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*** 16 ***

「アイン・スタンスライン殿。初めまして。アシカガと申します。この度は旅行中のところ、誠に申し訳ない。大将軍より承った勅命がこちらでございます。こちらについて相談をさせていただきたいと考えております」


 アシカガは恰幅な男だった。

 彼はキモノと呼ばれる衣服の隙間から汗をふきだしながら、アインに勅命書を手渡した。勅命にはこのように記載されていた。


『ロマリアの治安悪化の解消は、

 本国の至上命題である』


 アシカガが頭を抱えている理由はこうだ。確かにロマリアの治安が悪化しているという印象は国内外に蔓延している。しかし領内の報道機関や調査機関に問い合わせた結果、犯罪数や凶悪犯罪の割合は過去20年間増加していない。


「大将軍が何を仰っているのか、我々には理解ができない状況でして」

「地域に偏っている、なんてこともないのかな。大将軍のお住まいの近くで凶悪犯罪が頻発しているとか」

「それも無いようです」


 アインは直接大将軍の意図を確認した方が早いと考えた。報告、連絡、相談は仕事の基本だ。しかし、サイトウによれば、安易な報告は、領主の信頼低下を招くそうだ。


 大将軍に報告する際には、勅命をこういう意味だと解釈し、我が領ではこのような戦略を考えたと報告しなければならない。まず自分で考える、というプロセスを重要視しているようだ。


 ならば考えてみるしかない。

「リングリットと町中を歩いてみたのですが、ロマリアの治安が悪くなったという印象を持つ人は多いようです。主観的印象と客観的印象の間にギャップが存在しているのは気になるところです。ロマリアが治安悪化しているかどうかを、《相互に排他的な、完全なる全体集合》の考え方を利用して、分析してみましょう」


 アインはホワイトボードを復元し、ボードの真ん中をなでた。すると縦棒が描かれた。このボードは2150年前に開発された優れもので、タッチパネルでの操作が可能だった。


「簡単な言葉で言えば、モレ無くダブリ無くということです」

 難しい定義はロマリアでは理解されないと察したアインは《日本語》で言い換えた。


「ではさっそく、ロマリアの治安悪化について、現状を把握しましょう。いま、紙の一番上に、《ロマリアの治安悪化》とタイトルを書きました。議論の主題を忘れないために、記載しています」

 タイトルの下に波線を引く。


「続いて縦棒の右側に主観的印象、左側に客観的印象と記載しました。印象についてはこれでモレ無くダブリ無くの状態になりました。では、主観的印象を決定するのは何でしょう」

 アインは目から順に指差した。


「視覚、触覚、聴覚、嗅覚、味覚、つまりは5感です。私達は目にする頻度が上がったとか、耳にする頻度が上がるだけで、コロッと治安が悪化したように考えてしまう。目にするのは、雑誌や新聞や、地域の掲示板でしょうか。耳にするのは、警察の銅鑼の音や、近所の噂ですかね。主観的な治安悪化は、この数年報道が過熱したために起きたのかもしれません。そうすると、報道機関に凶悪犯罪の報道を自重するよう働きかければ、主観的な悪印象を拭うことができますね」


 アインは情報を表に整理していった。

「次に客観的印象を分析します。客観的印象を決めるのは、領主がお持ちになっている統計情報でしょう。治安悪化を議論する際には、各地域の犯罪数と凶悪事件数の正確な値が必要です。報道機関が出している統計情報の他に、何かデータはありますか。もし報道機関の情報に頼り切っているならば危険です。この統計情報が、現実の事件をモレ無くダブリ無くカウントしているかを評価する必要があります」


 アシカガは家臣に命じて統計情報を持ってこさせた。アインはその巻物をじっと見る。

「私は、この情報の正しさに、疑問を持っています。例えばサイトウの話によれば、昨年この一帯で起きた凶悪犯罪は10件報道されたそうですね。統計情報においても、この一帯で起きた凶悪犯罪は10件と記載されています。果たして報道機関のカウントした凶悪犯罪と、実際に起きた凶悪犯罪は同じものなのでしょうか。……そうか」


 アインは、新しい紙に、『統計情報』とタイトルを書いた。彼は報道機関がまとめた統計情報の調査対象を確認していく。


「報道機関のカウントしている統計情報は、1月1日から12月31日までの、ロマリア人が起こした犯罪数です。これは、ロマリアの犯罪数を明確に示しているでしょうか。答えはノーです。ここにはロマリアに帰化していない移民や、旅行者による犯罪がここには含まれていません」


 サイトウもこれに気づいた。


「わかったぞ! 領主、ここにはストライト人の犯罪がカウントされていません。ロマリアに在住しているストライト人は、強姦や強盗など、許し難い凶悪犯罪を多く犯している。それにもかかわらずこれがカウントされていないとなれば、彼らの凶悪犯罪は報道され、我々の耳に入る。しかもストライト人が差別に合わないように、《通称名》を使い、ロマリア人が凶悪犯罪を起こしたように報道されている。主観的印象と客観的印象の食い違いは、これが原因だったんだ!」


 彼らの仮説は、その後の調査で裏付けされることになる。


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