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 エールアカデミーでリベラリア軍人を退けたエールの学生と教授は、自分たちの成し遂げたことに興奮を覚えていた。アインとケルトという英雄のもと、彼らは自ら行動し、未来を変えた。


《運命を自分の手で切り開いたという実感》


 エールの人々はこれまで、上流でも下流でもない人生を流されるようにして生きてきた。彼らは自分の生きたい人生を生きる経験に乏しかったから、余計に今回の事例を誇りに思っていた。


 ところがエールの司法が彼らに与えたのは罰だった。リベラリアの軍人を退ける際に何人かの学生が調子に乗ってリベラリア軍人の命を奪い、遺品を不埒に扱ったためだ。


 エールの司法は、すでに形骸化しつつある国際法に則って過剰防衛の判決を出し、その先導者であるアイン・スタンスラインを刑務所へ収監することを決めた。この判断にあたっては、隣国を刺激したくない中央政府の意向も加味されている。


 アインは、エールで凶行を起こした学生の未来を生け贄とし、自身を救うこともできた。自分が先導したわけではないと抗議すれば、学生の自業自得と片付けることもできたのだ。


 しかし彼は自分自身の将来と、学生の未来を天秤に賭けた上で、おとなしくこの判決を受け入れた。

 なぜなら彼は、リーダーは自分の呼びかけが引き起こした人々の行動に責任を持たなければならないと考えたからだ。

 アインはともに歩む人をひとり残らず、理想の場所につれていくことを誓っていた。


 手縄をかけられ、警察に連行されるアイン。エールアカデミーの人々はそれを見て、この判決に理不尽だと反発した。


 人々はエールの司法を支配している中央政府——エル・クリスタニアやクリスタニアのやり方へ怒りを抱き、中央政府へのデモを開始した。エールの人々の間で、中央政府に反発することが格好良い、というムーブメントが発生していた。


 そんな中でケルトは、中央政府に歯向えば、エールへの物流制限や資本流入制限が行なわれ、都市が衰弱していくことを予見していた。


「大局を見ず、周囲に流されるだけの馬鹿が溢れかえっている。愚かな大衆どもに支配されたこの町に未来はない。それならばエールを出よう」


 ケルトはエールに見切りを付け、近隣の学園都市であるセレスへ向かった。



***

 アインはエールの東端に位置する刑務所へ収監された。この刑務所は殺人・強盗・強姦といった凶悪犯罪者や、反政府団体の関係者を収監している。

 刑務所の淀んだ空気は、アインの澄んだ心を否が応でも蝕んでいく。何よりも彼を傷つけたのは課せられた刑の重さだ。民衆を扇動した罪により、最短5年の禁固。反逆罪を課されれば最長15年の禁固まであり得た。16歳の少年にとって、これは果てしなく長い時間に感じられた。


 彼の計り知れないところで、彼の人生を地に這いつくばらせそうとする力が働いている。自分の人生にはこれから不幸な出来事しか起こらないのではないか……そんな想像も頭をよぎった。


 だが彼は絶望との向き合い方を心得ていた。

「俺の人生はいつも、どん底から始まり、成功に至る波形でできてきた」

 それに、刑務所に入ることは自分で決めたことだから、と。

 アインはむしろこの刑務所内での出会いを楽しみ、将来に役立てることが有益だと開き直って、まわりの犯罪者へ積極的に話しかけた。実のところ彼らは、アインに新しい視点をもたらしてくれる人々だった。

 酒、異性、ギャンブル、それどころか麻薬にまでも溺れた人々。親殺し、武器商人、マフィアのボス。アインが煉瓦造りなどの仕事を通して対話した彼らは、人間の業の深さを強く意識させた。


 生き様も変えなかった。アインは背筋を伸ばし、洗練された態度で刑務所内の掃除や排泄物の処理を率先して行う。当初アインとの交流に後ろ向きだった囚人たちも、その姿を見て心を変えていった。

 囚人たちも気づいたのだ。刑務所にいることが人間を底辺に貶めるわけじゃない。底辺のように振る舞うことが、自分を貶めていたのだと。


 いつしかアインは囚人のリーダーとなった。囚人たちの失敗談や武勇伝、非常識な世界が、アインの知見を広げていった。


 アインも持論を展開し、いずれはオースティアの政治を動かしたいという目標を周囲に語った。若く野心的なアインが、刑務所の淀んだ空気を払拭していく。

 あるマフィアのボスが、アインと兄弟の契りを交わしたエピソードがある。ボスはこのようにアインへ問いかけた。


「アイン、お前はここに来るべきではなかったし、実際に来ない選択肢をとることもできた。学生たちを逆に訴えてやればよかった。お前に守られたという恩すら感じられない人間のせいで、お前の目標達成は遥かに遅れることになった。後悔はしていないのか」


