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アルテリアの1村が、デロメア・テクニカのレオパルドコーポレーションの化学工場を提訴した。
この件はデロメア・テクニカで新聞に小さく取り上げられ,一部の人間に注目された。チョパルキン・バルディッシュもその1人だ。
「おーもしろいことが起きてるな」
彼は背の低い小太りの男性で、自宅の研究室で機械に囲まれて暮らしていた。デロメア・テクニカは機械好きが集まって建国した国で、チョパルキンも例外ではない。
「どうした兄貴」
ひょろりとした長身の男性は、ミストナード・バルディッシュ。彼も機械いじりをこよなく愛し、機能性に富んだ製品を作りたいと願っていた。
「いくぞ。ミストナード。これは乗っからなければ損、損、損だ」
バルディッシュ兄弟は、大好きなスルメを噛みながら、自作の3輪石炭自動車に乗り込むと、国境の街へ向かって、アクセルを踏みしめた。
***
バルディッシュ・ブラザーズがアイン・スタンスラインにたどり着いたのは2日後だ。兄弟はデロメア・テクニカのホテルに滞在していたアインを訪ねていた。
その場にはサイトウも同席している。サイトウはリングリットを無事パレスに送り届けた後、アインと合流したのだった。
しかしチョパルキンはサイトウには目もくれず、アインを絶賛し始めた。
「レオパルドコーポレーションの提訴を提案したそうだね。素晴らしい発想だ。これはデロメア・テクニカ、ロマリア、アルテリアを救う決断になりうる!」
「お気づきでしたか」
「私は政治家を目指しているものでな。PESTに基づいて考えれば、アイン殿の取った1手が如何に理にかなっているかがわかる」
チョパルキンの言葉を受け、サイトウはアインにPESTが何を指すか尋ねた。
「PESTは企業やビジネスを取り巻くマクロな外部環境を把握するために使われる手法だよ、サイトウ。PESTは政治、経済、社会、技術の4つの単語の頭文字だ」
「ご名答。さすがはアイン殿。ヘッヘへ。PESTに照らし合わせて考えるとこうだ」
小太りの男は白いスーツの襟を崩した。
「まず政治。今、隣国アルテリアの情勢が不安定だ。芸術紛争と呼ばれる小競り合いが各地で発生。一部の武装勢力は軍事兵器を各国から買い集めていて、デロメア・テクニカの国内でも、アルテリアと戦争が始まるんじゃないかと不安が広まっている。デロメアの政治家は、来年選挙があるし、ここで戦争を起こして国民の票を失うわけにはいかないしな。アイン殿はご存知かもしれないが、デロメア・テクニカは、国に一定の税金を納めている人間だけが選挙に参加できる選民選挙制をとっている。そういった人々は政治の動きに敏感だから、下手な政策をうったやつは落選しちまうってなわけだ」
「それは知らなかったですね」
「だろう?」
チョパルキンはこの調子で経済、社会、技術についても説明をしていった。説明内容は概ね下記の通りだ。
政治
(Politics)アルテリアの芸術紛争、デロメアの選民選挙が来年実施。
経済
(Economics)アルテリアとの貿易額は過去最大、デロメアは多大な貿易黒字をあげ、アルテリアは貿易赤字に苦しんでいる。
社会
(Society)デロメア・テクニカでは安全や安心を求める国民心理が強く、国防への意識も高い。政治への国民評価も正確。
一方アルテリアの国民心理は直感的直情的で、刹那的な生き方をするものも多い
技術
(Technology)環境に配慮した技術の開発傾向、コストダウン
技術まで説明したチョパルキンは、ミストナードの方を向いてふんぞり返る。
「つまり、この環境下でデロメア・テクニカの企業が原因で、アルテリアやロマリア国内に問題を起こしたら、それこそ戦争を始める理由を作るようなもんだってことだ。コストダウンを追求した結果、貿易赤字に苦しんでいる隣国に公害を引き起こすなんて、戦争になってもおかしくないだろう? 工業廃水の汚染が下流に広まる前に、レオパルドの企業活動を止めなければならない。レオパルドコーポレーションの時代遅れな技術が、デロメア・テクニカの最先端技術だと思われるのも癪だしな。極端なことを言えば、レオパルドコーポレーションはつぶれるべきだ。環境に配慮できない企業はこの先生き残れん。つまりこういうことだ」
チョパルキンは咥えパイプをふかした。
「アイン殿の決断は、戦争を止める手立てになりうる」
「評価していただき、ありがとうございます。ところで、本題は何でしょうか?」
アインの不躾な問いかけ。
チョパルキンは不敵に笑った。
「単刀直入に言えば、君らの裁判を政治利用させて欲しい。俺は次の選民選挙で議員に立候補する。この裁判に協力し、レオパルドを潰すことに協力すれば、俺は環境に配慮できる政治家として、選民達にアピールできる」
「正直者ですね」
「お前さんに嘘は通じないと思ったんだ、アイン殿。お前さんはさも被害者の村人の身を案じて、レオパルドを提訴したように振舞っている。しかし本当の目的は、1村を救うことではなく、川の下流に住む全てのアルテリア人、ロマリア人を救うことだろう。最も被害にあった村の人間をその気にさせた方が、裁判に勝ちやすいから、被害者の村人に肩入れしているに過ぎない。違うかね」
アインはただ、ご想像にお任せしますとだけ伝えた。




