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*** 10 ***

〈何といった〉

 マルルトは苦虫を噛み潰した表情で、国王を睨んだ。


〈王をやってみろだと?〉

 国王は、自分の発言がどういった結果をもたらすかを想像できない子どもだ。


〈明日には取り消したくなるだろうに〉

 マルルトは国王の軽率さを憐れんだ。だが一度口にした言葉には力がある。彼はこの状況を利用できないかと考えていた。


〈そうだ。世襲制というルールを崩せば、その後がやりやすくなる。思えばここで王を殺害し、私が国王になれば、王殺しの疑いが私にかかるかもしれない〉


 凱旋式の会場は喧噪に包まれかけていた。その喧噪を治めたのはロンドゥール・モンペリオ。エル・クリスタニアの社交パーティでアインの才能を最初に見いだした男だった。


 先手を打たれたマルルトは、眉間に皺を寄せて歯ぎしりをしたが、すぐにロンドゥールへの賛同を表明し、ボウガンを射出した男を見つけ出して、釈明もさせず首を落とした。無論、彼に王を撃つよう命じたのはマルルトだ。


〈事実は闇のなかに〉


 マルルト・ストラトスは新しい王へ向かって深々と礼をする。

「今後とも宜しくお願い致します。新国王」

 だがこの日、マルルトは消息を絶つ。


 マルルトは国王を操り、国家の品位を脅かす愚かしい国策を講じさせることで、国王を国民からの批判に晒してきた。

 北風と太陽の物語では、北風が諦めたために、太陽が旅人の服を脱がすチャンスを得た。しかし北風が永遠に諦めなければ、やがて旅人は凍てついて命を落としただろう。服はその後、死体からでも剥がせる。マルルトの狙いも同じだ。彼には国王が自ら玉座を降りるまで、国王を苦しめ続けるという強い意志がある。


 しかしマルルトのやり方は、国家の信頼を過剰に貶めてもいた。

 マルルトを暗殺したのは、オースティアという国に希望を持ち、国家の尊厳・誇りを保ち続けたいと考える政治家。つまりヴォルター・K・グインを筆頭にまとまったストラトス派の閥徒たちだ。


「マルルト卿。あなたはしつこすぎた」


 グインはタバコをふかし、鎮魂の言葉を告げる。マルルトを失った政界には激震が走ったが、その混乱を鎮めたのも彼らだった。


「これからは俺が指揮を執る。皆、新しい国王へ『自然と』接するように」

 グインはアインが国会に入るまでに、すべての仕事を終わらせた。わずか1日で、グインは政界の主導権を完全に掌握した。


***

 オースティアの国王となった少年——。

 アイン・スタンスライン。


 彼の見る世界は一変した。共に働く閥徒達は、アカデミーを主席で卒業するような一角の人物ばかりだ。彼らは才知に長け、努力もしている。穏やかな物腰の裏に野心も持ち、その視線には、アインへ対する敵対心と懐疑心が満ち満ちていた。


 エル・クリスタニアアカデミーの社交部員として社交会に参加していた頃、アインは閥徒に憧れる学生だった。しかし今は、閥徒を従える王となった。アインに閥徒を従える自覚がなくとも、周囲はそのように見る。


「求められるのは圧倒的な成果だ」

 どんなに才能のある者も、最初は誰からも信用されない。成果を積み上げることだけが、人の信用を高め、自分自身を守ることにつながる。


 アインには、ひとつの信用もなかった。国王の職務を一度でも失敗すれば、周囲から糾弾される。

 糾弾を回避するためには国王のスケジュール、業務内容や業務の目的を理解して、細部まで配慮を行き届かせねばならない。


〈身を守ってくれるのは情報だ〉

 アインは、周囲に説明を求めた。しかし閥徒達は、背景の説明をすっ飛ばして、決定事項だけを告げる。

「国王。就任後の所信表明が必要です。すでに会場の手配と案内は済んでおり、表明する内容については国王におまかせします」


 所信表明はわずか10日後、西暦4241年8月25日のことだった。


***

「何をどうすれば、圧倒的な演説がつくれる?」

 アインは国会図書館で頭を抱えた。

「10日しかない」

 期限の短さと、難易度の高さが彼の頭を混乱させた。

〈疾風怒濤〉

 突然国王に指名され、最大派閥ストラトスの党首マルルトを失い、閥徒をまとめるのは自分だという責任感が芽生えた。無様な所信表明をして求心力を失えば、国が傾くという不安がある。

