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 アイン・スタンスラインは気運をつかんだ。

 アインがオースティアを飛び出してメルッショルドに上陸したのは、4241年の11月9日だ。それから7年後の4248年12月8日、彼は世界の人々に手を差し伸べられ、マタリカ大陸を1つにまとめる奇跡を成し遂げた。


 時代を味方に、風が吹くまま舞い踊り、彼は高みへ昇り続けた。これは決して彼1人で成し遂げられたものではない。彼もそれをわかっていた。だから彼は常に先を見据えて行動するとともに、後ろの人々にも手を差し伸べ続けた。


 アインは、「弟が生きていたら、どれほど世界を救ったかわからない。だから俺は弟の代わりに世界を救うんだ」と、理想の弟を指標にし続けた。


 そんなアインも、誰かの指標になりつつある。これから話すのは、後にアインへ憧れ、アインを目指し続けることになる、少年の物語である。


 デロメア・テクニカの北西にサイナピアスという国があった。

 この国はハーネスライン西の乾燥地帯に位置し、国土のほとんどは、垂直に切り立ったテーブルマウンテンで構成される。その数は100を超え、各テーブルマウンテンの上に村が出来ていた。


 村は、鉱石を掘削するためにつくられたもので、5人の指導者が、数百人の人間へ指示を出して作業を行わせていた。労働環境は過酷で、食べ物や飲み物は満足に与えられず、報酬も無く、何かきっかけがあれば鞭で打たれた。


「ハーネスラインが地獄の境目なら、地獄はここだ」

 人々は恐怖と暴力によって支配されていた。衰弱して動けなくなった作業者は、指導者によって別の村へ売られるか、ひとけの無い乾燥地帯へ投げ出された。この国は、奴隷制の国だった。


 ブラエサルが国王だった頃、サイナピアスで採取される鉱石は、ハーネスラインで暖をとるために重宝された。ブラエサルは奴隷による労働を必要不可欠なものと考えていた。


 だが、世界の潮流は4248年12月8日に一変する。アイン・スタンスラインは、奴隷という仕組みは無くなるべきだと考えた。

 彼の理想は、「誰もが行きたい道を行くことができる社会」だ。25歳となった彼の信念は、17歳でオースティアの国王に就任して、所信表明をした頃から変わっていない。だから奴隷と呼ばれた人たちにも、人生の選択権を与えたかった。



 このとき、物語のもうひとりの主人公ケルト・シェイネンは、数奇なめぐり合わせによって、国際連合のスタッフの一員として活動していた。彼はアインの考えを幼稚だと批判している。


「例えば資本主義の世界においても、企業に所属する人間は、企業の利益のために奴隷のように働かされている。奴隷制は、どんな社会にも形を変えて存在している」とケルトは話した。


 それを聞くと、アインの側にいたリングリットは、「それは奴隷ではなく献身で、自分で献身する場所を選べるなら、奴隷とは違うんじゃない?」と主張する。アインは「ケルトの論法だと、俺も世界の奴隷だ」と笑っていた。


 ケルトとアインの溝はこの頃から急速に深まっていく。ひとつの原因としては、中立的な立場でケルトの話を聞いていたリングリットが、アインを贔屓し始めたことがある。ケルトはリングリットの聡明さを好いていた。「こんな聡明な女性でも、権威と才能の前では盲目に陥ってしまうのか」と彼は嘆いた。


 どちらにせよアインは、奴隷制を変革するため、サイナピアスに向かうことを決めていた。これがひとりの少年の運命を決定づけることになる。


***

 サイナピアスでは老若男女が奴隷として働かされていた。8歳の少年エンドラル・パルスもそのひとりだ。


 彼はシャベルを使って、身体が動かなくなるまで、穴を掘り続けていた。

 ろくな食事もしていなかったから、体調が悪く作業ができない日もあった。すると彼は、働くことができない自分を責めてしまう。他人と同じ行動ができないことを恥ずかしい思ってしまう。


〈僕は他の人と同じくらい、使い物になります。だから捨てないで。ゴミのように捨てないで〉


 奴隷たちは、自分の人生のコントロールを他人に預けた。周囲の気分を害しないように立ち回ることを第一に考え、同調を促した。同調圧力に従わない人々への怨恨を振りまきながら大人になり、自分の子どもにも同調圧力をかけていく。結果として奴隷の血族は、誰かの指示がなければ何も出来ない人間になっていった。


 そんな自立心を失った奴隷たちに自由を示したのが、アインの率いる国際連合だ。


 奴隷制の廃止を受け入れない村に対しては、ロマリアやデロメア・テクニカが、武力を背景とした説得を行なった。


 利でも説得を試みた。

「奴隷たちには労働者になってもらい、デロメア・テクニカで製造された掘削機を使って掘削を行なうビジネスに従事してもらう。そうすれば奴隷を使うよりも効率よく資源を採掘できる」

 とリベラリアのライロックは謳った。

 サイナピアスの政治家達は、国際連合の提示した条件を受け入れるしかなかった。


 奴隷達は国から解放された。

 奴隷のほとんどは歓喜し、国際連合を賞賛すると同時に、掘削機を使ったビジネスに従事し始めた。彼らは肉体的な痛みや苦しみから解放され、国から与えられた仕事をして金を稼ぐようになった。


 しかし中には、生き方がわからなくなった人々もいた。エンドラル・パルスもそうだ。

 彼は望んでもいない自由に戸惑い、自分の「せねばならない」「するべきである」仕事を探していた。けれど誰も教えてはくれなかった。

 アインは、そんなエンドラルへ、自分たちと一緒に国際連合のスタッフとして働かないかと声をかけた。


「エンドラル。君はこれまで誰かからのこうしなければならないとか、こうするべきだという命令に耳を傾けるしかなかったんだろう? 突然自由にしていいよと言われても、何をしたら良いかわからないよな。けれど、こうしなければならないとか、こうするべきだっていうのは、不条理な思い込みなんだ。人生はね、『こうしたい』から始まっていい。『こうしたい』を見つけたら、上手くいけば良いくらいの軽い気持ちで、挑戦してみることが大事なんだよ」


 アインはエンドラルの頭を撫でた。

 そして笑顔を浮かべる。

「けれど『こうしたい』ことなんて、なかなか見つからない。君はまだ若い。俺達と一緒に、色々な世界を見て回ろう。ゆっくりでいい。誰のために、何をするのかを探そう。そして君が『こうしたい』を見つけたら、違う道を歩めば良いんだ」


 アインは太陽のような笑顔を浮かべて言う。

「誰もが行きたい道を行き、互いを認め合う。そんな社会が1番良いと思うから」


 エンドラルはアインの笑顔に心を打たれた。人生をかけて、アインの役に立ちたいと強く願った。

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