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アイン・スタンスラインがオースティアを出てから4年後、オースティアは驚くべき発展を遂げていた。ヴォルター・K・グインによる、深交富国強兵が推し進められたからだ。
深交富国強兵とは、国家の経営資源であるヒト・モノ・カネ・技術・情報を最大限活用して、国際交流と国の経済発展、軍事力の増強を促す政策のことだ。
外交においては教養高き人材を用いて、隣国エルゴル、メルッショルドとの親好強化を図った。
国内経済においては、マタリカ大陸やエレメンシア大陸の先進技術を取り入れて産業の機械化を進めると同時に、臆病で慎重な国民性と、学歴の高い上役の顔色を伺う風潮が挑戦を阻害している現状をふまえて、各企業に建設的な会議を推進するためのファシリテーターを派遣し、知識と経験を与えた。
過去の風習にならって行われている、必然なき習慣も止めるよう命じた。例えば土日祝日に銀行、病院、公的サービスが受けられないことを指摘し、仕組みを変更させた。
銀行に対しては金融緩和を命じ、金利を引き下げ、貸付基準を緩めることで企業の設備投資を引き出して経済活動の活性化を促すとともに、一般庶民の給与所得を上向けるよう顧問先企業へ口出しをさせた。
目的は国内で流通する紙幣の量を増やすことだ。そのためにグインはマスメディアを使って将来の安心を謳い、極度の節約思考を排除することで、経済活動を助長した。
軍事面ではデロメア・テクニカから武器を輸入すると同時に、スピリットの復元技術にランク付けを行い、優秀な『復元者』には国家ライセンスを発行し、報酬を与えた。グインの手腕により、オースティアの軍事力は急速に拡大し、国民の消費は向上し、国力は確実に高まっていった。
しかしグインの強引なやり方は、同時に国内の不平や不満も高めていた。
時に4245年。
アイン・スタンスラインもこの時、オースティアにいた。彼は4243年10月からグインの秘書として働いている。
マタリカ大陸を巡って、ロマリア、デロメア・テクニカ、アルテリアの人々と関わり大きく成長した彼は、4年前に敵対していたグインの元に弟子入りし、政治家としての修行を積んでいた。
「マタリカ大陸の国々を見てきましたが、グインさん程に聡明で豪腕で、ナルシスト……いえ、貫禄のある指導者には出会えませんでした。1番尊敬できるのはグインさんです。けれど、少し強引すぎはしませんか? これでは今年の選挙で勝てませんよ。もう2週間後に始まるのに」
アインは軽くふざけて、グインに問うた。
「いいんだよ。俺はもう国王を続けるつもりは無い。この4年間に全てをかけたのさ。おかげでオースティア国民の最も愚かな点は壊せたと自負している。例えるなら俺は100馬力の強さで国民を牽引してきた。だからお前が50馬力で国民を引きずっても、彼らはついてくる。俺の仕事は完了だ、アイン。土台は作っておいた。これからオースティアは華開く。1番大事な仕事を、俺はお前に任せるよ」
アインはグインの行動に違和感を覚えた。
「どうしたんですか?」
「なに。35を越えると、感傷的になるのさ。その点お前はまだ、21だろう。羨ましいな。まだまだ未来は続いている。そんなお前が国王としてオースティアと共に成長する姿を見られるのは幸福なことだ」
「ほんと、グインさんおかしいですよ」
アインは目を潤わせていた。
「アイン、今日は何の日か覚えているか?」
いいえ、とアインは答えた。
「今日は、俺がお前に、毒薬の瓶を渡した日だ」
アインは、そんなこともありましたね、と笑った。この男の特徴としては、過去に頓着しない事だ。付き合う相手が自分のことをどう想っているか、を日々評価し更新していく柔軟性があった。
「俺はこの4年間、この日が来るたびにお前が毒を飲まなくてよかったと胸を撫で下ろすよ。お前がいなければロマリアもデロメア・テクニカもアルテリアも不幸になっていた。お前がいなくてよかったことといえば、この城の屋上にいる大食らいの龍がオースティアに来なかったことぐらいだ。思えばオースティアのマスメディアはお前の活躍を書き立て、それが国民に勇気を与えてきた。そういう意味では、俺の深交富国強兵が成功したのもお前のおかげでもある」
「やめてください。俺、グインさんの弟子で幸せだと思ってますから」
「俺も、お前が俺のことを師匠と呼んでくれたことを誇らしく思うよ」
グインは不敵な笑みを崩さずに煙草を吹かした。彼の覚悟は決まっている。
2週間後、オースティアの国王選挙が始まった。ヴォルター・K・グインは本当に選挙に立候補しなかった。
グインという対抗馬が消えた今、国民選挙の結果は明白だった。
アイン・スタンスライン。彼はオースティアに国民選挙を導入した本人であり、ロマリア、デロメア・テクニカ、アルテリアの問題を解決して各国の王や政治家とパイプを持ち、龍の加護を手にし、国王グインの支持基盤を引き継いだ男だ。
万に一つも負ける要素など無かった。
得票率80%超という圧倒的な支持で、彼はオースティアの第23代目国王に就任した。
「グインさん、本当にありがとうございました」
アインは晴れやかな顔でグインに感謝した。
グインはニッと笑っている。
「俺は何もしていない。お前が、自分のキャリアパスをしっかり描いてきたからこそ、今日の成果がある。自分を誇れ、アイン・スタンスライン。これからもオースティアをよろしく頼む。まずはリベラリアとの関係に決着を付けることだ」
グインは、何も驕らない。
彼はただアインに希望を託したのだ。
「はい。精進します。また、釣りに行きましょう」
グインは釣りを趣味にしていた。この2年間、彼らは幾度となく首都クリスタニアの海に出かけ、椅子を並べてたわいもない話をしながら、釣りを楽しんだ。アインはボウズばかりだったが、グインと波止場で語りあった日々は大切な思い出だ。
「ああ、またすぐに行こう。俺はいつでもお前を待っている」
グインは颯爽と去っていった。
アインはその背中にこれまで憧れ、これからも憧れ続けていくのだろう。新国王はグインの姿が消えるまで深々と礼をしていた。
クリスタニアの王城を出たグイン。
彼は南の空を見て、呟く。
「時化が来るな」
彼の言葉は、この先のオースティアとリベラリアの運命を暗示していた。




