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 アインが提案したのは、ブラエサルとの、マタリカ大陸の統治権を賭けた一騎打ちだった。しかしライロックは冷静に、力強くアインを静止した。


「アイン、その方法は良くない。世界を私物化したととられる可能性がある。例えアインにも、その権利は無いだろう。仮に実現したとしてもリスクが大きすぎる。相手はブラエサルだ。あの男の噂は聞いているだろう。戦場で弾に当たらない無敵の男。限りなく成功率の低いギャンブルでしかない」


「ライロック。マタリカ大陸に平穏を取り戻すために、効果が大きく、実現性の高い方法を考えた結果、一騎打ちにたどり着いたんだ」


 アインは羊皮紙へ羽ペンで、効果の大小を示す実用性を縦軸に、実現の難易度を示す実現性を横軸にとったマトリックスを記載し始めた。カリグラフィーを学んだ彼の描く円は美しい。


「例えばオースティアとリベラリアの戦争においては、俺も一騎打ちなんてアイデアは出さなかった。なぜなら両国ともに国家のシステムができていて、党首が命を失っても、組織は継続できるからね。だけど現在のハーネスラインはどうだろう」


 彼は羽ペンを空中で踊らせた。

「ハーネスラインは王であるブラエサルを頂点とした烏合の衆だ。ハーネスラインの有力者たちが、ブラエサルを頂点として、一時的に集まっているだけに過ぎない。その国に対して全面戦争を行なって、勝利したとしても、その後の統治は難航するだろう。一部の人々は、卑怯な手を使ってブラエサルを倒したと言い張り、屈服しないかもしれない。一部の有力者は、ブラエサルがいなくなった途端に、自分こそハーネスラインの覇者だと名乗りだすかもしれない」


 そして一騎打ちを羽で指す。

「それならば白昼堂々、一騎打ちでブラエサルが敗北する場面を見せ、新しい王の存在を人々に知らしめる方が、その後の統治もスムーズだ」


「後の統治については確かにそうだ。けれども3点の問題がある。1つはブラエサルに一騎打ちで勝つことができるか。2点目はマタリカ大陸の人々が賭けに納得するか。3点目は、俺やリングリットが納得しないことだ。俺達にはお前が必要なんだ、アイン。無茶な計画はよしてくれ」


「ありがとう、ライロック。もちろん各国を説得する必要は、ある。そして説得できる自信も、ある。俺はね、ブラエサルに勝つことができると本気で信じているんだ。あの男は豪運を持つ男と言われるが、運の良し悪しなんてものは、連続した結果への1つの解釈にすぎない。いい結果を出し続けてきたというのであれば、それは彼の準備が優れていただけのことだ。そして優れた準備をし、結果を出す勝負なら、俺だって負けないさ」

 ライロックは首を振った。


「アイン。暴力でしかわかりあえない相手に対して、わざわざ同じ土俵で戦う必要は無いんだ。我々には教養があり、違う手段を探る知恵がある」


「ライロック、それでも俺は同じ目線まで降りて、問題解決の道を探したい」


「……わかったよ」


 アインの自信と謙虚さに満ちた態度に、ライロックは諦め、踵を返した。

 彼はこのとき、どんな手を使っても、アインを生き残らせることを胸に誓った。


 マタリカ大陸を賭けての一騎打ちは、アイン本人の口から、ロマリア、アルテリア、デロメア・テクニカ、メルッショルドの王へ説明された。


 彼は世界を私物化してしまうことについての謝罪から始め、デロメア・テクニカで起きている戦争に対して各国が主体的な立場で関わっていく方法は無いか、デロメア・テクニカの犠牲者をできる限り少なくする方法は無いかを検討した結果、一騎打ちに辿り着いたことを語った。


 アインは、自分が勝ってもブラエサルが勝っても、一騎打ち後の世界ではどちらかが中心となって世界を治め、その際には各国の王の意志を尊重した国家運営を行う。それをブラエサルにも誓わせることを一騎打ちの条件として約束した。


 ロマリアのサムライを決闘に向かわせた方が良いのではないかという意見も出たが、龍の加護があることや、国際的な立場から、アインに任せるべきだという結論に行き着いた。

 その裏にはライロックやサイトウによる各国への根回しがあった。


 多くの人間がアインのために動いていた。

 デロメア・テクニカの王は自国の職人に世界一軽い防具を作らせ、万が一アインが斬撃を食らったとて、致命傷にならぬよう、甲冑の位置を試行錯誤した。


 ライロックとリングリットは、マタリカ大陸中にアインがブラエサルへ決闘を申し込む旨を広報し人々に理解されるよう務めた。


 リングリットはもちろん、本音では一騎打ちを止めて欲しいと願っていた。だが彼女はアインのビジョンを実現するために立ち回った。


 アインにも考えがあった。皆の行為を一身に受け止めながら、彼は絶対に勝てないと思われているその隙を付き、ブラエサルを倒すための策を講じていた。


 その主役となったのは、アインを認めオースティアの城の屋上に棲み着いた龍ファシス・ラビルだ。アインはこの龍に牙を1本頂戴することを頼んでいた。


 そしてファシス・ラビルの牙を、ロマリアの大将軍に預け、ロマリアの刀鍛冶の力を借りて世界一切れる刀を造らせた―—下地研ぎには荒い砥石から細かい砥石へと6種類の砥石が使われた、仕上げ研ぎにはダイヤモンドの粉が使われたという。


 こうしてできあがった剣は後にピースオブラビルと呼ばれ、国際連合軍で武功を挙げたものに対し贈られる勲章のモチーフとなった。


 ライロックとリングリットの働きによってマタリカ大陸各国の意思が統一された後、アインはブラエサルへ一騎打ちを申し込んだ。


 ブラエサルは手元に届いた果たし状を見、アインの気が触れたと思った。しかし豪運の男は自らの絶対的優位を確信し、一騎打ちに同意した。



 このとき、戦力差を冷静に分析して手立てを打っていたのはアインのほうだった。一方のブラエサルは自分に有利な条件の中で、相手の実力を見誤った。それがこの天下分け目の勝敗を決めたといえるだろう。


 小を以って大に挑む。これは戦術的には究極の愚策である。だが、英雄には、人生に一度、こういった場面が訪れるらしい。


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