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*** 32 ***

 21ヶ月後。


 エールからリベラリアの首都リベリアへ攻め込む要所となる要塞に、ライロック・マディンは滞在していた。対するオースティア軍は、国王アインの率いる最強の師団だった。


 ライロックは傷ついた6万人の兵士と共に、オースティア軍を何とか追い払っていた。


「食糧はあと2週間もてば良い方か」

 ライロック・マディンの分析は、常に冷静で性格だった。


「SMARTな目標を設定しなければならない」


 ライロックはこの戦争で亡くなった兵士の名簿を見、哀しみに満ち満ちた表情を浮かべた。この男はどんな時でも理性的に戦況を分析できる頭脳を備えている。


 オースティアの主力部隊がエール、エイリオを突破し、首都リベリアにまで近づいていることを考えると、すでに祖国リベラリアの勝ち目は薄い。それに気づいている自分を騙しながら、6万人の兵を死地に赴けることができるだろうか。


「6万人の兵士を失わないこと。それが最もSMARTな目標だ」


 彼は翌日兵を集め、リベラリアはオースティアに勝てないだろうと兵士達に伝えた。その発言は、軍事国家のリベラリアでは反逆罪で処刑されてもおかしくないものだ。

 ライロックは自らの命と引き換えに、兵士の命を守るつもりだった。


 ライロックの選択に兵士達は涙を流し、最後まで隊長についていきたいと懇願した。


 だがライロックは、それを断固として認めず、生きて次の人生を歩むこと、リベラリアの誇りをいつまでも忘れないことを兵に伝えた。


 単身でオースティア国王の率いる師団へ向けて出撃したライロックは、すぐ敵の偵察兵の目に留まった。偵察兵はライフルでライロックの胸を狙い打ったが、その銃弾はあさっての方角へ弾き飛ばされた。


 ライロックは紋章術――拒絶の壁とも呼ばれる、障壁を展開する術の使い手だった。


 紋章術師は物質毎に定められた紋章を描くことで、特定の物質だけが通ることのできない障壁を生み出すことができる。

 例えば右上から左下にわたる帯と、左上から右下にわたる帯が交差した斜め十字――紋章学の世界ではこれをサルタイアーと呼ぶ――を描いて展開した障壁では、鉛をはじくといった具合だ。


 紋章術師は通常、複数の障壁を持参して戦闘を行い、相手が次に用いる武装に合わせて障壁を切り替えていく。適切な紋章を選択するためには、鋭い洞察力と聡明さが必要となる。


 銃弾をはじいた衝撃で、わずかにずれた眼鏡を直しながら、ライロックは宣言した。


「我が名は雷光導師ライロック・マディン。稲妻の如き思考を持ち、リベラリアで最も紋章術を活用できる戦士だ。そんなナマクラ銃では俺を倒すことはできん。国王に合わせてもらおうか」


 偵察兵は雷光導師の実力に恐怖し、国王の泊まるキャンプへ走り去った。ライロックはその場で持参した紅茶を飲み、ゆったりと待った。アインが100名以上の師団を連れて、その場へ到着したのは数刻後だ。


 100名の兵士はライロックを取り囲み、彼に銃口を向けた。しかしライロックは100名の師団に囲まれても表情1つ変えない。

 彼は国王に告げた。


「オースティアは捕虜を丁重に扱う国だと考えているが、認識は合うか。我がライロック・マディンの部隊は貴国へ降伏する。私の命は君たちに捧げよう」


 オースティアの兵士達は、ライロックの発言に驚愕した。リベラリアの兵士は命果てるまで戦い続け、絶対に降伏しないものだと考えていたからだ。


 オースティアのリベラリアに対するレッテルはそんなものだろうと理解していたライロックは、障壁を発現するための手袋をオースティア軍の足下へ投げ捨て、両手を上げた。サイトウはアインに耳打ちする。


 ロマリアに生まれたサイトウでも、ライロック・マディンというリベラリアの賢才の話は聞いている。国に殉じる意志を持つ男だとも。


「まだ、小刀を持っているかもしれない。近づくのは危険だ」


 サイトウの懸念は、アインという国王を守る刀として当然のことだ。だが当のアインは、目の前の賢才の言葉にひとつの疑いも持たなかった。


「問題ないさ。あの人はリベラリアで最も教養と慈愛のある人だ」


 アインは嬉しそうに、どこまでも嬉しそうに言った。ライロックもその声を聞いて目を見開く。


「ライロック・マディン、お久しぶりです。アイン・スタンスラインです。4年前、私はあなたに命を救われました。今度は私があなたを救う番だ。オースティアはあなたの申し入れを受け入れます。皆、丁重に扱え」


 アインの指示でライロック隊は客人のように迎えられた。オースティアの調理師達は、ライロック隊にお腹いっぱい食べられるパンと水。デザートのパイナップルを提供した。

 兵士達は涙を流しながら、食糧にかぶりつき、オースティアの民に頭を下げた。


 しかしただ1人、ライロックは食事に手を付けていなかった。

 アインは彼の隣へ座り、話しかける。


「あなたの軍は、このリベラリア遠征で、最も手強い兵達だった。兵士達の雰囲気も良く、1人ひとりがみんなのために貢献しようと動いていた」


 瞬間、ライロックはフォークをアインの首元に突き付けた。師団は騒然とする。


「今、お前は俺に殺されていた。何故俺を生かしておく。リベラリアの幹部を生かしておいたところで、オースティアにメリットは1つもないぞ」


 ライロックはフォークを捨て、自分を殺せと指示した。アインは顔を歪める。


「そんなあなただから、失いたくないんだ。あなたがリベラリアに忠誠を誓っていることはわかる。けれど俺はあなたと一緒に国家を営んでいきたい」


 アインの言葉はあたたかい。だがライロックはその優しさを飲み込めないでいる。

「俺は1人の少女の人生すら狂わせた。国を運営することなど、できはしない」


 アインの表情が一瞬にして変わった。


「その話、詳しく」

 真剣な表情で、ライロックの肩を揺すった。


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