第1話 解放
8番目の月だった。
その日はとても暑い日だった。この暑さで今年も多くの子供が死んだ。俺は今まで多くの子供達が死ぬのを見てきた。飢えで、自然の猛威で、そしてコロシアムで。
この国は数年前からコロシアムという施設で奴隷同士または奴隷と獰猛なモンスター同士、旅人など出たい人が出ていた。
勝つと賞金がもらえるからだ。腕を試すために出る輩もよくいる。(奴隷は賞金は貰えず奴隷の持ち主が受け取る。)コロシアムという娯楽が貴族の下で行われてきた。
俺はそのコロシアムで2年の間生き残ってきた。殺すこと殺されることにも無感動に何も感じなくなってきている。
奴隷の為にあまり良い環境で生活できるわけでもない。ましてや医者などは貴族階級のみが受けられるものだ。
この国は貴族階級が市民から搾取して成り立っている。市民のストレスの捌け口はコロシアムの賭けや殺し合いを見ることで吐き出される。
うまくできた社会構造だ。奴隷の俺でもうまくできた社会の仕組みだと思う。
「おい、出番だぞ。準備をしろ」
コロシアムの兵隊が粗野に言ってきた。暑くやる気も出ないが仕方ない俺は奴隷の身だ。
今日も、俺の出番が来た。
相手は大人か子供、モンスターか?
最初の頃は殺すことや闘うことにも不慣れだったが闘い方は爺が教えてくれた。
爺は凄腕の剣闘士だった。その爺も何年か前に死んでしまったが…。
目の前のことに意識を向ける。
コロシアムへの入り口に出ると強い夏の日差しがあたる。暗さに慣れた目に太陽がしみる。
男が向かいの出口から出てきた。男は上半身裸で筋骨隆々、手には男の背丈と同じぐらいの長さ2メートル近い巨大な斧を持っていた。
観客からの声援が騒がしい。
いつもの見慣れた光景だ。
相手は旅人か?初めて見る相手だ。
兵士の「始め!」の合図で筋肉男は俺の目の前まで詰め寄ってきた。
動きは遅い。
俺はボロ切れを見にまとい棒立ちで右手にはナイフ一本だけ。相手と比べたら弱そうに見えるが俺には一番使い慣れ信用のおける武器だ。
筋肉男が俺の目の前まで来ると斧を振り下ろした。
それを横に動くことで難なく回避する。斧は地面にめり込んだ。男の背後に回り込み背中に飛びつく。筋肉男は斧を持ち上げようとしたが、判断が遅かった。
俺は男の首をナイフで切り裂いた。
赤い鮮血が飛び出し地面に落ちる。筋肉男は斧から手を離し血が出ている首を抑えるが止まらない。
地面に赤い水溜りを作っていく。
遠くから見ていると何事か喚きながらこちらに走ってきた。が、俺のところに辿り着く前に倒れた。動かなくなった。
筋肉男に近づきナイフについた血を男の服で拭うと出てきたところへ戻る。観客からはブーイングが飛んでくるがいつものことだ。今日の相手は見た目だけで弱かった。もう少し手こずると思ったが思い違いだった。
奴隷の待合室へ戻ると、黒のローブを被った男が立っていた。顎髭を生やし髪は短い。
服装はロープで隠れて見えないが細身で身が引き締まっているのは分かる。年は20代後半ほどの何処か油断できない雰囲気の男だった。
「おう、お疲れさん」
「誰だおっさん?」
見覚えのない男に突然声をかけられ、焦る。
「旅人かな?俺のことなんてどうでもいいんだよ。俺がお前を買ったからな。まぁ、師匠とでも呼んでくれ、今日からお前は俺の弟子になったんだから」
「は?俺を買った?弟子?どういうことだ?」
「だから、お前は今日から自由の身なの!いいから付いて来い!」
師匠は口早にまくし立てると、兵士から鍵を受け取って俺の首輪を外した。
首輪には持ち主の名前が書いてあり金属でできているため外すことはできない。そして、首輪を付けているということは奴隷の証なのだ。
それが外れたということは奴隷から解放されたということになる。
「よし、じゃあ、飯でも食いながら話をしようか」
師匠はそう言うと歩いて行った。まったく状況を理解できなかったが、奴隷から解放されたという開放感で気持ちも高揚していた。