 アインは迷いなく言った。

「ボス。俺は後悔などしていないよ。なぜならここに来ることを、自分で選び取ったからだ。俺は不運を誰かのせいにして歩みを止めるようなことはしない。昨日より明日、今日より明日と努力を自分に課して、そんなの当たり前じゃないかと言ってのけたい。自分にとって何が大切なのか、何が幸福なのかを知っていれば、他人と比較して遅れただの、早いだのとものを考える必要もない。俺はいま、この瞬間を誰よりも楽しんでいる」


 ボスはアインのこの発言の眩しさに涙をこぼした。二人は兄弟の契りを交わしたのだ。

 人一人が足を伸ばして寝る広さもない独房。この小さなスペースに整然とおさまりながら、アインは自分の精神を大きく育てていた。


 刑務所でアインが有名人になった頃、オースティアの反政府組織を指揮していた男がアインに接触してきた。

 男は夢が人を形作ると信じており、アインに将来果たしたい夢を問うた。アインはこう答えた。


「幼い頃、俺は知恵遅れでね。ご飯を綺麗に食べることすら上手くできなかった。そんな俺を、決して馬鹿にせず、認めてくれた人がいたんだ。一番苦しかった時期に、生きる原動力をくれた。俺はその人のようになりたい。必死で生きようとしている人を、誰もが認める社会を創りたい」


 この言葉が男に才能を感じさせたのだろう。


「アイン、君はまだ知名度がない。だが今後、それこそオースティアで最も有名な国士となって、多くの人に支持され、この国の政治を変えていくだろう」

 男は予言した。


「私は革新者だ。君のように才能あふれる人間を世の中に先立って評価し、オピニオンリーダーとして君の価値を人々に伝えることが、私の使命だ。そうすればアーリーアダプターが君に協力し、キャズムを超えられる」

 男は、専門用語を交えて言った。

 アインはそれを理解する。


「キャズム。ムーブメントを起こすために必要な、支持率16%の壁。それさえ超えれば、人の波が新たな人の波を呼び寄せる」

「そうだ。私はかつて、この16%の壁を超えることができなかった。私の信念はやはり歪んでいるんだ。根本から考え方の違うマイノリティの言葉は、マジョリティには届かない。悲しいがそれが世界の真実だ。けれど君はそうではない。君はマイノリティの経験とマジョリティの精神を持っている。壁を超える力がある。ならば君はこの刑務所にいるべきではない。私が君をここから出そう」


 男はアインに希望を授けた。

 反政府組織時代の右腕を通じて優秀な弁護士を雇い、エールの司法へ起訴し、アインの無罪を勝ち取った。金と根回しで正義はねじ曲がる。


 無罪が勝ち取られ、刑務所を出ることが決まった日、長い刑期を覚悟していたアインは、深く頭を下げた。男はアインの肩を叩いて告げた。


「これが大人の戦い方だ。決められたルールの中で、どんな手でも使う」

「あなたは、他人が知らない知識を活用する達人だ。まっすぐな道だけが正解に向かっているわけじゃないことを教えてくれた」


 男は満足そうに笑う。


「そうだアイン。だから知識は武器になる。だから教育システムが確立された環境があり、知識の豊富さを重視するオースティアの人間は、世界を導くことが出来る。さあ、これからは教えた通り、セレスへ向かうんだ。あそこの学園都市を治めているのは女性だ。女性はえてして古いものを好み、変化を受け入れない存在だ。だから君を試すのにちょうどいい」


 男は最後に、国内の主要なマフィアや武器商人の連絡先をアインに伝え笑う。

「大人は力を持っていなければならない。君ならば巧く使えるだろう」


 ——アインはこのとき、暴力とともに歩むことを決めた。

 非暴力であることは尊い。

 それはアインもわかっている。

 だが非暴力はあくまでもその先にあるゴールへ至るためにあるものだ。アインにとって、非暴力はあくまで一つの手段でしかない。

 

 暴力は行使しないこともできる。それは力を持つ人間の品性が決めることだ。ならば彼は暴力を持つことを辞さない。

 世の中に満ち満ちている暴力に屈することなく、対等な目線で物事を考えるために。

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[良い点] 展開の早さに目を見張ります。 監獄はびっくりしました。 [気になる点] もう少し監獄のシーンを詳しく表現されるともっと良かったとおもいます。
[気になる点] 書き急いでいる感じ。刑務所でのエピソード、あっさりし過ぎだし、読み手からすれば「ふーん、あっそ」という風に流されてしまうだろう。私は読んでいて楽しかったので、惜しい気がした。刑務所のボ…
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