第7話 襲撃者と対峙する
ナターリアは俺の実力をわかってないからな。あと、俺自身どこまで戦えるのか試しておく必要がある。
実際この二人を相手にして倒せるのかを。
もし、もしもだ。この二人に苦戦するとなるとお先真っ暗だ。
この先こいつらよりはるかに強い奴と戦わないといけないからな。こんなところで手こずるわけにはいかない。
「無茶よ! あたしでもやられそうになったのに」
「ナターリア」
俺は目だけで彼女を見て、いかにも自信たっぷりに言い放った。
「君はあの時言ったな、『その自信はどこからくるのよ』って、今その根拠を見せてやるよ」
「だ、だからってそんな危険なことしなくても⋯⋯」
ナターリアは憂わしげな表情になる。
「心配するだけ損だぞ。こんな奴らに遅れはとらないさ」
「で、でも⋯⋯」
ナターリアに顔を向け、その目をしっかり見つめた。
「今度こそ、俺を信じてくれ。ナターリア」
「⋯⋯わかったわ。でも一つだけ約束して」
「なんだ?」
「⋯⋯死なないでよね」
彼女の綺麗で透き通ったような瞳は少し潤んでいるように見える。
⋯⋯なんだ、そんなことか。俺は鼻でフッと笑い――
「当然だ」
と言い、少し笑ってみせた。
彼女をを守るんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。
「というわけでお前らは俺が相手になる。ナターリアは下がっていてくれ」
言葉に従い、ナターリアは後退する。
「随分と甘く見られたものね。そんなに彼女に良いところを見せたいのかしら?」
サラは俺を挑発するように言う。挑発か嫌味か知らんが、勘違いもいいところだ。
「お前は何を言っているんだ? これから殺し合いをするのに、良いところ? ふざけるな」
俺はな、彼女を守りたいだけなんだよ。俺が描いた大切なキャラをな。
この二人も俺が描いたキャラだし、女性キャラを描くのに定評がある俺が描いただけあって美人だよ。
でもな、俺は敵となるキャラには思い入れないようにしている。
じゃないと、作中死なせるのがもったいなく感じてしまうからだ。だから敵であるこの双子には特別な思いなど一切ない。
それにこいつらはナターリアを殺しかけた。そのことで今、機嫌が悪い。
でも殺し合いをするんだ。怖くないと言えば嘘になる。だからこうして強気なこと言って己を奮い立たせているんだ。
それにナターリアを失うほうがもっと怖い。単にここで死んでしまったらこのあとの展開に支障が出るとかそんなんじゃない。
なんていうんだろうな。恋人を失う感じ? いや、違うな。愛娘を失う感じか? その方が合っている気がする。俺が生みの親なんだし。
「殺し合いにカッコ良いも悪いもあるか、生きるか死ぬかのどちらかだろうが!」
俺は双刀を構える。
サラに対し左向きに半身で足を肩幅より少し広めに開き、腰を少し落とし、右腕は肩ぐらいまで上げ、サラに向かって伸ばし、肘を軽く曲げ、刀はほぼ垂直に構える。そして左肘を後ろに引き、手は顔の横に持っていく。そして手に持つ刀の剣先はサラに向ける。
独特な構えだが、これが主人公、リョウ・タチカワの基本的な構えだ。
なんとなくでやってみたのだが、なぜか凄くしっくりくる。この姿だからかもしれない。
サリーが俺の死角に回り込むように動いた。
俺は挟み撃ちの状況になる。
「リョウ!」
ナターリアが加勢しようと前に出ようとする。
「信じてくれって言ったろ?」
その言葉に彼女は足を止め、コクッと頷いた。
その瞬間に双子が同時に動く。二人のナイフが俺に向かってきた。だが、それぞれ左右の刀でそれを受け止める。
しかし二人の攻撃は止まらない。連携の取れたいい攻撃だと思う。
でもそれだけだ。今の立ち位置の関係で俺はサラの斬撃を左手に持っている正宗で、サリーの斬撃を右手に持っている村正で捌く。
二刀流とはこういう器用なこともできる。そしてこれでわかった。こいつらは原作同様、取るに足らない相手だと。
そう、遅い、動きが遅すぎる。余裕で対処できるのだ。そして力も俺の方が大きく上回っている。
そしていくら死角に回り込んでも無駄だ。【魔力探知】で位置は特定できている。
⋯⋯まあ、これはナターリアもやっていただろうが、目の前に敵がいる上に、音も無く近づかれるとやはり対処が遅れるのだろう。
それに今のナターリアと俺では地力に大きな差がある。
あと俺、というかこの体は殺気にも敏感なため、死角から近づかれても殺気でも対処できた。
――サラが俺から距離を離すと同時に、サリーも距離を離す。前方にサラ、右にサリーが移動した形となる。
「「【スラスト】!」」
複数の風の刃が俺を襲う。
「遅い!」
