*** 23 ***
別々の行動を取り始めてから3ヶ月が経った。つまりこの日は4242年の7月10日。合流を約束した日である。
リングリットとサイトウは、パレス中央の連絡板の前で合流した。連絡板は、集合相手と待ち合わせ日を記載することで、待ち合わせをスムーズに行うための仕組みだ。余談だが、ロマリアでは連絡版にXYZと書くとニンジャが呼べるという都市伝説があった。
集まったのがリングリットとサイトウの2人だけだった理由は、公害裁判が大詰めを迎えており、アインはどうしてもデロメア・テクニカを離れることができなかったためだ。なお、デロメア・テクニカでの裁判は9月4日まで続いている。
サイトウは公害裁判の近況をリングリットへ伝えるため、単身パレスに来た。彼らは再会を喜んだが、一緒に旅をしていた頃の朗らかな雰囲気は無かった。リングリットはこの時、アインの存在感の大きさを感じるとともに、彼と会えないことに寂しさを覚えていた。
〈話題の半分はアインが今何をしているか、だし。もしかして私〉
リングリットは自分の中に生まれつつある感情に首を振った。正確にはすでに生まれていたが、意識しないよう務めていた感情だが。
サイトウと別れた後、彼女はこの3ヶ月間に集めた情報を振り返った。
アルテリアでは今、古典美術派とエンターテイメント派という2つの芸術一派による紛争が発生していた。
最初は、古典美術派の中で、紛争が起こり始めた。古典芸術の一部の美術や音楽に、『伝統芸術』という枠組みが作られ、国から補助金が出るようになった。
すると驚いたことに、『伝統芸術』に認定された分野の人々が、補助金が出ることに対して異議を唱えた。
補助金をもらえるのに、どうして異議を唱えたのかというと、自立心を失わせることになるとの懸念からだ。彼らは自分たちは乞食ではないという誇りを抱いていた。
次に、紛争の火がエンターテイメント側に飛び火した。エンターテイメント側で、『伝統芸術』に認定された分野を批判する人々が現れた。どうして特定の分野の作品だけを『伝統芸術』と区別し、補助金が出るのか、と。国の乞食ではないかと批判したのだ。
『伝統芸術』に認定された人々は当然、自分たちは乞食ではないと反発した。
さらにこの時期、エンターテイメント側に属するリノベーションアーティスト達がこの紛争を荒立てた。彼らは破壊した『伝統芸術』作品を組み合わせたコラージュ作品を発表していったのだ。
リノベーションアーティスト達は名言しなかったが、その作品は『伝統芸術』を貶めているように感じられた。『伝統芸術』に従事する人々は、国からの補助金によって守られなれけば存続できない、貧弱で古臭い、時代遅れの文化だと煽っているように見えたのだった。
古典美術の内紛が、いつしかエンターテイメントを巻き込む大紛争に拡大していった。
「みんながみんなプライドを持って、真剣に創作活動をしているから、なんだろうな」
リングリットは、アルテリアで起きている紛争の状況を俯瞰して、苦笑いを浮かべる。
それから冷静に、アルテリアで起きている紛争の原因を考え始めた。
***
「国からの補助金が、戦争を引き起こしたように見えるけど、その後の展開は偶然だよね。女王様が変わったことは、直接の原因じゃないのかなあ」
「おい女」
黒髪の男がリングリットに声をかけた。男はケルト・シェイネンだった。ケルトはオースティアで行方をくらました後、刺激のある娯楽を求めて、アルテリアを訪れていた。
「アイン・スタンスラインを知っているのか」
彼は、面倒に関わることを嫌う人間だった。しかしサイトウとリングリットが大声でアインの話をしていたことを気にして、つい声をかけたのだ。オースティアから遠く離れた地で、2人はアインの話で盛り上がった。
アルテリアのワインを飲みながらしばらく話した後、リングリットはケルトに、アルテリアの芸術紛争の原因を突き止めようとしていることを話した。ケルトは、戦争は一度起きてしまえば原因などどうでもよくなるし、原因を突き止めたからと言って何も解決できやしないと悪態をつく。
「伝統芸術批判も、エンターテイメント批判も、リノベーションも、結局は目立ちたがりやの自己満足に過ぎない。実力が無いものほど他人の批判をしたがるものだ」
「そっか。あれ、ちょっと待って。この話、表にまとめさせて」
リングリットはアルテリアで起きている事象を図に書き出した。
「見覚えのある」
ケルトはうんざりした様子で顎肘をついた。
「うん、膨大な情報を親和性に基づいてグルーピングして、タイトル付けをする親和図法。物事の本質を解き明かしていく手法だったかな。今が使い時な気がしたの。ケルト、ありがとう。なんだかモヤモヤしていたものが、晴れた気がする」
ケルトはやれやれと椅子にもたれかかった。
「勝手に納得していくところはアインにそっくりだ。お前はまるでアインだな」
「えへへ、どういたしまして」
リングリットは本当に嬉しそうに、ケルトへ笑いかけた。




