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「だとしたら、どうするね? アイン殿。我々を告発するのか」
チョパルキンは険しい表情でアインを見ていた。アインは沈黙を守る。
チョパルキンは胸ポケットに手を入れ、拳銃を取り出すと、銃口をアインに向けた。
「今、サイトウ殿はいない。お前さんをこの拳銃で撃ち殺すのは容易いことだ。選民選挙に影響が出る言動をされるようなら、この引き金を引くしかない。なんなら、他のやつ相手ならもう引いているぜ。アイン殿には公害裁判に協力する権利を譲ってもらった恩がある。それが俺を躊躇わせているだけだ」
アインは拳銃を向けられたこの状況で、何とチョパルキンに笑顔を向けた。
「やはりあなたは良い人だ。あなたと共闘できてよかった」
チョパルキンはキョトンとする。アインは穏やかに口を開いた。
「私は、あなた方を告発するつもりはありません。世の中には様々な人がいて、いろいろな生き方があることは承知しています。戦争をする際には武器商人が必要です。むしろ今後私がオースティアで政治に関わる際には、力を貸していただきたいくらいです」
銃を突きつけられた青年は銃口から視線を外し、ペコリと頭を下げた。
「今この話をした理由は1つです。ただ1つの忠告をしたかった。今回の裁判については、私とあなた方はWin-Winの関係が築けたと考えています。実はあなた方と出会う前、私は1人でフォースフィールド分析を行なっていました。私は、被害者の国籍が大きな抵抗力になると睨んでいたのです。どんな理由があっても、他国の人間に賠償金を払うのは抵抗がありますよね。ましてや公害裁判です。工業廃水が『醜身病』の原因だと証明できなければ。勝訴はありません」
アインは銃口に向けて心臓を張った。
「デロメア・テクニカ側は、その気になれば裁判期間を10年も20年も延ばして、『醜身病』の村人が亡くなるのを待つこともできたのです。だからデロメア・テクニカの世論を見事に掌握し、味方に付け、早期決着を導いてくれたあなた方に、私は本当に感謝をしています。ありがとうございました」
言って再びペコリと頭を下げる。
チョパルキンは照れくさそうに頭をかいた。
ミストナードが口を挟む。
「アイン殿。俺達も環境に配慮する政治家として大きなアピールができて、感謝している。思えば、俺達が欲していたのはクリーンなイメージで資金は重要ではなかった。つまり顧客、競合、自分達の3つの視点で考えてみると、だ」
ミストナードは自分の頭をなでた。
「俺達の顧客であるデロメアの選民はクリーンなイメージを求め、俺達は競合である選民選挙の候補者から票を得るために今回の裁判を利用した。そして俺達にはデロメア国籍と資金があった。一方、あなたに必要だったものは資金と提訴者の国籍だ。あなたは俺達の顧客でもなければ競合でもない。いうなれば協力者だった。お互いの利害が一致し、あなたに必要なものを我々は提供して、交渉者がともに利得を享受できた、こんなに綺麗なWin-Winの関係は、なかなか無い。兄貴、早くその拳銃をしまえ。この人は撃っちゃいけない」
ミストナードはWin-Winという言葉の意味を理解していた。彼はこの4ヶ月、アインと会話しながら問題解決の知識を深めていた。「無限の枠組み」を読破し、体系的な知識を得ていたことも大きかった。
「Win-Winを作り出すためには、『自分にとっちゃ、さほど重要ではないが、相手にとっては重要な争点』を見つけ出す必要がある。重ねていうが、アイン殿にとっては、裁判で目立ってクリーンなイメージを国民に印象づけることなんてどうでもよかったんだ。そこで譲歩する代わりに肝心の争点――資金や国籍で、望みの条件を引き出した。あなたは本当に、優秀な交渉者だ」
ミストナードの言葉にアインは頭を下げた。
チョパルキンが拳銃を降ろし、2人の間に割って入った。
「それで忠告ってのは?」
「はい。今回Win-Winの関係を築けたことに、私はとても感謝しています。けれど今後、私はアルテリアへ入り、芸術紛争の原因を調査しようと考えています。そうしたら私はきっと、紛争の解決を目指すでしょう。私は争いを縮小させ、あなた達の利益を減少させます。お金稼ぎの種を別に用意しておいてください。そうしなければあなた達は破綻します」
この言葉に、チョパルキンはミストナードと顔を合わせ、豪快に笑った。
「ハッハハハ!! こりゃまた、壮大な忠告だ。しかし他の人間が言えばただの戯言だっただろうが、アイン殿が言うならば話は違ってくる。わかった。事業の多角化を目指し、皆で話し合ってみよう。忠告感謝する!」
彼らは再び酒を嗜み、夜を楽しんだ。
翌朝、アインはバルディッシュ・ブラザーズと再会を約束し、アルテリアへと旅立った。先にパレスへ向かったサイトウを追いかける形だ。
チョパルキン・バルディッシュはこの6ヶ月後、4243年3月に選民選挙によって議員に選出されることとなる。彼は『環境に配慮した革新』をスローガンにあげ、人々の支持を勝ち取っていった。
ミストナード・バルディッシュは、ミツビシの会社で環境問題を解決するための機械の製造に携わり、技術力を存分に発揮すると共に、思考の枠組みを用いて組織改革を成功させた。彼は組織改革の実績を買われて、ミツビシの子会社である、家電会社の社長へ就任することとなる。
彼はどうしたらアイン・スタンスラインの魅力を世界に発信できるかを考え、2000年以上前の伝承にヒントを得た。
時空を超える窓「Windows」と、ワールドワイドウェブと呼ばれる転送装置の存在だ。
ミストナードはいつしか、遠く離れた場所からでもアインの姿を捉えられるシステム―—つまり受像機テレビジョンの研究に没頭していく。
まだ2000年前に失われた文明の手がかりを探って、玩具のような電話がようやく生まれた時代、ミストナードの発想は飛躍していたと言えよう。




