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4245年——氷の都エクステリアの宮殿で、元老院の翁は見栄も外聞もなく命乞いをした。
「頼む、命だけは助けてくれ。この土地はお前に与える。だから」
だがグレートソードを携え、ルビコン川を渡ってきた目の前の男は、翁の言葉に耳を傾けない。
「この土地など足がかりに過ぎぬ。俺が目指すのはマタリカ。分断された世界を統一し、力あるものが力なきものを導く」
男は言い、そして翁の命を奪った。
氷河に覆われた土地の統一を目指し、男の戦いが始まった。
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マタリカ大陸の最北端に、氷河に覆われた土地がある。
この土地に住まう人々はわずかな土地を巡って戦争を繰り返していた。子ども達は奴隷や戦争の道具として敵対勢力に送り込まれ、青年は武器を持って明日の食糧のために戦い、戦と共に壮年を迎えれば、老年前に倒れていく。
ハーネスラインと呼ばれたその大地は、文字通り地獄との境目であった。
その北の大地に今、1人の王者が誕生していた。
名をブラエサル・グリードリッヒという。
「あなたは、なるべくして、王になった」
後にブラエサルの参謀となるビスマルクは、自らの王をこう評した。
ブラエサルは幼少の頃から戦争に駆り出され、千回もの戦いを繰り返したが、これまで1度も敵の攻撃を受けたことがなかった。銃弾は彼を逸れ、太刀は彼の剣によって捌かれた。
いつしか彼はハーネスライン全土を駆けめぐり、戦場の神としてあがめられて、数万の大軍を従えることとなった。
青年となった彼は、ハーネスラインの腐敗した専制政治を討ち滅ぼし、ハーネスラインで最も豊潤な土地であるエクステリアを領土とした。それが冒頭の出来事である。
そして4248年1月、アインがオースリベラリアを安定させたころ、ブラエサルはかつて誰もなし得なかったハーネスラインの統一を達成した。
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王都エクステリアの古城にて、参謀ビスマルクは、自らの王にこう問いかけた。
「ついに誰もなし得なかった、ハーネスラインの統一を成し遂げましたな」
「まだ始まりだ、ビスマルク。俺はこれからマタリカ大陸の統一に動き出す」
ブラエサルは未来を見据えていた。
ビスマルクは満足そうに続ける。
「しかるに国王、今日の栄光をもたらした要因は何でしょうか」
「栄光の要因か、いうなれば……全ては運だ。俺はこれまで戦場で1度も銃弾にあたったことがない。それは神が俺に与えた運命だと考えている。この豪運が勝利を呼び、そしてお前達に会うことができた」
ブラエサルは生死の境がわずかな運に左右されることを知っている。自分よりも強い人間が死ぬ様をいくつも見てきた。
「なるほど。確かに国王の豪運は人々の想像を絶しおります。ですがそれは、国王がこれまで運を手に入れるための行動を起こしてきた結果でしょう。『7つの習慣』という成功哲学があります。かつて運を呼び込んだ人々に共通する要素が、7つあるという教えです。ご説明しましょう」
ビスマルクは決してブラエサルの豪運が髪に与えられたものだとは考えない。それは王が自分を磨き上げ、獲得した能力だと信じていた。
「第1の習慣 主体性を発揮する――ある出来事に出会った時の感じ方を自らコントロールし、周りの状況に左右されることなく、率先的に状況を改善しようと動くことです。ハーネスラインの統一を率先したときのように。
第2の習慣 目的を持って始める――人生の最後を描きながら、あなたがあなた自身をどう創りあげたいか決めることです。国王はマタリカ大陸、果てはユーグリッド大陸、エレメンシア大陸の統一に動き出されるでしょう。『統一』という野望を、自分の行動の基礎となる価値観・原則として、しっかりと未来を見据えている。
第3の習慣 重要事項を優先する――緊急事項と重要事項があった場合に、重要事項を優先する時間管理のことです。目先の利益を追わず、大きな利益のために、時には恩人に背を向ける勇気も必要となります。短期間でハーネスラインを統一したあなたに言うまでもないでしょう。
