……っ。そうです」


 ただでさえレオノールとイサベルの邂逅が厄介なのにそこに私が割り込んだら更に混迷を極めてしまう。今のレオノールには自分で頑張ってもらうとして、私個人はイサベルに成り代わったカレンの立ち回りに巻き込まれたくないのだ。


 ただそんな裏の事情をラーラ女史に説明するわけにもいかないので私が並べた理由が彼女に通用するわけがなかった。「なんだ、そんなことか」と些事だとばかりにラーラ女史は軽くため息を漏らすだけだった。


「学園内は規律で守られています。何か問題を起こせばそれ相応の罰を受けることになるでしょう。相手が貴族の子息だからと自分で抱え込む必要はありません。教員に相談すれば対処していただけます。そうして質が今日まで保持されてきたのですよ」

「……表向きとか触れ込みはそうですけど、実際は違うかもしれないじゃないですか」


 確かに学園は学ぶ者は平等だとうたっている。けれど贔屓、格付けは確実に存在する。


 現にかつてレオノールは堂々と公爵令嬢かつ王太子の婚約者であることを振りかざしていた。派閥を作り上げて自分が気に入らない者を虐げ、蔑ろにした。そして教員はそれを咎めもしなかった。


 ラーラ女史も学園の実態は把握……と言うより思い知っているらしく、苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。「どこで学園の話を?」と聞いてきたので「噂で」とごまかしておいた。


「安心なさい。学園には王太子殿下も通っていらっしゃいます。いかなる者が我儘を貫こうとしても殿下がそれをお許しになりません。園内の秩序は守られます」

「じゃあもしわたしがいじめられたらジョアン様に助けを求めろって言うんですか?」

「……仕える主の手を煩わせるのは聊か問題ですが、王国の未来を担う人材の育成の場で誤った認識を学んでは話になりません。王となられる殿下が解決すべき課題と考えます」

「要するに力になってくださるってことですね?」


 ああそうだろう。ジョアン様は正義を貫かれるに違いない。

 そして平民にほだされて婚約者を見放すのだ。


 レオノールがジョアン様と距離を置こうとする理由は未だ分からないけれど、私がイサベルのようにジョアン様を誑かすわけにはいかない。ラーラ女史には悪いけれどやはり私はこのままただの従者として生を全うすべきだろう。


「……カレンさんは賢いですから学園内でどのように過ごすべきかは自ずと分かるはずです。とにかく、私が保護者になっている以上、これは提案ではなく要求です」

「命令ではないんですね」

「別に断ってもいいんですよ。ただ、カレンさんの評価が私の中で変わるだけです」

「その言い方は卑怯じゃないですか?」

「それ程私はカレンさんを買っている、と好意的に受け止めてください」


 ラーラ女史は朗らかに笑みをこぼして私の頭を優しくなでてくれた。

 亡くなったお母さんを思い出してつい私は涙を浮かべてしまう。


「とにかく、入試対策としてこれからカレンさんも私が直々に教育します」

「……え?」

「無論、普段の業務に支障をきたすわけにはいきませんから、夕方から宵時に行いましょうか。教材はこちらで準備するので安心なさい」

「いえいえいえ、ちょっと待ってくださいよ!」


 まずい。実にまずい。このままなし崩し的に話が進められたら確実にラーラ女史の授業を受ける破目になる。

 別にそれ自体は厳しいけれど苦ではない。問題なのは、彼女が効率性を重視してあの人物とまとめて面倒を見ようとしている点だ。


「その時間帯はレオノール様の教育に当てていたと記憶してますけど?」

「そうですが、それが何か?」

「わたしなんかがあの方と一緒に? そんな、恐れ多いです」

「カルロッタ先生の教え子であれば問題無いでしょう。互いにいい刺激になればと思っています」


 既にラーラ女史の中では決定事項のようだ。それでもここで諦めたらイサベルになった私とレオノールが接触してしまう。既にジョアン様とも知り合ってしまったのにこれ以上深く関わるわけにはいかない。勿論、私の平穏のために。


 私が焦るのを余所にラーラ女史はそのまま私を引き連れて王宮内を進む。

 窓からは茜色に染まった光が廊下を照らしている。既に太陽は西の果てに沈もうとしていた。もうすぐ月と星々が天を支配する夜へと世界は変貌を遂げるだろう。

 とどのつまり、もう私にはラーラ女史を心変わりさせられる時間は無かった。


「ごきげんよう、レオノール様」

「こんばんは、ラーラ先生。本日もよろしくお願いいたします」


 ラーラ女史が向かった先は王宮の一角、未来の王太子妃となるだろう者、すなわちレオノールに宛てられた部屋だった。ラーラ女史の来訪を受けて彼女は手にしていた本を置いて立ち上がり、優雅に一礼した。


 そして顔を上げた彼女は……私と視線を合わせる。

 その瞬間、彼女が浮かべた表情は何と語るべきだろうか?

 驚愕? 焦燥? 憤怒? いえ、そのどれでもない。


 レオノールは私を見て、明らかに絶望した。


「紹介します。こちらは私が学んだカルロッタ先生の最後の教え子である……」

「イサベル! どうして……!」


 レオノールは突然意識を手放し、その場で倒れ込んだ。


「……! レオノール様、どうしたんですか!?」


 あまりに唐突だったのでラーラ女史も咄嗟には対応出来なかったようだ。彼女が我に返ったのはレオノールが気を失ってから少し経ってからだった。すぐさまレオノールに駆け寄って脈と呼吸、瞳を確認する。


「すぐにお医者様を連れてきます!」

「頼みましたよ!」


 私はすぐさまレオノールの部屋を出て一直線に、イサベルになってから初めてだったのでレオノールだった頃の記憶を頼りに医務室へと向かう。王宮内を走るなんてあり得ないのだけれど非常時だから勘弁してもらいたい。


 それにしても、私とレオノールが出会うのはこれが初めてだ。

 更に言うとまだ私はレオノールに何もしていない。レオノールの未来に陰りは無く順風満帆だったはずだ。

 ここから導き出される答えはただ一つだ。


「やっぱりレオノールは知ってたんだ。この先待ち受ける苦難を!」


 やがて自分がイサベルに破滅させられる、と既に知っている――!

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