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*** 11 ***

 アインは焦点を失ったような空虚なまなざしで、部屋の隅を見ていた。足元には新聞が落ちている。

「……ねよ、俺」

 泣きたくなる衝動をこらえる。

「死ねよ」


 倦怠感で時間が経つのも忘れた。そんなとき、ヴォルター・K・グインがアインを食事に誘った。待ち合わせ場所はクリスタニアのレストランだ。

「本当に苦しければ、逃げても良いのだ」

 グインの手には小さな薬瓶。

「飲めば楽になる」


 アインは部屋に戻り、薬瓶を眺めた。

「いっそ飲んでしまおうか」

 中身は想像できる。飲めば取り返しがつかないこともわかった。

 キュポン。

 紫の煙がわずかに舞って煙の後ろに影ができた。

「早まるな、バカ息子」

「えっ」

 アインは目を丸くした。部屋の隅に、エルゴルの故郷から追放された父、ルビノ・スタンスラインが立っている。

「どうして」

「3日ほど休みを取れ」

 父親はアインを強引に立たせた。

「ティルテュからの伝言だ」

 母親のかけた魔法のように思えた。


 ルビノはアインを外に連れ出すと、馬車を走らせ、息子をエールとリベラリアの戦争の舞台エイリオへつれていった。

「俺たちはここで出会った」

 たどり着いたのは、エイリオの仮面喫茶。

「身分も立場もここでは関係ない」

 父親は入り口で息子にタキシードと仮面を身に着けさせ、手紙を渡して喫茶へ送り出した。

「反省しろ。その手紙と一緒に」


 結論からいえば父親の企ては、うまくいかなかった。アインは手紙を読んでいない。しかし、この仮面喫茶で、アインは運命的な出会いを果たした。それはリベラリアの天才ライロック・マディンとの出会いだ。


 ライロックは若干13歳でリベラリアの軍部大使となり、30年続いたリベラリアの内紛を治めた男だ。それから15年。彼もまた悩み、仮面喫茶に救いを求めていた。


 ライロックの悩みは、いま目にかけているリベラリア次期提督候補、リノアン・デュランのことだ。

 彼がエルゴルとの外交で忙しく働いている間に、リノアンの教育係が暗黒魔法の使い手であるベアトリスに決まってしまった。

 ライロックはこれまでリノアンの側で彼女を指導し、その聡明さと純真さを尊いと感じていた。

 しかしベアトリスの教育によって、リノアンの純真さが失われてしまわないか、それを彼は懸念していた。

 次にリノアンに会えるのは2ヶ月後だ。


 アインとライロック。


 後に世界を担う2人の男は、この仮面喫茶で初めて出会った。

「俺は! どうすればいいか、わかりません」

 アインの悲痛な叫び。彼は周囲の閥徒と過去の友人から批判され、孤独感を感じていた。ようやく自分の話を聞いてくれる他人に出会い、それだけでも幾分救われた。

 アインは、自分が王ということは明言せず、現在の境遇をライロックへ話した。ライロックはアインの置かれた立場を理解し、彼の取るべき道をランチェスターの法則に例えて伝えた。


「君を取り巻く人々は、誰かを頂点として組織的に君を追い込んでいる。君は、弱者だ」


 アインはゆっくりと首を振った。自分が弱いことはわかっている。しかしそれは自分の責任で、まわりの責任ではないと思った。


「全員が、悪になれますか? 一糸乱れず、誰かを追い込むなんて」

「それは、自分よりも優秀な人間を想像できていないから、ではないかな」

 ライロックは微笑む。アインは息を飲んだ。

 自分の想像力を欠如させていたのは、自分自身のプライドだと気づいたからだ。


「ならば」

 ライロックはグラスを傾けた。

「弱者である君は、強者と同じように戦ってはいけない。彼我の力差を正しくつかみ、それに応じた戦いをすることが大事だ。弱者の戦略は、差別化戦略を基本として5つある」


 ライロックは5つの戦略を説いた。

 これまでやらなかった発想で新しい戦いの場を設ける局地戦。自分の顧客となる人々との関係づくりを重視する接近戦。強みを活かし、それに特化して勝利を目指す一点集中。一騎打ちに持ち込めるような場で戦いを挑むこと。徹底して敵戦力を分断する陽動戦。


「失うことを、怖がってはいけないよ」

「ありがとう、ございます」

 心のつかえがとれていた。

「いま、1つの冴えたアイデアが浮かびました」


 ライロックはふふと笑う。


「私は、君のような聡明な青年が、大人や社会によって潰されるところを見たくない。それが仮面喫茶で出会った、2度と出会う機会のない青年であっても」


「出会うことは、できますよ」

 アインはライロックの仮面からわずかに覗く瞳を見据えて言った。


「だって俺はオースティアの国王だから」

「聞かなかったことにしよう」


 アインは深い礼をして去り、ライロックはバーボンを飲み干した。

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