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*** 15 ***

 アルテリアへの旅を続けていたリングリットとアインは、メルッショルドからアルテリアへ向かうルートについて選択を迫られていた。


 アルテリア行きのルートは、大きくわけて2つ。1つは北のデロメア・テクニカとストライトの2国を通るルート、もう1つは東のロマリアを通るルートだ。


「ストライトはちょっと治安が心配だよ」

 というリングリットの意見を尊重し、彼らはロマリアを通るルートでアルテリアへ向かうことを決めた。


 リングリットによれば、ロマリアも近年治安が悪化しているのだが、ストライトと比べれば遥かに平和らしい。


***

 

「……えっと。これでも遥かに平和なんだっけ?」


 2人は野盗の集団に囲まれていた。

 ロマリアは、2000年前に存在した日本国に憧れた人々が集まり建国された国だ。だから彼らの考える日本人像が、文化へ多大に反映されている。キモノ、カタナ、カラカサ、ゲイシャ。

 そんな国でノースリーブのシャツにパーカーのアインと、フリルのついたドレスにミニスカートのリングリットは目立った。


 この時代、一部の国民の間では、生存権や表現の自由、男女平等といった基本的な人権よりも、異国を受け入れたくない民意が勝っていた。


 アインはポケットに忍ばせたスピリットに意識を向ける。彼がスピリットを握れば、頭に銃の設計図が描かれ、手元に銃が復元されるだろう。野盗を追い払うには十分な力だった。


 そこへ光のような剣閃がはためく。

 暴漢は服だけを切られ、覚えてろと捨て台詞を吐いて逃げ去った。


「君は?」

「名乗るほどのものではありません」

 金色の髪を後ろで留め、キモノに身を包んだ男。彼はブスッとした表情で当たり前のようにアインたちを助けた。鮮やかな太刀筋は彼が武道の才に恵まれた達人であることを示している。


 礼をして立ち去ろうとした武人に、リングリットが声をかけた。

「待って! 私たち、お礼がしたいの」


 後にアインの命を幾度となく救う腹心、サイトウ・エルザルト・ドースティン。彼との出会いはこのように偶然だった。


 3人は団子屋で串団子と和菓子を食べながら、話をした。サイトウは周囲から天才ともてはやされる剣客で、聞けば大いなる悩みを抱えるという。


「私は何をすればよいかわからないのです」

 周りからロマリア1のサムライになることを期待されているが、何をすれば良いのかわからなくなったという。


「剣の道を究めれば目的にたどり着けると考えて、これまで修行してきました。ですが道を究めるとは一体なんなのか、お恥ずかしながら袋小路に入っているところです」

 アインは頷いた。

「一旦線を引くことが必要かもしれないね」


 彼は腰のポケットから、8条の光が刻まれた黒い宝石を取り出し、ホワイトボードを復元した。そして4つ年上のサイトウにこう提案した。

「期待と課題を表に書き出してみたらどうかな」


 アインは「無限の枠組み」という古今東西の枠組みを集めたハンドブックを持ち歩いていた。性別の枠組みから、物事を整理する思考の枠組みまで。彼は読書と実践を通して、本に書かれた枠組みを身につけ、自分の知恵としていた。


「まず表の左側に、自分たちが期待すること。つまり理想や目標を書く。ロマリア1のサムライになること。これが期待」


 アインはホワイトボードをサイトウに見せた。

「次は、期待を実現するために、やらなければならないことを列挙していく。鍛錬だけじゃなく、良い武器を手に入れるとか、競争相手の状況を把握するとか、やれることは沢山あるかな。そうだ。ロマリアに武道大会のようなものは? 決闘? 物騒かな。異国の話だけど、オースティアでは試験をして学力の順位をつけるよ。1番かどうかは、順位付けの場を設けないとわからないんだ。順位付けの場をつくろう。これで課題ができた」


 アインはスイスイと表を描いていく。

「期待と課題を描き終えたら、最後に縦と横を付き合わせて、具体的な解決策や、行動を埋めていく。こうすれば、漠然とした思いを実行プランにすることができるでしょ? 例えば、ロマリア1のサムライは、扱う道具も一番じゃなきゃいけないと思うんだ。そうなるとまず実行するべきことは、刀鍛冶の調査となる」


 サイトウは首を振った。アインは続ける。

「続いて。ロマリア1のサムライとなるために、順位付けの場を設けるなら? これは国中の武道家が参加する大会の企画をしなければ始まらない。ルールも決めなければいけないし、運営資金も調達しなくちゃ」


 サイトウはアインの描いた表をまじまじと見て、呟いた。

「これは、凄い。君は妖術使いか」

「とんでもない。妖術使いは彼女ですよ」

「うん。あなたを丸坊主にできるくらいだけどね」


 リングリットの冗談にアインは笑う。目の前で真剣な表情をしているサムライとの対比が滑稽だった。アインの提案が、サイトウにどれほどの衝撃を与えたかは想像に難くない。

 サイトウは、アインを自分の領主に是非紹介したいと話した。ロマリア人は我が侭を言うことの少ない国民だったが、彼は辛抱強く頼み込んだ。


 リングリットも、ロマリア人に頭を下げられたら、断れないと話す。彼らの礼からは誠意を感じるからだ。


 アインもサイトウの誠意によって救われた。彼はサイトウの振る舞いによって、自分の能力がマタリカ大陸でも通用し人々を助けられる、という自信を抱くことができた。


 どんな英雄でも、他人に承認されないまま、行動を続けることは困難だ。アインはサイトウに能力を承認してもらえたから、この先も自信を持って問題を解決していける。奇跡の軌跡の礎は、こんな小さな出来事にあるのだろう。


 そして承認は与え合うことができる。アインは、サイトウが剣の達人であることを知ると、その手ほどきをしてもらうよう口説いた。それがサイトウにとっての承認になり、互いを高め合う仲へと発展していったのだ。


 3人となった一行は、サイトウの領主の元へ向かいながら、現在領主が抱えている課題について話した。

 ロマリアの政治は、国のトップである大将軍が勅命を行い、各地の領主は勅命を実現するための戦略や戦術を考え、計画を実行することで成り立っていた。

 サイトウの話によると、今期、大将軍から領主に降りてきた勅命が無理難題であり、どこから手を付けてよいかわからないそうだ。


 アインはこの無理難題の解決を期待されていた。

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