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アルテリアの宰相ルノワール・ラブラカニラは、リングリットと『純粋美術派』の幹部を客間に集め、自らの想いを吐露した。
「リングリットさん、良く言ってくださいました。アルテリアは、1年に1度、ミスコンテストが行なわれ、最も美しい女性が国を治める仕組みとなっています。それはアルテリアが美しさを最も重視する国である伝統からです」
ラブラカニラは大げさに手を広げ、手を下げた。
「けれども逆に言えば、美しい女性であれば誰にでも女王になるチャンスがあるということです。アルテリア人は、こういっては何ですが美しい女性が多く、これまではアルテリア人が女王に就任し続けてきました。しかし昨今、リーンベント——美容整形手術が進歩し、外国の人間が女王の座を争うようになってしまいました。具体的に言えば、ストライト人がミスコンテストに多く参加するようになりました」
窓に向けて歩き出す宰相。
「ストライトは国を挙げてリーンベントを推進し、補助金をバラマキました。もともと美に憧れを抱き、整形を好む国民性があり、整形の施術数が非常に多かったことも進歩の要因でしょう。整形技術は瞬く間に高まっていきました。今の女王はストライト人です。昔の写真は見たことはありませんが、整形と聞いています」
ラブラカニラは客間の天井に埋め込まれたステンドグラスを見上げた。
「人はなぜ知恵をつけると、醜さを取り繕おうとするのでしょうか。コンテストのための、商品としての美には何の価値もありません。魂のこもっていない量産品には吐き気すらします。もっとも。それを見抜けぬ審査員にも問題があるのですが」
彼はため息をつき、がっくりと肩を落とした。
「古典芸術の中から、ストライト人が多い分野を『伝統芸術』として補助するアイデアを出したのも女王です。ストライト人はトップダウンでアルテリアを侵略しようとしています。私はこれを防ぎたい。具体的にはミスコンテストの時に国籍を表記することを考えていますが、女王の反対に合わないか不安です」
「心労お察しします」
言って、『純粋美術派』の幹部達は、自分達がアルテリアの人間で、国の誇りと伝統を守りたいと考えていることを話した。
彼らは、女王と想いが一致していなくても、宰相と想いが一致していれば救われると安心し、アルテリアの国庫が外国人に搾取されないよう配慮いただきたいとの旨を伝えた。
「皆様の想いは受け取りました。ストライト人に負けないよう、どうか戦い続けてください」
ラブラカニラは頭を下げた。『純粋美術派』の幹部達は雄叫びをあげ、その言葉を受け止めた。しかし彼らのやり取りはリングリットの理想ではなかった。
「ラブラカニラ様、戦争を止めることはできないのでしょうか」
リングリットはラブラカニラに問いかけた。
「そうですね。止めることはできるかもしれません。しかしストライト人がトップにいる状態で、抵抗することをやめたら、現実を受け入れたということになりませんか。少なくとも次のミスコンテストまでは、戦いを続ける必要があるでしょう」
「わかりました。私たちに何か協力できることはありますか?」
「ロマリアへ巨大な地球儀を送るプロジェクトが進んでいます。こちらの親善大使になっていただきたい」
「ロマリアの大将軍とは面識があります。喜んで」
リングリットはラブラカニラの申し出を快く受け入れた。
***
2週間後、アルテリアの女王は任期を2年に延ばす法律の制定を強行した。
『純粋美術派』の人々は、女王が自分の権力を手放したくないがための、暴挙に出たと理解した。
ラブラカニラの後ろ盾を得たこともあり、彼らのストライト人への差別は厳しくなっていった。
2、3日の間にストライト人はアルテリア人による差別を訴え、ストライト本国もアルテリアの人種差別を糾弾した。
アルテリア女王は国際世論に後押しされる形で、国防軍を『純粋美術派』とストライト人の紛争の鎮圧に向かわせた。
アルテリア全土を巻き込む戦争が足音を立てて近づいてきていた。音楽家は士気を高めるための軍歌を作曲し、詩人は『明日、戦争が始まる』と詩を読んだ。
リングリットは、戦争がアルテリア人の愛国心によるものだと納得しつつも、女王の行動が的確すぎることに、違和感を拭えずにいた。全ての政策が、戦線を拡大するために選択と集中されているような。
〈失礼だけれど、ストライトの女性はそんなに賢いのかな〉
頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
***
4242年9月9日。
リングリットは、ロマリアへの巨大地球儀プロジェクトの打ち合わせのために王城を訪れた。
彼女はこの機会を利用して、ラブラカニラの目を盗み、アルテリア女王とコンタクトを取った。
およそ1ヶ月ぶりの再開だ。
彼女は小声で女王に話しかける。
「お久しぶりです。サイドランドのリングリット・ラインカーネーションです。女王の的確な政策に、舌を巻いています。美人の上に才女なんて、羨ましい」
リングリットは手のひらを合わせて笑顔を浮かべる。しかしその後女王から発せられた言葉は、彼女の想像を逸脱していた。
「久しぶりに、人と話した」
――彼女らの背後で物音がした。




