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マタリカ大陸の覇権を賭けた一騎打ちが開催されるのは2週間後となった。
参謀ビスマルクは、提示されたのがブラエサルにあまりに有利な条件だったため、『一騎打ちに参戦する』ことのメリットとデメリットを何度も考えた。
しかし常に結論は一緒だった。
何度検討を行なっても、ブラエサルが負けないのであれば、参戦した方がメリットは大きいという結論に至るだけだ。
ビスマルクは、アイン達が何かを隠し持っているという懸念を拭えないまま、一騎打ちの日である2週間後を迎えた。
この戦いは、世界に漂う閉塞感への回答を探る決戦でもあった。同じ趣向を持つ人々が集まり国を築いてから2000年。国家間のつながりは次第に失われ、世界は緩やかに分断された。
4241年からは、アインの理想がこの世界に注入され、独立割拠する人々の心に、分断を超えるつながりを芽生えさせつつあった。
それでも、いまだ国家間においては、ミクロな交流こそあるものの、マクロに見れば村社会のように排他的で、各国の特色はついぞ変わらず、多くの国が行き詰まっている。
ブラエサルは『分断された世界を統一し、力あるものが力なきものを導く』ことを望み、アインは『分断された世界で、お互いの意志と能力を認め合いながら協働する』ことを望んだ。世界の方向性は、まさにこの戦いの結果に委ねられた。
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アインは、ブラエサルとの決闘の舞台としてデベロスを選んだ。
4248年12月8日。どこまでも広がる荒野に、国際連合軍20万人、ハーネスライン軍10万人が集まった。アインは両軍30万の人々を一望し、ブラエサルに握手を求めた。
「アインです。今日はいい試合をしましょう」
ブラエサルは疑りながらも、彼の手のひらに触れた。アインの腕はか細く、一太刀で骨が折れてしまうのではと心配するほどだった。
だが、これまで感じたことのない熱を帯びた手だ、とブラエサルは思った。
アインは握手を解くと、会場にいる人々に対して「この決闘はマタリカ大陸の覇権を賭けた決戦になります」と高らかに宣言した。
「私が勝利するか、ブラエサル・グリードリッヒ公が勝利するか――それは天にしかわからないが。この決闘後に立っている王の元で、マタリカ大陸は1つにまとまり、未来へ進んでいくことができるでしょう。それがこの決闘の意義です」
アインはオースリベラリア、エルゴル、デロメア・テクニカ、ロマリア、アルテリア、メルッショルド、ストライトの兵を順に見た。
「ブラエサル公はハーネスラインの統一にあたって、民を差別したり、屈辱を与えたりしなかった。彼は大陸を治めるに値する人物です。一騎打ちの結果は誰にもわかりません。ですが私が倒れたら、どうかブラエサル公に忠義を尽くしてください」
アインは「あなたからも一言、どうぞ」と、ブラエサルに発言権を譲渡した。ブラエサルは柄にもないことを言った。
「ハーネスラインの民よ。俺はこの戦いに勝ち、大陸の覇権を握ることになるだろう。だが、俺が負けた場合は、この小気味良い男への忠誠を誓って欲しい。このわずかな間ですら、彼の魅力は理解できたはずだ。大陸にとって、彼を失うことは大きな損失になる。だが、俺はこの男を倒してしまうだろう。大陸の覇者は、このブラエサル・グリードリッヒだ」
ブラエサルの心理はわからない。ブラエサルはいつもより饒舌になっていた。もしかするとマタリカ大陸を手にするという願望を一気に叶えるチャンスに恵まれ、焦ったのかもしれない。
ブラエサルは腰に備えた帯剣を抜き、戦闘態勢に入った。アインは、「最後に」と言い加えた。
「私は国際連合軍を信じているが、なにしろ彼らは数が多い。私が倒れた後、20万の大軍がハーネスラインを攻め入るかもしれない。それを防ぐために、リングリット・ラインカーネーションを人質に出す。彼女は俺の大切な人だ」
これはアインとリングリットの間で決めた約束だった。アインはブラエサルから目を切らないまま、リングリットをビスマルクの元へ向かわせた。
ブラエサルはアインの行動が理解できなかった。ハーネスラインという地獄を統一したブラエサルの戦闘力は、アインの耳にも入っているはずである。それにも関わらずアインは、自分の大事な人を人質に出したのだ。
まるで自分のほうが有利だから譲歩する、というように。ブラエサルにしてみれば、アインが自分の力量を見誤っているのか、ただの馬鹿なのか、はたまた優れた実力をもっているのか、わからなくなっただろう。
リングリットがビスマルクの隣まで進み、アインとブラエサルの方を向いた時、それに呼応するように、アインは帯剣を鞘から引き抜いた。
——沈黙が2人の間に訪れる。誰もが固唾を飲んで見守り、呼吸することを忘れていた。それでも、動き出せば一瞬で決着がついた。
ブラエサルの豪腕から繰り出された太刀は、アインのピースオブラビルにぶつかり、粉砕された。
ブラエサルはその事実に目を見張る。その瞬間アインは逆にブラエサルへ6発の太刀を浴びせた。サイトウ・エルザルト・ドースティンの創始した無限一刀流の疾太刀である。ブラエサルは血飛沫と雄叫びをあげた。
自然、リングリットの姿が目に入る。彼の脳裏には、リングリットを使ってアインに交渉を持ちかけるという誘惑が浮かんでいた。しかし彼は誘惑を振りほどき、そのまま大地に倒れ込んだ。
ブラエサルは最後まで王者であり続けたのだ。
——決着はついた。
アイン・スタンスラインは、ただの一撃も受けることなく豪運の男を退けたのだった。アインが血を流して倒れるブラエサルの元へ駆けつけると、ブラエサルは笑っていた。
「戦いばかりの人生だったが、最後に面白い人物に会えた。思えばお前に可能性を感じた時点で、俺は負けていたのかもしれぬ。アイン、と言ったか。お前はこれからも、国家運営の輪廻の中で、戦い続けることになる。絶対に、降りるなよ」
アインはこくりと頷く。
「ブラエサル。俺は今後も、ハーネスラインを含む各国を永続させていくことを誓おう。各国の重要な起点においては、一般の人々の利得を第一に考え、ブレない発展を進めていく。国家の真の価値を、主体的に極め続ける」
彼の誓いは大陸に響いた。
王者は倒れ、歴史は前に進んでいく。
これが時代の分水嶺。




