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贖罪の地を奪還した国際連合軍は、ルクシオン北部にキャンプを展開しながら、ズフィルー皇帝へ和解の使者を送った。
しかしズフィルー皇帝は使者の身体に爆弾を埋めこみ、催眠をかけて国際連合軍へ帰し、キャンプで自爆させた。ライロックが寸でのところで障壁を展開しなければ、アインは死んでいた。
アインは、ズフィルー皇帝とは絶対にわかり合えないと強く感じた。この予感はレイアスやサンスポットが助けを求めてきた時から、あった。そして水際で止める必要があると直感的に感じて、軍を進めた。この男の彗眼はあたっていた。
国際連合軍とズフィルシアは、どちらが先に滅ぶかの戦争へと向かっていった。
「これは人類の存亡をかけた戦いだ」
アインは謳ったが、『ズィーベンアルム(7人の腹心)』No3、No2との戦いは困難を極めた。
ここでも、国際連合軍の切り札となったのは、覚醒したエンドラルだ。このころ、マタリカ大陸最強のサムライとなっていたサイトウも、覚醒したエンドラルとの模擬戦では赤子の手をひねるようにやられた。
国際連合軍の戦略はエンドラル無しには立ち行かなかった。大人達はエンドラルに世界の命運を託し、エンドラルは責任感から戦争へのめり込んでいく。
『ズィーベンアルム(7人の腹心)』No3、No2を退けた頃、アインはこの現状に疑問を呈した。
「わずか10歳の子どもに、世界の命運を託すような現状は良くない。子ども達が矢面に立って戦うような社会は間違っている。子ども達は、大人のための道具ではないんです」
言ったアインに対して、レイアスは反論した。
「マナを感じ取る能力は、10歳程度から次第に衰えていく。10歳の少年に充分な常識と責任感があるならば、彼らに頼る方が合理的だ」
「それは大人の都合だと俺は思います。もう1度考えてみませんか」
アインはホワイトボードを復元し、『代用・結合・応用、修正、転用、削減、逆転』と7つのキーワードを書いた。彼は大人となって子供のように自由な発想力は失っても、枠組みを使うことで想像力は発揮できると信じていた。
「これは発想力を高める7つのキーワードです。エンドラルの果たしているポジションを、代用できるものはないか。何か2つ以上の道具や手段を結合・合体してもいい。敵の武器でも何でも、見習えるものはないか。あなたたちは魔法を使う際にカタリストを使っていますよね。これを他のものに変えることは出来ないか? 今使われている紋章術や魔法や兵器の仕組みを別のものに転用できないか、何かを簡略化したり少なくしたりできないか、現在戦略に取り入れられている構成要素を入れ替えたりできないか。大人にもまだ、できることはあるはずです。もう1度可能性を探ってみましょう」
アインの強い意志に触発され、その場の何人かがアイデアを出し始めた。レイアスは苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、ライロックがそれをたしなめた。
「皆がXceedを発現することこそ、問題の根本解決になるのだ。実際に敵を撃滅したのはXceedの力じゃないか。アインは、私の意見が正しいことを認めない。功勲を自分のものにしたいという、欲があるのではないか」
レイアスはそう考えた。ライロックはレイアスの思考を読んでいたが、精神論を嫌うライロックも、レイアスとは相容れない。
「精神論や根性論で、一見状況が改善しても、属人的でありいつかは崩れるものだ。だから俺はアインの考えを支持したい」
ライロックがアインの側に立っていたことが、国際連合軍にとっての救いだろう。
7つのキーワードにそって建設的な議論が行われた結果、従来のカタリストにデベロス製の人工知能を埋め込んだ、ネクストジェネレーションデバイス(NGD)――通称ブレインが開発されることとなった。
ユタアースの魔法使いは、自らのイメージを具現化するため、カタリストと呼ばれるエーテルの塊を用いる。
しかし使用者のイメージをカタリストに伝える際、わずかながら思考の乱れや遅延が生じ、意志の力を100%カタリストに伝えることができなかった――特に大人達は。そこで1度魔法使いの描いたイメージを整理し、ムリ/ムダ/ムラを除去する装置の開発が提案された。
ブレインの要件としては、使い捨てでないこと――つまりエーテルを充電して何度も使用可能で、最悪の場合には銃を見習ってカードリッジ製の触媒が装填可能であること、カタリストの力を99%以上破壊へと転用できることが挙げられた。
半年も経たないうちにブレインの開発は完了し、戦場と導入されることとなる。
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4252年から4253年にかけて、ズフィルシア軍との戦争は激化の一途を辿った。しかし戦況はひとつの新兵器で変わるものだ。ブレインの性能は目を見張るものがあった。
『ズィーベンアルム(7人の腹心)』No6、No5との戦いでは、レイアスやサンスポットがブレインを用いて、敵を退けた。
しかしNo7、傀儡使いのズィーベンとの戦いにおいて、レイアスはブレインの弊害によって危機を迎えた。ブレインが魔法のイメージを補完してくれるが故に、レイアス自身の魔法力が衰えていたのだった。
No7に対してレイアスの魔法は通じず、No7の攻撃がレイアスを捉えた。レイアスは片足を失い、動きの鈍くなったレイアスを守るため、サンスポットが犠牲となった。レイアスの精神は乱れ、それに伴って国際連合軍の戦線は乱れた。
このとき、国際連合軍の窮地を救ったのはエンドラルでなく、レイアスとサンスポットの娘、クラリス・レイヤーだった。
彼女はサンスポット用にカスタマイズされたブレインを手に取り、極大魔法によってNo7を破壊したのだ。
辺りに静寂が訪れる中、このときレイアスは気づいてしまった。
「ブレインを子ども達に使わせることによって、より戦果を挙げられる」と。
レイアスは、ルクシオン部族の孤児たちを招集し、兵隊へと鍛え上げた。アイン・スタンスラインの意図に反して、戦場には子ども達がますます投入されるようになっていった。
リンカユタの世論は、ややアインへの批判に傾いていた。4252年以降、国際連合の戦争には命知らずのカメラマンが同伴し、撮りためた映像を編集して放送している。子どもたちが死力を尽くして戦う映像は、涙を誘いつつも、多くの大人の批判を招いた。
「その子どもがいなければ、大人は滅んでいる。口先だけの批判は何も生み出さない。気にするな」
自分の娘すら戦地へ送り込む、謀反気の強い理屈屋レイアス・プロミネンスは力強く言った。アインはこのときテレビジョンでレイアスのフォローをしていない。
4253年が飛ぶように過ぎ、4254年が来た。テレビジョンによって映像が世界中へリアルタイムで放送できるようになった。世界中の人々が手に汗を握り国際連合軍を応援した。そして国際連合軍はついにズフィルシアの首都へ攻め入った。
『ズィーベンアルム(7人の腹心)』No1、百式のアルムが、百体の分身を用いて国際連合軍に迫る。
国際連合軍の残り少ない兵士達、サイトウ、ライロック、エンドラル、クラリス、その他の名前もない子ども達が死力を尽くして戦い、彼らはズィーベンアルムを退けることに成功した。




