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*** 28 ***

 ロマリアへ譲渡される地球儀がアルテリアから運び出され、ロマリアとの国境にさしかかった頃、蒼い龍が地球儀の進路を防ぐように風をまとって地上へ降り立った。


 地球儀を運んでいたアルテリアの人々は悲鳴を上げ、喧噪があたりを包み込む。

 アインはファシス・ラビルの念話を通じて、地球儀がロマリアとアルテリアの関係悪化のために使われようとしていることを周囲の人間に共有した。


 それがきっかけとなり、地球儀の中から50人程度の武装した兵士が出現した。兵士は真っ直ぐに飛ばないライフルでファシス・ラビルを射撃したが、龍の鱗は貫通しない。兵士達は龍の圧倒的な武力に戦気を削がれていた。


 アインは彼らへ話しかける。


「あなたたちが女王の命令で行動していることは知っている。けれど龍の力の前では、これ以上命令を実行することはできないよ。どうする? アルテリアへ戻ったところで、あなたたちに待っているのは口止めとしての刑罰だ。それなら、俺たちと一緒に行かないか」


 アインはサイトウに大将軍へ、巨大地球儀はロマリアへ到着する前に壊れたとの伝言を伝えるよう頼んでから、50人の兵士を引き連れ、アルテリアの王城へと向かい始めた。


 50人の兵士はアルテリアに住むストライト人で、ロマリアの大将軍を暗殺できれば多額の報酬が得られるということで協力したのだと言う。

 彼らは、暗殺部隊の待遇は良く、暗殺が成功した際に周囲からの罵詈雑言をさけるために家族を王城で保護してもらっていると話したが、体の良い人質だとアインは認識した。


「そういえば、リングリット・ラインカーネーションという金色の髪の女性の居場所を誰か知らないか?」


 アインの問いかけに、兵士の1人が、王城で金髪の女性を見たと話した。

 それからアルテリアの王城を攻め落とした後には、好きにしていいのかと下卑た笑いを浮かべた。ファシス・ラビルは念話でアインに、「この50人は殺した方が人間社会のためだ」と嘆いた。


 アルテリアの王城では、ラブラカニラが地球儀プロジェクトの結果報告を待ちわびていた。


 彼の目的は、マタリカ大陸全土を巻き込む戦争を起こすことだ。その目的を達成するためにリングリットを利用しようとしている。


 つまり、大将軍の暗殺が成功した際、ロマリア人が『遺憾の意』という遠回しの批判を行うだけで、アルテリアへ攻め込まなかった場合に、ロマリアと交遊のあるリングリットを人質とすることで、ロマリアの怒りを更に煽ろうと考えていた。


 リングリットは鎖につながれて幽閉され、自由を失っていた。ラブラカニラの耳に、地球儀プロジェクトが失敗したとの一報が入ったのは、数刻後のことであった。

 彼は直ちにリングリットの処刑を決め、女王にその執行を命じた。


***

 陽が沈む頃、アルテリア王城の中庭にギロチンが用意された。リングリットは鎖で繋がれ、目隠しをされて連れてこられ、断頭台へ固定された。


 王女が震えた手で、ギロチンの刃を固定している縄にナイフを近づけた時、ファシス・ラビルが風のような速さで断頭台に降り立ち、ギロチンを台から引きはがした。

 蒼い龍が炎のブレスを吐く。

 守衛たちを薙ぎ祓われた。


「何故こんなところにロマリアの龍が!」

「みろ! 人が乗っているぞ」

 人々は龍の背にアインの姿を確認した。

 龍を神聖視する彼らは、この龍使いの言葉に耳を傾けざるを得ない。


「自分達のしていることを冷静に考えるんだ。この処刑には一切の根拠がない。女王の命令だからって、罪のない人を殺しちゃだめだ! 目を覚ましてくれ!」


 アインはギロチンの隣に倒れている女王を見つけ、見下ろすように立った。彼女の美しい顔は血で塗れていた。額に傷ができたようだ。


「女王、あなたにも言いたいことがある。あなたは宰相の言われるままに、この愚かな行いを始めたのかもしれない。だけどその行動を起こしたのはあなたなんだ」


 アインは女王の肩を揺する。

 女王の額から血がツウと流れた。だがアインはそれを拭う優しさなど持てなかった。


「言わされてやらされていることだから、自分に罪はないと主張するのは、人の犯しうる最大の罪だ。最終的な判断をくだしたのはあなたなのだから。すべての責任はあなたにあり、行動の結果を誰かのせいにすることはできない。だとしたら、自分のやりたくないことをやり続けるのは、もうよしませんか」


