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*** 8 ***

「エールが心配でたまらない」

 セレスを治める3人の閥徒の1人。26歳のソフィアは、自分の母校を憂いた。

「心配性だねえ。何かあったっけ?」

 2歳年下のアンナはあっけらかんと言う。

「他の地方のニュースに、トコトン興味を持たないのね」

 ソフィアはため息をつく。

「エールアカデミーにリベラリアが攻めてきたのは覚えてるでしょう? あれ以来、エールと中央政府が喧嘩していて、独立もあるかもって」

「ええっそれは大変だ。何が原因でそうなっちゃったの」

「ひとりの男の子が原因らしいの」

 ソフィアは手帳を開いた。新聞の切り抜きが貼ってある。

「アイン・スタンスライン。エールの学生を扇動した罪で逮捕だって」

「悪い人もいるものだねえ」

 アンナは笑った。ソフィアはそれが違うのよと手を振った。

「エールがいうには、扇動も何も、彼の呼びかけがなかったらエールはリベラリアに侵略されてた。なので中央政府の言いなりになっている司法がおかしいって揉めてる」

「ふうん」

 セレスも中央政府の決め事に逆らった経験がある。例えば司法と折り合いをつけて、独自のルールを制定している。外国からの留学生を受け入れることも、そのひとつだ。新興の学園都市に人を集め、財政を健全化するための苦肉の策だった。

「ちょっと興味がでてきたかな。顔がいいし」

 アンナはアインの肖像画をみて笑った。

「ふたりとも。ちょっと来てほしい」 

 ソフィアとアンナに声をかけたのはミネルダだ。この3人がセレスを運営する3人の女性で、ミネルダは一番年上だった。

「どうしたの? ミネルダ姉さま」

 アンナの問いかけに、ミネルダは頬を掻いた。

「アカデミーの前に変な旅人がいる」


 旅人は通行人に『エールの凶行を止める協力をしてほしい』と懇願していた。

 アンナは大きくあけた口を手でおさえる。

「ソフィア姉さま。アインだよ」

 この日からアインは、セレスのオフィスで3人と一緒に過ごすようになった。


「とにかく真っ直ぐ、エールに気持ちを伝えたい」

 アインの言葉は、ソフィアの感情をぐっと引き寄せた。

「私もそう思います」

「2人は気が合うねえ」

 顎に手を当てて小悪魔のように笑うアンナ。ソフィアは「こら」とたしなめ、横目でアインを気にした。

「この人、賑やかだね」

「ほんとに。カルブ出身だから」

 意地悪な言い方になったかなと、ソフィアの胸がざわついた。アンナと競う気持ちが、芽生えていた。


「でも、エールへの気持ちは負けないんだから」

 ソフィアは、アインと密に対話しながら、エールの民を説得するシナリオを作成していった。


***

 ケルト・シェイネンがセレスを訪れたのは、アインがちょうどセレスの3閥徒と交友を深めていたころだ。

 ケルトはセレスのモーテルに泊まり、日々の生活費を稼ぎながら燻っていた。


 そんな彼の耳に、セレスの閥徒が若い男を先生として雇用し、エールの凶行を止めるための活動に協力させている、という噂が飛び込んだ。

「間違いない。この男はアインだ」

 直感が告げていた。


 ケルトがセレスの閥徒を訪ねると、そこにアインはいた。運命に導かれるようにして、2人は再び出会った。


「1度目の説得が失敗したので、再度提案を練りなおしているんです」

 穏やかな声で、明瞭な言葉を述べたのは1度目の説得を担ったソフィアだ。彼女はエールアカデミーを主席で卒業し、振興都市の立ち上げに伴ってセレスへ移住した経歴を持つ。だからエールの教授とも面識があり、話を進めやすかった。


「何がだめだったのかしら」

 ソフィアは1度目の説得で、エールに反抗をやめるよう説得した。もうアインは弁護士の力で無罪を勝ち取り、罪を逃れたのだから、中央政府と戦う理由は無くなったのではないかと。


 しかしエールの民は、1度アインを罰した事実――隣国からの侵略に対して声をあげた人々を法によって縛り付けるという中央政府のやり方——が不満なのだと訴え、反抗を止めようとしない。そうして議論が平行線をたどっている。


 2度目の説得を検討する中でアインが重視したのは、エールの民の感情を尊重することだった。


「俺の意見をエールに押し付けすぎたね。もっとソフィアの話を聞けばよかった」

 アインはソフィアに頭を下げた。

「そんなことない。私も、正論ばかりいったわ」

 ソフィアは肩を縮めた。アインは穏やかに、180度転換した方針を伝える。

「正論でエールを説得するのではなくて、色々な選択肢を考えて、彼らにやりたいことを選んでもらったら、変わるかもしれない」


 アインは、極端な例で言えば、オースティアから独立して新たな国をつくるとか。降伏してリベラリアの領土になるとか。エール単体でリベラリアと戦争をして勝ち、首都へ凱旋するとか。中央政府からの援助無しでも都市が成り立つようなビジネスを立ち上げて成功させるとか。様々な手段で、中央政府からの自立を表現するアイデアを勧めたいといった。