「どうする? 何をいえば響く」

 アインは自分に緊張を強いた。心の奥に、自惚れの感情が生まれ始めていたからだ。

 まだわずか17歳の少年。世界の問題解決に関与したいからと権力を求め、都合よく権力が転がり込んできた。独自の言葉で周囲を感心させたい、尊敬されたい、支持されたい欲もある。

「違う、まやかしだ」

 彼は無邪気な欲望が、人を殺すことを知っている。欲は致命的な失敗をつれてくる。


「個人の欲望を捨て去れ。主張を消せ」

 アインは約300年の長きにわたって20代続く、血の伝統にすがった。建国者であるアルファ・オースティアから、前国王まで。歴代国王の所信表明を読みながら、政治の存在意義や、目指したい国の姿を考えた。


「歴史とひとつになるんだ」

 オースティアの建国者アルファ・オースティアは、なぜこの国をつくったのか。建国と同時に築かれた8つの学園都市は、人々に何を授けてきたのか。なぜ試験の点数が人生を決める世界をつくったのか。堆積した歴史から、本質を掬いあげるしかない。

「試験の点数とは何だ。オースティアが存在する価値とは、何なんだ」

 食べ物も喉を通らず、五日間眠ることもできなかった。極限状態のなかで、アインは朦朧としたまま初代国王の所信表明を読んだ。


『血筋じゃない、生き様だ』

 会ったこともない初代国王の声が聞こえた。アインは涙がこぼれた。

「俺は! オースティアを!」


***

 当日、白い正装に身を包んだアインは、凛とした表情で国会のひな壇に登った。閥徒たちは目をパチクリさせる。17歳の少年が、まるで何かに憑かれたように堂々と立っていたからだ。

「オースティアの第21代国王、アイン・スタンスラインです」

 国王は若々しく、精一杯、舞った。

『私はオースティアを、誰もが行きたい道を、行ける国にしたい。人々が互いに認め合える国にしたい。オースティアに、希望を』

と結ばれた所信表明。


 ある青年閥徒は、これを珠玉の言葉と捉えた。

 言葉の抑揚、振る舞い、話し方、全てが高い水準で維持されており、内容をスッと胸にとけ込ませる。

「ひとりで、よくここまで内容を洗練できたものだ。しかもあんな若者が」

 何人かは唸った。

 この演説の後、何人かの閥徒はアインに興味を持ち、接触を図った。


 しかしヴォルター・K・グインの介入が入ると、蜘蛛の子を散らすように人が消えた。アインには見えていないが、グインが今の政界を動かしている。彼の意図に反する行動を取れば、政界での立ち位置が危うくなる。


