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翌日、ケルト・シェイネンとリングリットはパレスの街を歩き、ある美術商の前で足を止めた。
美術商の足下に、10000エレンという金額で売られていたその絵は、ウェールズ・バレンツエーガが最後に描いた絵画だった。
この絵画は、多くの人に見てもらいたいというアインの想いからサイトウに託され、サイトウがアルテリアの美術商を奔走して、ある美術商に引き取ってもらい、小規模の展示会へノミネートされたはずだった。
3ヶ月前に見た鮮烈な絵画。それが今、リングリットの目の前にある。
リングリットは、ウェールズの作品がもう露天に並んでいることに驚き、その評価額の低さに肩を落としていたが、ケルトはその絵を即座に購入した。
「俺は普段、絵画などに金は払わない。しかしこの絵には、鬼気迫るものがある。刺激的なものを探して、アルテリアまで来た甲斐があるというものだ。絵の具は、血液か? その点も新しい」
「ケルトに買ってもらえたら、絵も喜ぶんじゃないかな」
リングリットはその後、何人かの美術商と世間話をして、確信を持ったように言う。
「私、アルテリアの芸術紛争を解決したい」
「勝手にすればいい。お前が何を考えているかは知らないが、何か当てがあるんだろう。普通に考えれば、お前のような小娘1人で、紛争を解決することなど不可能だ。国中を走り回ったところで、何かを変えられるとは思わないことだ。それでも行動を起こすことには意味はある」
ケルトはリングリットの行動を認めながらも、同行はしなかった。
「ありがとう。もしよければ、1ヶ月後までここにいたらどうかな。アインともパレスで会う約束をしているの」
「気が向いたらな」
ケルトは紅茶を飲むために喫茶店へ入った。
リングリットは単身、アルテリアの紛争地域へと旅立った。
リングリットは『伝統芸術に補助金が出ることに対して声をあげた、誇り高き伝統芸術側の人々』と、『伝統芸術に認定された分野を批判したエンターテイメント側の人々』にコンタクトを取った。
彼らは活躍する舞台こそ違っていたが、『純粋美術派』と呼ばれる人々で、純粋に芸術を愛し、自らの才能を信じて、作品を創っていた。
生粋のアルテリア人である彼らが、今いらだちを感じているのは、アルテリアに入国しているストライト人アーティスト達だ。
ストライト人の作品には新規性がない。それにも関わらず目立ちたがりやで、他人の批判はするけれども、自分が責められると言い訳ばかりする。
新規性のあるアイデアを見つけたら、自分達が最初に創ったのだと言い張ることもある。人の作品を壊して、リノベーションとか言うくだらない娯楽を作り出したのもストライト人だという。
『純粋美術派』に言わせれば、ストライト人の創る芸術は、作成コストや、作成期間こそ短いが、品質が絶望的に低いのだった。
モノづくりではQCD、つまり品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)が重要とされているが、これらはトレードオフの関係にあり、全てを高いレベルでバランスさせることは容易ではない。
そんなときに優先すべきは、Qualityだ。モノづくりに携わる人々は『Quality First』を心がけることで、文化を築いてきた。そして、ストライト人の作品には『Quality First』の精神が宿っていないことが問題だった。
言うなれば、ストライト人は『アーティストとしての品格が無い』のだ。
リングリットは彼らと芸術について語るうちに、彼らの純真無垢な姿勢に感動し、彼らの問題を解決したいという想いを強くした。そして彼女は『純粋美術派』の一員として暗躍し始めることとなる。
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4242年8月14日。リングリットはパレスの王城へ向かっていた。彼女はサイドランドの王女である旨を守衛に伝え、アルテリア女王との謁見を許された。
彼女はサイドランドの関係者と偽り、『純粋美術派』の幹部を数人連れていた。
美しさが正義とされ、崇拝の対象とされた国アルテリアで、国民から最も美しいと認められた女王は、まさしく絶世の美女だった。
「アルテリア女王、凄く美しい方で、恐縮しています。私もあなたのように美人だったらよかったのに」
リングリットは他愛ない世間話から始めた。
「ありがとう。リングリットさんもとっても可愛いと思います。男性は放っておかないのではないかしら。ところで今回は、どういった用件で?」
「はい。アルテリアでは、古典芸術の一部の美術や音楽に、『伝統芸術』という枠組みが作られ、国から補助金が出ていますよね。ここで補助金を出している美術や音楽の分野に偏りがあるのではないかな、と思いまして」
リングリットは、もっと直接的な表現で言い直した。
「ストライト人を優遇する法律は、望ましくないと考えます。アルテリアの古典芸術アーティストは、自分の力だけで新しい美術を創り出し、アルテリアの人々はその作品を評価して、購入します。古典芸術に補助金なんて必要でしょうか。彼らは補助金が無くても、生計を立てることができるはずです」
アルテリア女王は穏やかな表情を維持してはいたが、笑顔は引きつっているように見えた。
すると壁際から彼女らの様子を見ていた宰相が間に割って入り、その場を治めた。宰相はリングリットの耳元で、この後客間へ来るよう指示した。




