第8話 決着は一瞬で
「ナターリア! その首もらうわ!」
「死ねです!」
双子姉妹は捨て身でナターリアへと突進する。【アクセラレイト】を発動している二人を相手にナターリアでは無理だ。間違いなく殺される。それに俺が走るのでは間に合わない。
でもそんなこと戦う前から想定済だ。
走って間に合わないのなら、魔法を使えばいいだけのこと。
それに俺には丁度いい魔法がある。転生した直後に試しているので行けるはずだ。既に魔力は溜めてある。
俺は向きを反転させ、脚を曲げて踏み切る姿勢に入った。そして踏み切ると同時に足裏に溜めていた魔力を開放させる。
何かがはじけ飛ぶような凄まじい音が発生した。
「がぁ――!?」
サラは腹部を深く切り裂かれ、鮮血が飛び散った。そして再び何かがはじけ飛ぶような凄まじい音が発生する。
「姉さ――!? ぐふっ!?」
サリーは心臓部を深く斬り付けられ、俺は彼女の前に立っていた。
魔法を使いここまでの間、僅か一秒。
サラとサリーはほぼ同時に倒れ、絶命した。
あの双子には何が起きたかわからなかっただろうし、ナターリアには、俺が消えたようにしか見えなかっただろう。
俺が使った魔法は【瞬雷脚】雷属性魔法だ。
雷魔力を足裏に溜めておき、一気に開放することで靴裏から凄まじいスパークが発生。その反発を利用することで、爆発的な推進力を発生させ、超急加速する。なお、瞬間最大速度は亜音速レベルだ。
これはとある魔法を参考に開発した主人公オリジナルの魔法であり、代表する魔法の一つ。
あの瞬間、まず右足で【瞬雷脚】を使い、弾丸の如くサラに接近、右側に抜き去ると同時に双刀で斬り付け、すぐにサリーの方向に踏み切ると同時に左足で【瞬雷脚】を使い、瞬時に接近しながら体を横に捻らせ、回転斬りを浴びせた。
【瞬雷脚】のメリットは、相手に奇襲を仕掛けたり、緊急回避など、汎用性が高い。
もちろんデメリットもある。まず、一度に片足一回づつ計二回までしか発動できず、今の俺では再使用できるまで、一〇秒程度かかり、中途半端なチャージだと爆発的なスピードが得られない。それでは自力で動くのと大して変わらないのだ。
そして、凄まじい音が発生するのと動きが直線なので読まれやすいこと。また、本当の強者ならその動き自体が見えるので、カウンターや追撃を食らう危険がある。
原作でも読まれたり、見切られたりしてダメージを負うシーンを描いていた。
便利だが、使いどころは考えないといけない魔法だ。
俺は双刀を鞘に納め、一言呟く。
「終わりだ」
そしてナターリアの方に向くが、彼女はぼーっと煙ったような顔をしている。
「おい。大丈夫か?」
俺はナターリアの頭に右手をホフッと優しく置いた。
その瞬間彼女は、ハッと我に返り、今の状況を理解したのか、茹でタコのように顔が真っ赤に染まる。
「き、気安く触らないでよ! このスケベ!」
頭に置いていた右手が払いのけられた。
なんで頭に手を置いたぐらいでスケベ扱いされるんだよ。
ナターリアは両手で自分の頭を撫でながら俺を睨みつけている。でもその顔はまだ赤い。怒って興奮しているようだ。
そんなに嫌だったか? 何気なくやったことなのだが、不快だったらしい。
「悪かった。そこまで嫌がるとは思わなかった」
「え!? べ、別に嫌ってわけじゃ⋯⋯」
ナターリアはぼそぼそ喋ったため、よく聞き取れなかった。
「ん? 今なんか言ったか?」
「な、なんでもない」
まあいいや。追及するのはやめておこう。それよりも、気になることがある。
「予備の服はあるのか?」
「ふえ!?」
戦闘で切り裂かれた服はあちこちから白い肌が露出していた。傷跡はない。俺が戦っている最中に回復魔法で癒したのだろう。しかしナターリアは自分の服の惨状に今気づいたみたいだ。
ナターリアはボンっと爆発したかの如くさらに顔が真っ赤になる。
「ふんっ!」
「ぐぅふ!?」
ナターリアに思いっきり腹パンされてしまい、俺は片膝をつき、悶えた。
「ちょっ⋯⋯殴ること、ない、だろ⋯⋯」
「うっさい! この変態!」
俺としたことが忘れていた。原作ではナターリアのツッコミは強烈だということを。
原作序盤では物理的なツッコミはほぼないため、失念していた。とはいえ、大事なところが露出していたわけではないので、そこまで怒ることないだろうに。
「着替えてくる! 覗いたらその首刎ねるわよ!」
「覗かないよ! てか、首刎ねるとか物騒なこと言うな」
「ふんっ」
ナターリアはテントの中に入っていく。
俺は一息ついた。しかし、この周辺は血生臭い、当然か。
⋯⋯初めて人を殺した。仕方がないとは言え事実だ。魔物を討伐するのとでは、その重みが違う。
⋯⋯いや、同じか。命を奪ったのに変わりはない。それにこの先もっと大勢の帝国兵と戦うんだ。感傷に浸っていてはいけない。
それでも、この双子姉妹にはかわいそうなことをした。幼いころに両親を失い、帝国に拾われ、散々な目に遭うのは俺が設定したことだからな。どうやらそういう面でもこの世界は原作に忠実みたいだ。
