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アインは国民選挙によって、再び国策の実行者となることができた。それは国中の人々から望まれ、誰よりも愛される国王の姿だった。
世界の問題解決者となった彼は、自分を躍進させてくれたオースティアの問題解決に従事することを誓った。
アインの解決したい問題は、両国の間に横たわる、海よりも深い溝のことだ。
オースティアとリベラリアはこの20年間、国境にあるエイリオの領権を争ってきた。
争いの根源は、リベラリアの国土を覆う痩せ地だ。隣国エルゴルとの国境は険しい山に囲まれ、貿易もままならない。オースティアは、リベラリアから唯一到達できる沃地だ。だから彼らはオースティアを目指した。
4225年から4245年までの20年間。圧倒的な国力差がありながらも、リベラリアがオースティアと領土争いを続けてこられたのは、オースティアが国防をおろそかにしていたためだ。
ヴォルター・K・グインが国王に就任するまで、オースティアの軍事力はリベラリアの足元にも及ばなかった。
しかしグインが深交富国強兵を進めたことで、オースティアの軍事力は飛躍的に高まり、リベラリアの優位はゆるぎ始めていた。
リノアン・デュラン提督を筆頭とするリベラリアの大使達も、「リベラリアは、オースティアに敵わないのではないか」と薄々感じながら、それを認めようとはしなかった。
そんな矢先、国王に就任したアインは、文書をしたためてリベラリアへ使者を送った。使者の届けた文書にはこう書かれていた。
『オースティアとリベラリアに『成功の循環』を―—オースティア新王、アイン・スタンスライン。
この度はリベラリアとオースティアの合邦のご提案をいたします。近年のオースティアは非常に経済状態が良く、国民の士気も高まっている状況にあります。軍事力もこの数年間の深交富国強兵政策によって強大となりました。
今であれば、リベラリアの武力に脅えて臆病になることなく、貴国との関係を公平に裁くことができると考えています。裁くと言っても、どちらかの国が不利になるような条件を提示するつもりはありません。
オースティアの国民はリベラリアの人々を受け入れる器量の大きさも兼ね備えています。リベラリアの人間も、義理堅く、信念に基づいた行動のできる、理性的な方が多いように見受けられます。
今こそ両国は過去を清算し、1つの国となるべきです。両国がより発展していくために、両国はこれまでの当たり前、思い込みを捨てる必要があります。
そのために異国の民の存在が大切なのです。自分の思い込みから抜け出すことは容易ではありません。オースティアの人間も、リベラリアの人々に対する偏見や、思い込みに侵されています。
自分と違う枠組みを持つ多様な人たちとの本音の対話が、思い込みから脱出するための近道となります。
『成功の循環』をつくりましょう。
互いを尊重しあい共に考えることで国家間の『関係の質』を高め、それが気づきや思考を促して『思考の質』となり、自発的に行動する雰囲気が生まれれば『行動の質』は高まり、『結果の質』を高めるでしょう。結果が伴えば巡り巡って『関係の質』がさらに高まり、より良い成果へとつながっていきます。これが『成功の循環』です。
オースティアは両手を広げて待っています。
良き返事をお待ちしています』
しかし、ベアトリスのブレインストームによって洗脳されたリノアン・デュランは、アインの提案を却下した。
ライロック・マディンは、かつてのリノアンならばアインの提案を受けていただろうと想いを馳せる。リノアンは使者の首をはねることを軍部大使ガレスに命じ、ガレスは命令を果たした。
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リベラリアもこの4年間、オースティアの軍備増強に手をこまねいていたわけではない。
4226年から15年続いた西の内乱をライロックが治めてから、リベラリアの各地では軍事大学が続々と建設され、闘いの才能に溢れた人材が発掘されてきた。
4年間の訓練を経て鍛えられた、100万人もの戦士が、活躍の場を今か今かと待ち望んでいた。
これだけの戦力が揃っていればオースティアに後塵を拝することはないと、リベラリアの軍部大使はそう信じたのだ。
リノアン・デュランは宣言する。
「時は来ました。オースティアの使者の首を持って、リベラリアはオースティアへ宣戦布告を行います。まずはエールを奪い取り、そのままエル・クリスタニア、首都クリスタニアへ侵攻します」
リノアンの命令のもと、リベラリアの軍部大使ガレス、ベアトリス、ライロックはそれぞれ20万の軍を率いてオースティアへ歩を進め、エールを静かに取り囲んだ。
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西暦4245年11月。
しとしとと降る秋雨の中、ガレスの咆哮を合図として、彼らはオースティアに宣戦布告を行い、その日のうちにエールを襲撃した。
奇襲に近いこの攻撃によって、オースティア領エールはリベラリアの制圧下に置かれることとなる。60万の軍隊がエール入りし、首都クリスタニアへ攻め入る時を見計らっていた。
オースティアの人々はにわかに騒ぎだし、リベラリアの大軍に恐怖を抱いた。しかしオースティアの逆転はここから始まる。
「今にして思えば、エールで戦争をした時は、愚かなリーダーだった」
アインは古今東西の戦術書を読み込み、エールにいた頃より成長していた。特に、常に優勢な軍事力をもって戦闘にあたることを重視した。
彼が恵まれていたのは、ヴォルター・K・グインが4年をかけて育て上げた優秀な指揮官がいたことであろう。
「俺よりも戦術に明るい人達がたくさんいた。だから負けることはないと思った」
手塩をかけて育てた復元者部隊や、武器の国産化にこだわらず、古今東西から最新のテクノロジーを集めたことも戦況を有利にした。
例えばデロメア・テクニカから輸入した機関銃がある。この機関銃は当時最新鋭の武器で、弾丸が発射される際の反動を利用して装填の手間を省き、速射性能は1分間に200発もあった。
ロマリア1のサムライとなったサイトウも、仲間のサムライを連れて遊撃を担った。彼らは、アインがかつてリベラリアのライロック・マディンから教わった「弱者の戦略」を徹底し、局地戦、接近戦、一騎打ち、一点集中、陽動戦と獅子奮迅の働きをみせた。
ここにもテクノロジーが活かされている。サイトウの作戦を助けたのは、海運大国メルッショルドから輸入した木造戦艦であり、草原の国エルゴルで品種改良された馬だった。デロメア・テクニカの機関銃とは別に進化した、ロマリア秘蔵の射撃兵器タネガシマも投入された。
総司令官であるアインはファシス・ラビルと共に自ら戦線に立ち、兵士を鼓舞する。
アインの言葉は兵隊を一枚岩とし、個人の力を組織の力へ転換した。それに比べればリベラリアは、個々の英雄の考えを尊重するが故に統制を欠いて見えた。
次第に戦線を押し戻したオースティアはエールを奪還し、エイリオへと進攻した。




