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*** 29 ***

 アルテリアの王城から、中庭の様子を見下ろしていたルノワール・ラブラカニラは、自分の計画が瓦解したことを理解していた。

 彼は観念したように空を見上げ、訪問者の到着を待った。


 数分後、アインとリングリットがルノワールの部屋に到着した。


「ようこそ。よく私の計画を見破れましたね」

「あなたのやろうとしたことはわかりました。けれど、何故アルテリアを戦争に向かわせたのか、まではわかりませんでした。興味ながら聞かせてくれませんか」


 ルノワールは左手を繰り出した。

「いいでしょう。私はもともと、文学に憧れを抱く少年でした。近年、アルテリアでは愛や友情をテーマにしたファンタジーやSF作品が多く生まれています。けれど一昔前に比べると志が低いのです。志が低ければ、それに比例して内容も薄まる。生き死にの表現など、過去の作品の焼き直しにしかなっていません。私は、これでは文学が死んでしまうと考えました。アルテリアの文学はこんなものではない」


 彼は左手の拳を握った。

「人の心を打つ言葉には、経験が伴っています。だから戦争を計画しました。尽きせぬ恨みはストライトとアルテリアの対立を艶かしく描き、千万無量の死体は迫真の生を描くでしょう。それはアルテリア文学の発展に寄与することに他なりません」

「そんなことで、あなたは!」


 リングリットが声を上げた。これに対しルノワールは目を見開き、これまでの謙虚な姿勢とはまるで違う高圧的な声で言った。


「黙りなさい小娘! 齢40の男が30年間愛し続けた文学に対する想いを、簡単に否定などするものではありません。これはもはや我が人生。その衰退を防ぐためにあらゆる手を打つ、それが30年間愛し続けた文学に対する恩返しなのです」


 真なる言葉を求める、文学狂人。ルノワールは芸術の都が生み出した怪物だった。

 ルノワールの言葉に対し、リングリットはまだ何かを言おうとしたが、アインがそれを制した。


「それが理由ですか。では、アルテリアの今後のために協力していただけませんか? あなたにとっても悪い話ではないはずだ」


 アインは、ルノワールの部屋にあるアンティークのホーンブックへ、脇の炭片で円を2つと矢印を1つ描いた。


「右上に書いた円は未来を、左下に書いた円は現在を現しています。未来から現在の円に向かって書いた矢印は、未来へ辿り着くための課題を示しています。これからお話しするお話は、タイムマシン法という手法です。これはバックキャスティングの考え方に基づき、今何をすべきかを、あるべき姿から遡って明らかにする考え方です。現状に未来を合わせるのではなく、未来に現状を合わせるアプローチです」


 彼はホーンブックを2本の縦棒で3つに分け、左から、1週間後、2週間後、1ヶ月後と書いた。


「1ヶ月後には、アルテリアを元の穏やかな国に戻したいと考えています。女王の人望を回復し、ストライト人への信頼を回復することが私の目標です。そのために行わなければならないことは、女王がこれまで行った政策が、自分の意志ではなかったと国民に知らしめること。それにはストライト人を焚き付け、アルテリアとの戦争を起こそうとした黒幕がいたと説明するのが手っ取り早い」


 アイン・スタンスラインは問題解決のため、最も冷酷な手段をとった。


「1ヶ月後の目標達成のため、2週間後、あなたを国家反逆罪で処刑します。1週間後にはマスメディアを使って、ルノワール・ラブラカニラの企みが国中に暴露されるでしょう。それによってアルテリアは新しい道を歩みだす」


 ルノワールの目は悲しみに満ちていた。

「残念ながら。ストライト人とアルテリア人の紛争は、それでは終わらないだろう。私がアルテリア人である限り、ストライト人はアルテリア人に差別を受けたと訴え続け、損害と賠償と謝罪を要求し続けるよ」


 男の絶望を、アインは跳ね除ける。

「私はそうならないと考えます。ストライト人の国民性を考えてみてください。彼らは厚顔無恥で卑屈だが、自尊心だけは強く、間違いを認めようとしない。特にアルテリア人に指摘されたことは決して認めようとしません。つまり『他者の目』を意識させれば良いのです。例えば、ルノワールがストライト人の『被害志向』を利用したと伝えれば、自分たちには『被害志向』などないと主張するでしょう。ストライト人に損害や賠償を請求された際には、やはりストライト人は『被害志向』だと言えば、彼らは反発してそれ以上追求してこないでしょう」


 彼はホーンブックへこの1ヶ月で実施する計画を書き出していった。


「何より、アルテリア人の宰相から解き放たれたストライト人出身の女王が、アルテリアへの不平を言わなければ良いんです。彼女には国家運営のスペシャリストとなり、実績と人望を積み重ねていってもらいます。一方、ルノワール・ラブラカニラはアルテリア史上最悪の宰相として、世界にその名を残すことになるでしょう。貴方を題材にした文学作品も多数書かれるに違いありません。悪魔の化身にされたり、超能力の持ち主にされたり。他の国にルノワールが居たらという創作も行われるでしょう。貴方とその家族は将来にわたって国中から非難され、血筋は途絶えるかもしれない。けれど」

 アインは言葉を止めた。

 次の言葉に全員が着目する中で言った。


「貴方は文学の中で数世紀先も生き続ける」


 アインのとった冷酷な手段の到達点。

 ルノワールはこの手段がもたらす、最も美しい着地点を理解した。自然と体が震えている。それは芸術を究めた人間だからこそ感じられる喜びであった。

「なるほど、美しい終わり方だ。私自身が文学の素材になることは考えなかった」

 ルノワール・ラブラカニラは、笑った。


 アインとリングリットはアルテリアに残り、新宰相の選任、そこからのアルテリア復旧計画の手助けに尽力した。

 アインは1ヶ月後の目標達成を目指したが、組織の構築に2週間を要するなど、スケジュールは乱れ、実際には復旧に2ヶ月がかかった。


「遅れても終わることが大事なんだよ。スケジュール通りに計画が進むことなんて、人生の中でわずかもないからさ」

 

 4242年11月21日は祝福すべき日になった。この日、アルテリアの紛争は治まり、女王は国のトップとして実績を積み重ねていった。


 翌年、4243年の12月、ミスコンテストで新しい女王が選出された時、彼女は「自分の役目は果たせた」とつぶやき、清々しい表情で事実を受け入れた。

 彼女は後に、アルテリアの再建に尽くした貢献と、元女王という肩書から国民の後押しを得、アルテリアの宰相の1人として就任することになる。

アインやリングリットと彼女との絆は、この頃から少しずつ深まっていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今までで一番面白いエピソードでした。 文学の素材にしちゃうなんて、目のつけどころが違いますね!
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