 アインの言葉に、女王は泣き出した。

 それをみて兵士達も我に返っていく。


「今この場を治められるのは女王であるあなただけだ。どうか誤りを認め、皆の暴走を止めてほしい。彼女には、何の罪もないんだ。お願いします!」


 アインは女王に頭を下げた。女王は泣きながら謝罪し、皆へ協調を求めた。女王は恥も外聞も捨てていた。その必死さが周囲にも伝わっていく。


 アインはそれを見届けると、リングリットに駆け寄り、彼女の目隠しを解いた。リングリットは潤んだ目を大きく開け、涙を隠すようにアインの胸へ倒れ込んだ。


 そして慈愛に満ちた声で囁く。


「アイン、怒らないであげて。女王様は、宰相が怖かったんだよ」

「わかるよ。たった1人で王宮に閉じ込められてきたんだろう。宰相と対立するなんて、命を危険に晒す行為だ」


 アインは王城に目をやる。

 オースティアで国王に就任した当時のことが思い出された。彼自身も閥徒たちとの対立を避けるために、1人で考え、賢く立ち回っていた。当時の彼は、周りの閥徒たちと感情をぶつけあい、人間関係を深めようなどとは露にも思わなかった。


 それでも最後は、国民選挙をやろうと自ら発信したことで、味方になる閥徒や協力者が現れ、対立していたヴォルター・K・グインとも分かり合えた。それは明確な意志を伝え、対立することを選んだからだ。だからアインはこう言える。


「対立を避けちゃ、チームは機能しない。1人で考えていたら、道は必ず誤る。意見を発信しあい、対立を超えて協調することで初めて、個々の能力を超えた力がチームで発揮できるようになるんだ。女王にもそんなチームを築いてほしかった」


 アインは、それが難しいことも十分理解している。周囲の人間から敵視されたら協力を要請することなどできないし、後ろ指をさされながら、たった1人で悩む苦しさは、手に取るように分かるからだ。


「でも。きっと、女王は絶望の中で頑張ったんだろう」


 女王の絶望は想像し難い。例えばアインは旧王の気まぐれな宣言で王となり、周囲の人間に望まれず王となった。彼が周囲に敵視され、悩み苦しむのは、本人にとっては心外でも、周囲から見ると想定の範囲内の出来事に過ぎない。


 だがアルテリアの女王になりたいと願い、ミスコンテストを勝ち上がった女性に。ミスコンテストを優勝した際、皆に望まれて王になれたと喜んだはずの女性に、そのような仕打ちを与える権利が誰にあるだろう。


 アインは拳を握りしめ、2つの決意を固めた。1つはアルテリアの未来に関すること。そしてもう1つは——。


 アインはリングリットへ目線を落とした。

 リングリットのまっすぐな視線がアインを貫く。そのまっすぐさは、アインへの全幅の信頼のように思えた。


 彼女に伝えねばならないことがある。

 アインは大きく深呼吸をした。


「なあリングリット。俺は君が想像しているより、ずっと冷めた人間なんだ。それでも君と会えない日々が続いて、胸がずっと痛かった。その理由が、今日この場で、君と再会できて、わかったよ」


 いつもより緊張した面持ちで、笑顔を浮かべる。

「リングリット。俺は、君のことが」

 ——自分の額に流れる汗の重さすら、手に取るように分かった。

 かつてなく、感覚が研ぎ澄まされていく。

 最後の一言は、魂のすべてを吐き出すような、緊張とともに放たれた。


「好きだ」

 まっすぐな言葉と目線がリングリットに注がれる。彼女はその気持を咀嚼して、受け止めるだけの心構えができていた。

 なぜなら―—。


「ありがとう。私も、アインが好きだよ」

 リングリットは鎖につながれた手で、アインの体を引き寄せた。周囲の喧騒など今の2人には聞こえていない。彼らはただ想う。


〈この幸せを、世界中の人々に届けられたらいいのに〉


 2人はお互いに寄り添い、共に歩んでいくことを約束した。

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