9話 魔女(9)上官さまは魔女
6話~10話同時投稿です。
「まー守秘義務あるからねー、今のアムランには話せないなぁ」
あっさり拒否された。真面目か。
「でもでも夜のアムランには口が滑っちゃうかも?ヌメヌメ~うふふふ」
いつも通りのミカだった。
あれに聞くのも癪なので、武具の手入れをしながら自分なりに考えをまとめてみる。
俺の手持ちの武器はメインの小剣、形見の短剣、それに自作の小弓。典型的な冒険者装備だ。一応小楯も持ってるが、ほとんど使ったことはない。
小剣には刃毀れが目立ってきたな。そろそろ買い替え時か。量産品の安物だ、このクラスは半年も使えば寿命がくる。前はもう少しまともな剣を使ってたんだが、教会領で身ぐるみ持っていかれたからなあ。
……ミカは教官だけでなく、軍の「影」としても仕事をしているようだな。むしろそちら――情報局での仕事が、ミカの本来業務ということだろうか。
巨大魔獣調査の過程で偶然盗賊団を壊滅させ、俺と再会。
そして、情報局は南部の不穏な動きを掴んでいる。それには「鬼」が関わっていて、主導するのは旧バルセム国系組織。こんなところか。
形見の短剣に魔力を通す。表面の聖銀がほのかに輝く。
鍛鉄に聖銀を蒸着してあり、魔力の通りがとても良い。予期せぬ雷撃を撃たれた際にも運が良ければ避雷針になる。親父がこんな名品を持っていた理由は知らないが、とにかく便利。戦闘だけでなく動物の解体でも活躍している。聖銀のメンテナンスもしたいところだが、あれは高いからなぁ。再コートともなれば金貨数枚だ。もう少し金を溜めないと難しい。
……バルセム国関連ですぐに思い付くのは30年前の独立紛争か。今回も独立派が何か企んでいる?
バルセム国は現在の王国南部にかつて存在した国で、100年ほど前に王国に併合された。何でも数年続いた酷い飢饉で立ちいかなくなり、友好的だった王国に併合による救済を求めたらしい。かなりの自治権が認められていたために、しばらくは大きな問題もなく平和だったと聞く。
しかし年月を経て併合時の当事者たちが徐々に消えていくと、併合を汚点と考える者や、かつての栄光を取り戻そうと考える者たちが出てきたのだろう。30年前に旧王家・バルセム公爵家を中心とする南部5領が新バルセム国を名乗り、王国からの独立を宣言。
王国は反乱鎮圧にほぼ全軍を派遣し、僅か1ヶ月で全域を平定した。公爵家は断絶され領地は分割、王国側に付いた分家筋のイルゴン家が大半を引き継いだ。
俺が知っている歴史はこんなところだな。
小弓もそろそろ限界か。弦は替えればいいが、木の質が劣化してきている。【集水】で乾燥させて、表面を【硬化】。まだしばらくは持つだろう。
……現在南部最大勢力のイルゴン伯爵家は王国宰相府の魔法管理局大臣を拝命していたはずで、今さら反乱を起こすとは考えにくい。他の領地は男爵家以下の低位貴族だし、連帯感があるようにも思えない。
そうなると、狂信的な過激論者や独立派の武装組織がコソコソやってる感じだろうか。
ミカの口ぶりからすると近いうちに争乱が起きそうな雰囲気だったが、今一つ繋がらないな。
やっぱり「鬼」が鍵になるのかな。武装組織が大鬼連隊を使役するとか?おお、それはまずいね。そんなことが可能かどうかは知らないが。
「鬼」と呼ばれる種族は、人間や動物、更には魔獣のどれとも根本的に異なる。というか、一般的に言う「生物」ではない。
「体内に魔力核を持ち、魔力によって肉体を維持する魔法存在」、それが「鬼」の定義だ。一説には古代帝国期に開発された魔法兵器だとも言われる。
小鬼、豚鬼、大鬼なんかが有名だが、他にも色々な種があるらしい。しばしば大集団を作るので、少人数が基本の冒険者には荷が重く、基本的には軍が対処する。
人間を見つけると殺意むき出しで襲ってくる厄介な奴らだ。とても使役できるようには思えないな。
「ってことで、アムランくん!君を情報局指令室付き臨時情報収集官に任命する!今日から軍属ね!」
宿で夕食を食べながら唐突にミカが言う。おっしゃる意味が分かりません。
「部下にできそうな人材探してるって言ったでしょ?戦闘試験も素行観察も問題なかったから採用!はい今からあたしが上官です!絶対服従!」
試験?どれが?白鷲魔獣?まさかタイラント戦?そんな無茶な。
ええー……なんかすぐ死にそうな部署だし……ミカが上官……。
「本来は軍学校で1年間の研修があるんだけど、今回は臨時ってことでパスね。後日改めて入学しよう!その辺はあたしの権限でどうにでもなるから。そんなことより情報共有!」
ああ、守秘義務あるからって言ってたな。俺も軍属にしちゃえば問題無いってことか。
「言ったでしょ?夜には話せるって。あれれー?何か期待しちゃったのぉ?うんー?アムランのへんたいー」
……うざい。
「それじゃ、早速さくせんかいぎだよ!」