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アインは、バルディッシュ・ブラザーズを『醜身病』の村人達に会わせ、共に裁判を戦ってくれる仲間だと紹介した。
アインはこの会の前、バルディッシュ・ブラザーズに決して『醜身病』の村人を不気味がらないこと、一歩引いた態度を取らないこと、見下さないことを指示していた。
政治家を目指している2人は、アインの指示を完璧に実行し、村人の信頼を勝ち取った。
バルディッシュ兄弟はアイン・スタンスラインらと共に、レオパルドコーポレーションとの公害裁判に挑むこととなった。
この日アインはサイトウとバルディッシュ・ブラザーズをホテルに集め、フォースフィールド分析による戦略の立案を提案した。
アインはミストナードの持参した黒板の右側に、チョークで1本の縦線を引いた。
「フォースフィールド分析は、変革を前に進めるための進め方を検討するのに役立つ手法です。いま、黒板の右側に、1本の縦線を引きました。これが我々の現在のポジションです。黒板の左端にも1本の縦線を引きましょう。これが我々の目標となります。目標は、『レオパルドによる環境問題を解決すること。その結果として、賠償金を獲得し村人にお金を分配すること』です」
彼は左側にチョークを動かす。
「左側の縦線から、問題解決を後押しする要因・推進力(Driving force)を、右側の縦線から阻害する要因・抑止力(Restraining force)を書き出していきます。例えば世論。現在は、アルテリアの人間がデロメア・テクニカを訴えるなんて何事だと思われているかもしれない」
「今はそうかもしれんな」
チョパルキンは腕組みをした。
「ならばこれは抑止力に書いておきます。要素を書く場合には、個々の力の大きさを、矢印の長さや太さでビジュアルに表現していきます。世論は、世の中で最も強い力のひとつです。太く大きな矢印で書いておきましょう。そのほか、レオパルドの社長、社員、技術者による反対。これも強い抑止力となるでしょう。太く大きな矢印を書いておきます。レオパルドの取引先も、レオパルドを支持するかもしれない」
いくつかの矢印が左の縦線から伸びた。
「次は推進力か」
「ええ。推進力も記載していきましょう。公害によって罪のない人々が犠牲になっている事実。これは推進力です。デロメア・テクニカで環境に配慮した技術の開発が志向されていることも推進力ですね」
アインは黒板に次々と要因を書き加えていった。バルディッシュ・ブラザーズとサイトウも要因のピックアップに協力する。右側と左側から矢印が押し合うような絵となった。
アインは黒板を清書して議論をまとめた。
「ありがとうございます。矢印が書けたら、特に目標達成を阻害する要因に着目して、公害裁判の戦略を立てます。特に大きな抑止力は世論と、レオパルドコーポレーションの社員の反発ですね。ならば世論を味方につけることと、レオパルドコーポレーション社員や技術者の協力を取り付けることに注力しましょう。レオパルドによる環境問題を解決するためには、企業活動を停止させる手段の他に、工業汚染を取り除く装置の開発があげられます。革新的なプロジェクトを立ち上げ、重要なポジションへ誘致する。レオパルドの技術者に対しては、こちらのアプローチが有効かもしれません」
チョパルキンは背の高い弟の胸をたたいた。
「ミストナード、お前新しい会社を立ち上げろ。業務内容は工業廃水を浄化する装置の製造販売だ。そしてレオパルドから技術者をスカウトする。そうすりゃ技術者はレオパルドの悪行を世の中に話しやすくなるだろう。なんなら、技術者連中は環境汚染に気づいており、何度も上司に告発していたが社長によってもみ消されていた、という嘘をでっちあげてもかまわん。とにかくレオパルドの悪行を国中に拡散し、世論を味方につけるんだ」
「OK兄貴。俺のアカデミー時代の友人に、工業廃水用の浄化槽を製造販売しているミツビシというやつがいる。極めて小さな会社だが。そいつの会社に資金を投入し、味付けしてみよう」
彼らの手腕は強引だったが、政治家を目指しているだけあって、世論を味方につける技術は卓越していた。
技術者による内部告発(工業廃水が『醜身病』を引き起こしているという調査結果も提出された)、新聞による糾弾、バルディッシュ・ブラザーズ以外の政治家も環境問題に言及し始め、世論は瞬く間に村人側の推進力となった。
アインはオースティアで自分が苦しめられた経験から、世論が世の中で最も強い力のひとつだと理解していた。
世論を味方につければ黒を白にすることすら容易い。ましてや黒を黒と言うことなど、息をするように造作も無いのだと。
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4ヶ月後の4242年9月4日、世論に後押しされてレオパルドコーポレーションは敗訴に追い込まれ、多額の賠償金を『醜身病』の村人達へ支払うこととなった。
レオパルドコーポレーションの経営状態は極めて悪化したが、ミツビシとの提携を行い、環境に配慮する企業として再出発することが計画されていた。
この日、アインとバルディッシュ・ブラザーズは勝訴に祝杯をあげた。チョパルキンはいまや環境問題に取り組む政治家として名を挙げ、選民選挙での当選が確実視されていた。夜が更けた頃、アインは2人にある問いかけをした。
「いま、アルテリアで芸術紛争が起きています。それについて考え、1つの結論を出しました。アルテリアの芸術紛争地域に兵器を売っているのはあなたたちですね」
これまで賑やかに飲んでいたチョパルキンは、素面の表情に戻った。
「なぜ、そう思うね」
「あなた達と初めて会った日に乗ってきていた自作の3輪石炭自動車。ライフルを固定するための台が設置されていました。俺はオースティアのセレスという学園都市で、隣国リベラリアとの戦争を行なう際、デロメア・テクニカの最新兵器を調査したことがあります。あなた達の3輪石炭自動車の台は、その時に見た最新兵器と同じ形でした。豊富な資金力もそこから来ているのでしょう」
3人の間に緊張が走る――。