俺はサラと距離を詰める。それによりサリーの放った【スラスト】の射線軸から外れる。
それと同時に正面から来る風の刃を俺は左右にステップしながら紙一重で躱していき、サラとの距離をさらに詰めた。
「そんなんじゃ俺を止めることはできない」
そう言いながら俺はサラに双刀で流れる様な連撃を仕掛ける。
「っ!」
サラはなんとか俺の剣撃を受け流していた。
「姉さん!」
サラを助ける為にサリーは俺に接近しようとするが、俺はその瞬間にサラの腹部を押し蹴り飛ばし、素早くサリーに近づく。
「なっ!?」
サリーは身構え、剣撃に対応しようとするが、俺は回し蹴りを彼女の腹側部に放つ。
サリーは意表を突かれ、防御出来ずにそのまま吹っ飛ばされた。
主人公は剣術だけじゃない。原作では時々足技も使ったりする。
「す、すごい⋯⋯」
ナターリアは目を見開き、俺の戦いを食い入るように見ている。今ので驚いているようじゃ困るぞ。驚くのはここからだ。
「どうやら、甘く見ていたのはこちらだったようね」
サラが体制を立て直す。サリーも起き上がり武器を構える。
「ですが、ここまでです。ここからは本気です」
「あなたは強いわ。でも、これならどうかしらね」
サラは不敵な笑みを浮かべた。
「お覚悟を」
サリーは相変わらず無表情だ。そして双子は魔法を唱える。
「「【アクセラレイト】!」」
二人の体に風の衣が纏う。
「私たちの動きをとらえられるかしら?」
双子は俺の周りをぐるぐる走り始めた。その素早さはさっきより上がっている。
「あなたはこれで終わりです」
二人はさらにスピードを上げた。そして、二人同時に俺に肉薄する。
「だめぇぇぇえ!!」
ナターリアの悲痛な叫び声が響き渡る。
「きゃあ!?」「ああっ!!」
ナターリアの悲痛な叫び声とは裏腹に双子は俺の鋭い斬撃によって同時に弾き飛ばされていた。二人とも辛うじて防御はできていたが、俺の全力の一振りに踏ん張ることなんて出来るわけがない。
「⋯⋯へ?」
ナターリアはポカーンとした表情だ。
「言ったろ? 『心配するだけ損』だって」
俺がそう言うとナターリアは我に返り、胸の前で両手の拳を握りながらコクコクと頷いた。
⋯⋯可愛らしい仕草だ。
「こ、こんなことが、こんな⋯⋯」
「なぜ、なぜなのですか⋯⋯」
二人の顔が絶望に染まっている。
「知りたいか? ⋯⋯お前ら、【アクセラレイト】をどこまで理解している?」
「ど、どこまでって、対象者の素早さ上昇させる魔法ではなくて?」
「⋯⋯それだけか?」
「それだけって、他に何があるんです!」
サリーは声と表情を強張らせる。
「五〇点、いや、三〇点だな。お前らは【アクセラレイト】の仕組みを理解していない」
「仕組み、ですって?」
「【アクセラレイト】は風属性魔法で対象者の素早さを上昇させる。ここまではいい。でもな、対象者の身体能力で大きく差がでる。それに魔法の熟練度そのものでも効果量が変わってくる」
二人は黙って聞いているがよくわかっていないみたいだ。
「つまりだ。大した素早さもなく、熟練度も低ければ、大した効果は出ない。一に二をかけても二にしかならないということだ」
「な――!?」
サラは開いた口が塞がらず、啞然としている。今のは極端な例えだが、【アクセラレイト】はそういう魔法だ。対象者の身体能力と術者の熟練度で結構な差がでる。
「そして俺の素早さは【アクセラレイト】状態のお前らよりまだまだ上だし、余裕で見える。お前らが遅すぎるんだよ」
俺がそう言い放つと、二人の表情から感情が抜け落ちていく。
これは心が折れたか? ⋯⋯いや、油断してはならない。追い込まれた奴程何するかわからないのは漫画でもよくあるパターンだし、現実でもそうだ。
「⋯⋯姉さん、このままでは私たちは⋯⋯」
「⋯⋯逃げ帰っても、酷い扱いを受けるし、軍から抜けて逃亡しても奴らは地の果てまで追ってくるでしょうね」
「⋯⋯姉さん。私たちは小さい時からずっと一緒でしたね」
「そうね。幼い時に親を失って、帝国に拾われて、そこから散々だったわ」
「暗殺術からハニートラップまで色々叩きこまれました。いえ、調教されたと言ったほうが正しいですね」
「ねえ、サリー。あそこに戻りたいかしら?」
サリーは首を左右に振り答えた。
「嫌です。あそこに戻れば、今度は女としての尊厳を失うでしょう」
「でしょうね。ならばいっそのこと」
双子は互いに目を見合わせ、頷く。
そして二人同時に【アクセラレイト】を発動させた。
次に二人は俺から大きく離れ、そこから一直線に突進する。走って追いつくのは厳しいだろう。
この行動は二人の悪あがき。そして二人が向かう先にいるのはナターリア。彼女が狙いだ。