 閥徒達は無知を装い、業務のノウハウをアインに教えなかった。酒を飲むときは、アインを誘わず閥徒だけで行った。アインは政界という混沌の中で、次第に孤立していく。


「もがきながら、覚えるしかない」

 彼は細部まで配慮して、国王として完璧な仕事をし続けた。


 しかしオースティアの広報を掌握したグインの情報操作により、その仕事ぶりは世間に公表されなかった。


 つまり世間的に見れば、国王に就任してからの実績はゼロのまま。信用は何一つ積み上がっておらず、仕事をこなさなければ糾弾される状況は変わっていない。


 そしてアインは、致命的といえる過ちを犯した。

リベラリア領エイリオのエール軍が全滅したのだ。


 その原因は、アインの出した退却命令を閥徒が意図的に破棄したことにある。アインは国王就任当初からエール軍を気にかけ、退却命令をだしていた。

「届いたことを確認しなかった自分の責任だ」

 アインは夜空を見上げた。


***

 この時、物語のもうひとりの主人公ケルト・シェイネンはエイリオにいた。

「駐留軍は油断している」

 それは誰の目にも明らかだった。軍事キャンプで兵士は酒に溺れ、昔話にあけくれ、まるで戦争が終わったとでも言いたげだった。


「戦争は始まったばかりだ。お前たちが始めたんだぞ」

 エールの緩慢さが高まるのと比例して、ケルトの警戒心は高まっていく。リベラリア軍事大使ベアトリスが姿を現したのは、ケルトの懸念が頂点に達したときだ。


 闇夜の奇襲。そして駐留軍の全滅。


 ベアトリスの暗黒魔法を無様にかわし、崖に転落して九死に一生を得たケルトは、憤怒した。

「エールの民よ! お前たちは頭の良い人間に利用される生贄に過ぎないのだ。先のことを考えず勝利に酔い、敵国で足を止めて全滅し、アインの足を引っ張る。本当に馬鹿だ貴様らは! この敗北はアインを決定的に破滅させたぞ。お前たちは結局オ—スティアの階層社会を変えられやしない。最下層民として、せいぜい地獄で踊れ!」


 ケルトは漆黒の空に向けて吠えた。アインも見ている漆黒の空に向けて。


***

 漆黒の空。コウモリが舞う。

「時機到来か」

 ヴォルター・K・グインはアインの失態を待っていた。彼はこのタイミングで、アインについて3つの批判を行うべく、準備をしていた。それは現在、過去、記憶の批判だった。


「人は3つの次元でできている。ひとつは現在。ふたつは過去。そして過去と現在をつなぐ記憶」


 グインは『時間軸を伴った記憶』こそが人だと考える。過去の実績を誇る人間もいれば、現在を誇る人間もいる。学生時代の記憶から一歩もでない大人もいる。


「アインがどこに重きをおくかはわからないが、3つを同時に叩けば問題ない」


 現在批判では、アインに国王として充分な実力がないことを批判した。つまり閥徒を掌握できていないこと、仕事の仕方を知らないこと。また、エール軍を失ったのはアインが退却命令をださなかったことが原因だと批判された。アインが反論しても、政府内では誰も彼の言葉に耳を傾けない。


 過去批判ではエールという3流アカデミー出身であること、刑務所に収監されたこと、過去知恵遅れだったことを批判した。


 記憶批判では、ノスタルジア村から連れてきた親友にアインを批判させ、アインの思い出を踏みにじった。アインの親友である2人の少年——エイサムとロングマンは家族を人質に取られ、弱りきったアインに冷たい罵声を浴びせることしか許されなかった。


 オースティアの市民も、無情なものだ。

「新しい国王は頼りないね」

「国民を見捨てるなんて、許せない」

 人々は国政への不満を、アインへの不満に転嫁した。『オースティアに、希望を』と謳った17歳の青年は、今や一般の人々の絶望の原因となっていた。


 新聞には、知恵遅れ、刑務所、3流アカデミーのエール出身者など、ネガティブでセンセーショナルなタイトルの記事が掲載された。この国は、一度失敗した人間に、敗者のスティグマを刻もうとする。


 アインは、自分が大切にしてきた思い出すら嘘のように感じた。

 今の彼には、助けてくれる閥徒も、声をかけてくれる仲間もいない。国務のミスがミスを呼び、糾弾の連鎖が始まっていく。


 世界がアインの敵となった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 所信表明演説はもっと簡潔に。語り手によるダイジェストでも良かった。(成り行きで国王の座を戴いた)アインが傍目から見ても落ち着きすぎている。文面で語られているほど環境の変化に葛藤を抱いて…
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