「エールの感情が動くアイデアを提案できたら、議論は前に進むんじゃないかな。俺は、彼らがどのような便益を得られるかを大事にしてみたい。どうかな」


 ソフィアを傷つけず、アインは方針を180度変えた。ケルトは、この聡明な男に嫉妬を抱き始めていた。


「エールは愚かだ。やつらの願望などへし折って、屈服させればよい」

 ケルトは柔軟さを失っていた。

「エールの人々にやりたいことを選ばせたら、それは必ず間違っている」

 ケルトはこの検討中、アインの全てを否定した。

 だが、アインはそんなケルトの意見を大事にし、セレスの3閥徒も含めた5人でよく食事会を開いて話を引き出した。


 1週間で新たな提案は完成し、ソフィアができあがったアイデアをエールへ持っていき、民の前でプレゼンテーションした。


 エールの民は、セレスの人々が自分達の立場に立ってアイデアを検討してくれたことへ感謝し、『エール単体でリベラリアと戦争をして勝ち、首都へ凱旋する』案を採択した。


 2度目の提案を終えたメンバーは、セレスで作戦会議を行う。先陣を切ったのはケルトだ。


「見たことか。エールの人間はオースティアが好きだからこの土地を離れたくなく、ビジネスを成功させる自信も無い。それでも中央政府からの自立を示す、最も安易な道を選んだだけだ」

 ケルトの指摘にソフィアも耳を傾けた。暴力によって自立を表現する道は、ソフィアの望むものではないからだ。しかしアインはエールの民の選択を尊重した。


「人が本当に望むことって、身勝手に見えるんじゃないかな」

 3度目の提案にはアインも参加し、エールの民へ戦争のアイデアと勝算を伝えた。


「エール単体で戦争を起こすとなれば、兵士も武装も充分な数を用意できるはずがない……リベラリアもそのように認識するでしょう。経験による思い込みです。それを逆手に取り、潤沢な兵力と武装を整えて戦争に向かえば、必ず相手を退けられます。兵力の増強に関しては、セレスも力を貸す準備がありますよね」


 アインの質問に、ソフィアは躊躇いがちに頷いた。この青年は暴力に目を背ける男ではない。それが少し怖かった。アインは続ける。


「十分な戦力があると認識されないよう、兵を分離し、途中で合流するなどの策を講じましょう。武装については、私の方でも、あたってみます」


 アインは刑務所で紹介された武器商人へ連絡し、武装の購入を進めた。商人は中央政府を主な顧客としたために、今の情勢ではエールと敵対する立場だったが、武器が売れれば利益になるからと武器を売った。


〈この人は、白馬の王子様なんかじゃない〉

 ソフィアはアインへの慕情が急激に冷めていくことを感じた。

〈平穏な日常を望んでないもの〉


 アインとセレスの働きかけにより、エールは十分な兵力と武装を整えたうえでリベラリアの軍と対峙することができた。


 リベラリア軍との戦争は、オースティアとリベラリアの国境であるエイリオで行われた。15年前、リベラリアに奪われた因縁の地だ。

 オースティアの一地方都市であるエールの起こした戦争。簡単な戦いだ、とリベラリアの指揮官は考えたのだろう。戦の節々に驕りが見えた。アインはこの時期、戦争の本質を何も理解していなかったが、奇跡の起こし方は知っていた。


「十分な準備をして、その時を待つ。そうすれば」


 これは総じて、巧みな戦闘ではなかった。兵の総数こそ相手を上回っていたが、戦力を小分けにして逐次投入するという愚かな戦術が採用されたし、死力を尽くして戦えば戦況は変わるという希望的観測によって、無謀な突撃が行われ、多くの兵が犠牲になった。


 それでも彼らは糸を手繰り寄せた。エールは多くの死者を出しながらも、戦いに勝利した。素人がプロの軍人に一矢報いた、後に奇跡の日と呼ばれる勝利だ。


 エールの人々が最初に抱いたのは達成感。次に抱いたのは、暴力の輪廻に足を踏み入れてしまったかもしれないという漠然とした不安だった。


「アイン。これで終わったらだめだと思うの」

 ソフィアは毅然とした態度で、アインに向かった。ともにエールのことを想う政治家同士の顔だ。

「もちろんさ」

 アインは短く言い切った。


 エールの人々が勝利の美酒に酔いしれているうちに、アイン達は首都クリスタニアへの凱旋を中央政府に申し入れた。

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