2話 魔女(2)話をしよう
「んん…」
朝日が眩しい。夜が明けたようだ。
「ゆうべはおたのしみでしたね……うへへ」
女の声。誰だこいつ……ああ、そうだった。
「ミカ……」
「はーいミカちゃんでーす!なになに朝からもう一回?」
勘弁してくれ。干からびる。
「アムランてば随分逞しくなっちゃってぇ。お姉さんも久しぶりに楽しめたわぁ」
俺は全然楽しくないんだが。拘束した上に魅了で無理やりって……鬼畜か!
「それはそうと、何でこんなクソ雑魚盗賊団に?大方、情に絆されてとかそんなんだとミカちゃんは予想するけど」
だいたい合ってる。餓えたときの飯の恩は大きいんだよ。
「なるほどねー。食い詰めたんなら軍に行けば良かったでしょうに」
……面接で落ちたんです。
「ぷははっ!面接で落ちるって何やったの?あんなの面通し以上の意味は無いはずだけど」
ちょっと面接官とそりが合わなかっただけだ。
「あたしに言ってくれれば試験なしで即入隊だよー?」
入隊試験よりお前を探す方が難しいわ。会いたくもないし借りも作りたくない。
「そっかそっかー。じゃあ軍に行こう!ちょうど部下にできそうな人材探してたんだー。
盗賊団はてんで期待外れだったけど、アムランがいたのは予想外の大収穫だねー」
ええー……ってミカも軍に戻ったのか?確かクビになったとか言ってたが。
「色々あってね。今は軍学校で先生やってるよー。若い子いっぱいいるし天国だよー!」
……それは良かったな。まさか生徒まで食い散らかしてるのか。
「ちゃんと相手は選んでるからだいじょぶー!さ、出発しよー!
軍に入るかは後でいいからさ、ルクシアまで付き合ってよ。暇でしょ?無職だし。ぷぷぷ」
貧弱盗賊団は見事に壊滅。
掘っ立て小屋の外には幹部格を中心に10を超える死体が転がっているが、構成員の半数以上は逃亡したらしい。
この魔女はだいぶ手加減してくれたようだ。
盗賊団と言っても、彼らの大半は元農民である。
去年の夏は酷い旱魃で、この辺りの農村は既に軒並み廃村状態。
おまけに秋には山から大量の魔獣が下りてきて、辛うじて生き延びていた集落までもが魔獣の餌と消えた。木の実がないから本来の餌である動物が減ったんだろう。農民たちが生きるためには他者から奪う他無いという状況が出来上がってしまっている。
農民崩れの野盗を冒険者崩れの小悪党が指揮する貧弱盗賊団――今年の冬はこんな奴らが山ほど沸いている。狙いは街道の行き倒れや廃村の残存物資で、戦闘能力はまるで無い。
この盗賊団も……俺が多少鍛えたとは言え、魔獣に遭えば全滅間違いなしだろう。
ここで死んでも逃げ延びても、結局は大差ない。
「殺したのは手馴れてる奴らだけだよー。農民崩れは適当に散らした」
俺に気を遣ったのか、魔女がそんなことを言う。
――気にするな、幹部格の冒険者崩れはどうせ俺がやるつもりだった。頭逃がしちゃったけどな。
「そっか。……まあ、そんな気もしてた」
俺の両親は盗賊に殺された。
俺が12歳の頃だ。町へ行商に出て、そのまま帰らなかった。
やったのは冒険者崩れ、急ぎ働き専門の三流盗賊団らしい。
数年後に捕まって処刑され、衛兵が父の遺品として名前入りの短剣を届けてくれた。
聖銀コーティングの名品で売ればそれなりに高値のはずだが、盗賊は最後まで手元に置いていたようだ。……名入りの品を捌くほどの伝手が無かったか。
そんな経緯を知るミカからすれば、俺が盗賊団にいたのは驚きだっただろう。
だから最後に俺が潰す予定だったと話すと納得していた。……可能ならもう少し、盗賊なんてやらなくてもいい程度には元農民たちを鍛えてやりたかったが。
死体はミカの火炎術式できれいさっぱり焼き尽くし、丘を下り、とりあえず最寄りの町へと二人で向かう。
こうして歩いていると5年前を思い出す……いや、思い出したくはないんだがな。
「あの頃のアムラン、めっちゃ調子乗ってたよねー」
ミカも思い出しているようだ。やめてくれ。黒歴史だ。
「特級冒険者に俺はなる!とかさー、魔獣も大鬼も恐るに足らぬ!この街には俺がいr」
やめろおおおおおおおお!!やめてえええええええええええ!!!
はあはあ……。
「で、あたしに喧嘩売って秒殺されてんの。ぷぷぷー。クソ雑魚アムラン、可愛かったなあ」
本当のことだから何も反論できない。ぐぬぬ。
あの時は手も足も出ない完敗だった。その後も……色んな意味で完全敗北。
「でも、強くなったねぇ。昨日の【隠蔽】、周囲の魔力の流れが自然で全然バレないよ」
……お前に即効バレてたんだが。
「あはは、魔女に魔法で勝つにはあと20年かかるよー、でもたぶん20年前のあたしよりは強い」
20年前にお前が何歳なのかは聞かないでおくよ。俺のために。
俺はミカの年齢を知らない。が、俺より相当年上だろう。
5年前とほぼ変わらない外見は……20代半ばといったところだが……以前に聞いた話から考えて少なくとも30後半ではあると思う。怖くて聞けない。色んな意味で。
大事なことだが、ミカは全然美人ではない。
身長は俺の肩ほど、女性としては平均的か少し高い。やや華奢に見えるが、実際には引き締まった筋肉質で筋力も体力も俺以上。余分な脂肪などはほとんど無い。……もちろん胸も無い。いや、多少はあるよそりゃ。
肩までの黒髪に黒い眼、肌はやや浅黒い。切れ長の目といつでもニヤけた大きな口が猛禽類を思わせる。
……全く俺の好みではない。愛嬌はあるが。美人ではない。断じて違う。
雑談をしつつ歩き続けるが、町まではまだ遠い。つまり今夜は野営だろう。
ミカがこちらを見てニヤつく。
うう……夜が怖い。