*** 13 ***
国民全員の投票によって、王を決める――。
オースティア国民の柔軟性と、アインの権力にしがみつかない姿勢があったからこそ、この仕組みは実現できた。
選挙で国民に選ばれ、王となったグインは、戴冠式でアインから王冠を被せられた。
アインもグインも死力を尽くしてフェアに戦った。結果としてグインが王になったのだから、そこに一片のわだかまりも無い。
グインは国王の書斎で煙草をふかせていた。アインが王の頃、この部屋に灰皿は置かれていなかった。人も街も国も何もかも変わっていく。
書斎のドアがノックされた。グインは入るよう言うと、そこに立っていた男を見て少し驚いたが、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべて言った。
「フェアな勝負だった」
グインはアインに穏やかな声をかけた。
「君は私が見た中で最高の政治家だ。マルルト・ストラトスなど目ではない」
グインの台詞に、アインは言葉を詰まらせた。
「これからどうする?」
グインはアインを秘書に迎え入れたいと強く願っていた。しかしアインは世界を見て、見聞を深めたいと言った。
「それであれば仕方ない。世界を見ることは良いことだ。オースティアだけでなく、世界の繁栄を願えるような人物となって、帰ってきてくれることを望もう。
新国王はアインへ、自分がかつてつけていた閥徒のバッジを渡した。
「お前はこの10数年、自分の中の理想だけを追いかけ、反復推敲を繰り返してきた。その結果が今のお前の生き様なのだとすれば、稀に見る蓋世之材だ。しかしお前が今以上の成長を望むならば、お前の理想を越えた師を持つべきだ。マタリカの旅でその師と出会えれば良いな」
アインは、グインこそがその師となりうる人物だと感じてもいた。
オースティアを愛する2人の政治家の絆は、この時からつながりを増していった。
***
オースティアに変化が訪れている頃、リベラリアでは、ライロック・マディンがベアトリスに拳を上げていた。
ベアトリスは怯まず彼と対峙する。
「仕事なのだ。提督の命は守らねばならない」
「貴様……!」
ライロックは、振り上げた拳をベアトリスへ振り下ろすことはしなかった。リベラリア現提督への忠義が、かろうじて憤怒を押さえ込んだ。ライロックの拳から逃れたベアトリスは、服を整えながらいう。
「ライロック殿の忠義、見事であります。リノアン卿よりも現提督への忠義を遵守したあなたの行動。提督はお喜びになられますぞ」
ベアトリスはそれだけを言って、カッカッカと嗤いながら消えた。ライロックは壁を思い切り殴りつけて、怒りを露にする。
「くそっ! くそっくそっ!」
この日2ヶ月ぶりにリノアン・デュランの元を訪れたライロックは、リノアンの言動がおかしいことに気づいた。
その原因となったのは、軍部大使——暗黒魔導士ベアトリス。リノアンの教育係に任命されたベアトリスが、リノアンに対して、ブレインストームの魔法をかけたのだ。
『不安を助長し、誰かに依存させる』黒魔術であるブレインストームは、対象者に自律的な精神を失わせ、誰かの傀儡となることを強要する。
「リノアン……」
ライロックは、自責の念に駆られる。彼はベアトリスの危険性を十分理解していたつもりだった。
ベアトリスが教育係に任命された時、リノアンは不安そうにライロックを見て、怖いと言った。
何故、そのとき彼女に手を差し伸べなかったのか、ライロックは強い後悔を感じていた。
「何故あのとき、俺は彼女から離れた。何故」
ライロックは翌日、首都リベリアで提督に直訴する。国が戦争に勝つためなら、心優しき人の心を奪うことすら許されるのか。民は国のために存在する駒に過ぎないのか―—。
ライロックはそれを否定したかった。
「提督。何故、リノアンにブレインストームの魔法をかけさせたのですか」
「私を殺したいだろう、ライロック。だが、その殺意はできれば別のところに向けてくれ。リベラリアは、今後の5年間が重要なのだ。15歳の少女にはできぬ仕事だ。許せ」
ライロックは爪の先から血が出るほどに強く拳を握り、その痛みで提督への怒りを収めた。彼はリベラリアの国家図書館に潜り、ブレインストームの解除方法を模索する。
どの本を読み解いても、書いてあることは同じであった。
『暗黒魔法は不可逆の魔法であり、ブレインストームを解除することはできない』
それでもライロックは、リノアンにかけられた魔法を解除することをあきらめなかった。
「必ず、あなたを元に戻す。それが俺にできる、償いだ」
オースティアとリベラリア。
その未来は、光と闇の奏でる旋律の彼方へ。