第4の習慣 Win-Winを考える――ハーネスラインの人々はあなたのような絶対的王を求めていました。そういう意味で国王の覇道は、国民全体のWin-Winなのです。
第5の習慣 理解してから理解される――国王は幼少の頃から戦場へ出、ハーネスラインの実情と国民の願いを誰よりも理解しています。
第6の習慣 相乗効果を発揮する――国王のカリスマ性により、私も含めた多くのハーネスラインの民が国王の元に集い、相手との相違点を尊び、創造的な協力体制を築いています。今ならば1+1を2よりも大きくできるでしょう。
第7の習慣 刃を砥ぐ――高いエネルギーを備えた肉体、揺るぎない明朗な精神、先人の知識や知恵を理解する知性、良好な人間関係を築き情緒的な安定を得ること。
これら7つの習慣を国王は見事に習得されております。ならば運も味方に付けられる訳です」
ビスマルクの言葉はブラエサルに自信をみなぎらせた。
「ビスマルク、貴様の講釈はいつも勉強になる。お前のような人材が慕ってくれることが俺の強みだ。さあ、今後はデベロス、デロメア・テクニカへ向けて南下するぞ」
王はマントを翻し、次の道へ歩を進めた。
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数週間の後、ブラエサルは数万の大軍を率いてデベロスへの侵攻を開始した。デベロスはデロメア・テクニカの北にある荒れ果てた土地で、プロフェッサーPOという謎の管理者と、彼の創り上げたマシンによって統治されていた。
しかし戦争だと意気込んでいたハーネスラインの人々の思惑は外れることになる。POは地上の統治権を簡単に明け渡したのだ。
POは地下に住み着いており、その入り口を人工知能の搭載されたマシンによって守備している。このマシンには、2150年前に滅んだはずの技術が使われていた。この時代の人々はPOを魔法使いだと感じただろう。
「余計な戦をする必要はない」
ハーネスラインの軍隊は地下の侵略を夢見たが、ブラエサルはそれを諌めた。デベロスのマシンがこの時代のテクノロジーの産物でないことを察したのだろう。
「万が一地下への入り口が開けなければどうする? わざわざ最高潮に達している士気をくじくようなチャレンジはすべきでない」という、王の懸命な判断であった。
デベロスを通過し、デロメア・テクニカに南下したハーネスラインの一団は、圧倒的な強さで国境の都市を占領していった。
王者ブラエサル・グリードリッヒ。その絶対的な強さは近隣諸国へ瞬く間に伝わっていった。
「俺はただの一度も戦争に負けたことがない」
ブラエサルの出した声明は多分に誇大化されていた。しかしマタリカ大陸の多くの民にとって、ハーネスラインは得体のしれない北方の国である。唯一伝わってくるブラエサルの声明が、各国を震え上がらせたのは言うまでもない。
この点、ブラエサルは戦争というものをよく理解していた。不確実な情報により、人が簡単に道を違えることを知っていたのだ。
この時期、まさにブラエサルの手のひらで踊らされた国があった。
ストライトだ。
ハーネスラインが北よりデロメア・テクニカへの侵攻を始め、圧倒的な力を誇示していた頃、ストライトは南からデロメア・テクニカへの侵攻を開始した。
ストライト人がロマリアの報道機関を利用して文化的侵略を試みたり、リーンベント——美容整形手術を使ってアルテリアのミスコンテストに人民を送り出したりと、マタリカ大陸を騒がせていることはすでに述べた。
侵略は善良な人々によって食い止められていたが、ストライトの大衆は、自国民が世界で活躍できないことに苛立ちを感じていたのだろう。ストライトという資源にも文化にも乏しい国の悲しさは、侵略でしか自国の存在を世界に示せないことだ。
迷惑なことに、そんな貧しい国の民にも愛国心はあり、自分たちこそが世界の中心なのだという願望を、周辺諸国へ押し付けてくる。まさに今、自分の見たいものしか見ないという、分断された世界の病理が、この国に巣食っていた。
ストライト人は声高に、ブラエサルはマタリカ大陸の君主であり、共に大陸の制圧を目指したい旨を語った。
「力なきものの甘言など信ずるに足らんな」
もちろんブラエサルには、ただ一点の油断もなかった。この王はストライトを植民地のように扱い、ストライトからの資金の提供と、歩兵の提供を最大限活用して、デロメア・テクニカの侵攻を進めることとした。