とはいえ、今更どうにもできないし、一々気にしていては心が持たない。割り切るしかないだろう。
「それに、俺は決めたんだ。彼女たちを守るって――」
「何一人でぶつぶつ言ってんのよ」
「ナターリア!?」
いつの間にか俺の後ろに着替えが終わったナターリアが立っていた。
しまった、色々思いふけっていて彼女が来たのを全く気付かなかった。
これが魔物だったら危ないところだった。常に周囲は警戒しておかないとな。
「聞いてたのか?」
「声小さくてよく聞こえなかったわよ。ほら、ここから移動するからあんたも手伝って」
「ああ、わかった」
こんなところで一晩明かすわけにはいかないからな。血の匂いで魔物も寄ってきやすいだろう。
それと独り言はナターリアに完全には聞こえなかったみたいでよかった。
俺たちはテントなどを片付け、場所移すために移動した。辺りはもうすっかり暗くなっている。
そして移動先で交代で見張りをし、一晩を明かした。
――翌朝、俺たちは朝食を食べ終え、王都に向かって出発する。ナターリアの話では、日が暮れる前には着けるらしい。
その移動中、ナターリアが質問してきた。
「あんたって一体何者なの? 剣の腕もそうだけど、光属性魔法を使う人なんてめずらしいわよ」
そういえば昨日そんなこと言っていたな。さて、どう答えたらいいものか。
バカ正直に転生者と言うわけにはいかないし、言ったところで信じてもらえないだろう。
「光属性は親の遺伝だよ」
これは事実だ。俺、つまり主人公は光属性魔法を使うことができる。これは主人公の母親から受け継いだものだ。
「じゃあ、あの時使った瞬間移動魔法はなに? 雷属性魔法みたいだけど」
ナターリアは食いつくように聞いてくる。
「あれは瞬間移動しゃないぞ」
「え?」
「ただ単純に速く移動しただけだよ」
「そんなレベルの速さじゃなかったわよ。見えなかったもの」
今のナターリアでは無理だな。でもそのうち見えてくるようにはなるさ。
「そうだな。あの岩までなら一秒前後かな」
そういって俺は向こうに見える岩を指さした。距離にして二〇〇メートルは確実にあるだろう。
「は⋯⋯? 噓でしょう?」
「いや、そのくらいだぞ」
「ありえないわ⋯⋯」
ナターリアは呆けたようにキョトンと口を半開きにしている。けど、【瞬雷脚】はそのくらいの速さだ、嘘は言ってない。
「光属性魔法と言い、見たことも無い高速移動魔法⋯⋯。それに持っているその武器、それ刀じゃないの?」
「そうだけど、それがどうした?」
「思い出したわ。あんたの名前といい、その刀、東にある国の出身でしょ?」
ナターリアの推測は正しい。たしかに主人公はここからはるか東にある国の出身なのだが、俺は転生者だ。適当に『そうだ』と言って、後々面倒なことになるのはまずい。
「俺の父親がそこの出身なんだ。この刀は父親の形見だ」
「形見?」
「俺が幼い頃に父親は死んでいる⋯⋯」
俺は少し顔を俯け、哀愁が漂う表情を浮かべてみせる。⋯⋯できているかは知らんが。
「あ、ごめん⋯⋯」
「いや、気にするな」
どうやら上手く演技できたみたいだ。その後、ナターリアは俺の出身について聞くことはなかった。
その後は休憩を兼ねて昼食を取り、再び歩き出す。
しかし、あれ以降ナターリアは口を閉ざしたままで、俺が話しかけてもどこか元気がない。
さっきのことを気にしているのか? あれは出身の話をはぐらかすための嘘、いや、主人公としてなら本当だが、俺にとっては嘘で、⋯⋯もういいや、ややこしい。
とりあえず、ここは少々彼女をからかってみるか。
「元気無いな? さっき言ったこと気にしてるのか?」
そう言いながら俺はナターリアの頭の上に手を乗せた。その瞬間、ナターリアは体をビクッと震わせ、俺の手を払いのける。
「き、気安く触るなっていったでしょ!」
ナターリアは歯をむき出して怒る。まるで犬が威嚇するかのようで俺から見ればむしろ可愛らしい。
「ははは、それくらいの元気があれば大丈夫そうだな」
「な、なによ! 別に気にしてなんかないもん!」
そう言いながらナターリアは俺の肩をポカポカ叩いてくる。
ナターリアもこうしてみれば可愛い一面が、――っていや、痛い! 段々ポカポカからドカドカになってきた。
「ちょっ! そんなマジになること無いだろ!?」
「うっさい! このバカ!」
さすがに痛いので俺はたまらず逃げだす。
「あ、こら! 待ちなさいよ!」
「悔しかったら、追いついてみろよ」
こうして俺とナターリアの追っかけっこが始まった。最終的には俺がわざと捕まってやったけどな。じゃないと終わりそうになかったし。
なお、捕まった直後に思いっきりげんこつされた。⋯⋯かなり痛かったが、ナターリアの気は済んだみたいなので良しとしよう。
と、まあこんな感じで俺たちは王都に向かい、そして日が傾き始めたころ、王都に到着した。