第6話 敵を誘い出す
野宿の準備中、辺りがうす暗くなってきた。
焚き火用の木を拾いに行くふりをしてナターリアから離れる。
「作戦開始だ。くれぐれも油断するなよ」
「わかってるわよ」
ナターリアから距離を離していく。
⋯⋯どこで奴らが動く? 俺の動き始めが少しでも遅れるとそれだけナターリアが危険に晒される時間が延びることになる。
俺は神経をとがらせながら歩いていった――
「本当にくるのかしら」
囮となったナターリアはぶつくさ文句を言いながら野宿の準備を進めている。
彼女は半信半疑のようだ。なにせ、自分が探知できないのに尾行されていると言われても、どうしても信じきれないのだろう。
でも、彼が嘘を言っている風にも見えない。だから囮を引き受けてみたのだ。
それにもし、襲撃されても返り討ちにできる自信が彼女にはあった。
「だいぶ辺りがうす暗くなってきたわね」
もう日が沈んできており、真っ暗になるのも時間の問題だろう。
一応、いつ襲われてもいいように彼女は警戒はしていた。
ナターリアはふと、辺りを見渡す。うす暗くてよく見えないが二人の人影がこちらに急接近している。
彼女に気付かれたことを悟ったその二人はナイフを構え、【魔力隠蔽】を解除し臨戦態勢に入った。【魔力隠蔽】状態では魔力をうまく扱えないからだ。
「本当に来た! それに今、いきなり魔力を探知できた。あいつの言ってたこと本当だったのね」
二人が【魔力隠蔽】を解除したことにより、ナターリアも魔力を探知することができた。
彼女は腰に下げてあるダガーを手に取り、構える。
そして二人が接近してきた。
「何者なの! ⋯⋯いえ、わかるわ。あんたたち、帝国の者ね!」
「だとしたら、どうするのかしら?」
「これから死に逝く者に答える必要はありません」
襲撃してきた二人は女性であり、同じ顔をしている。
「なめるなぁ!」
ナターリアは二人に向かっていくが、一人は彼女から距離を取り、もう一人は、ナターリアの横なぎを受け流しつつ、後ろに回り込んだ。
「くっ!」
ナターリアは前後挟み撃ちの不利な状況に陥る。
後ろにいる襲撃者がスッと彼女に肉薄しナイフで斬りつけてきた。それを素早く身を反転させ、ダガーで受け止める。
それを好機と見たもう一人が音も無く近づき、首元をナイフで狙う。
咄嗟にナターリアは身を屈め、紙一重でそれを躱し、同時に転がりながら二人から抜け出し起き上がると同時に後方へ飛び退く。
だが、それを読んでいたのか、襲撃者二人はナターリアの左右に展開し再び挟み撃ちの状態にもっていった。
「こいつら、くそっ!」
ナターリアは挟み撃ちから抜け出そうと移動するが、二人の陣形は崩れることは無い。息の合った連携だった。
今度はナターリアが前に突進し、突きを繰り出すが、あっさりと受け流されてしまう。
防御に専念しているように見える。
そして、迂闊に仕掛けたナターリアは後ろからもう一人が接近しているのに気づくのが遅れてしまい、躱そうとするが間に合わず、左腕を斬られてしまった。
「つっ!」
ナターリアの顔には焦りの色が伺えた。傷はそれほど深くはないが、斬られた個所からは血が滲んでいる。
――その後も二人の連携にナターリアは苦戦していた。
まず、彼女がどう動こうが、必ず挟み撃ちにされてしまう。そして、どちらかに仕掛けると仕掛けた相手は必ず防御に専念する。そしてもう一人がその隙を狙ってくる。
かといって、何もせず止まっていると死角にいる方から攻撃されたり、二人同時に攻められたりする。
非常に洗練された連携だ。
ナターリアは致命傷は避けているものの、負う傷は増えていく。
「【ウィンドエッジ】!」
ナターリアは苦し紛れに魔法を放つ。襲撃者の一人に風の刃が襲うがひらりと躱され、二人同時にナターリアに肉薄してくる。
ナターリアは思わず大きく飛び退くが、それが大きな隙となってしまった。
襲撃者二人は待っていたとばかりに同時に魔法を放つ。
「「【スラスト】!」」
魔力を帯びた複数の風の刃がナターリアを襲う。
宙に浮いた状態ではどうすることもでない。このままではナターリアはズタズタに切り裂かれてしまうだろう。
「しまっ――っ!」
もうだめだと思ったのか、彼女は目をつぶった――
「――え?」
ナターリアはきょとんとした顔になる、何が起きたのか、わかっていない様子だ。
間一髪のところで間に合った。
あの瞬間、ナターリアに向かって跳び、彼女を抱きかかえ、そして【スラスト】を躱した。
丁度、俺の進行方向と魔法の向かう先が対角線に近い形になっていたため、可能だった。
もし位置が違っていたら、俺もナターリアも無事では済まなかったかもしれない。 まあ、その場合はこちらも【シャインショット】を数発放って【スラスト】を相殺すればなんとかなったと思うが。
「ギリギリだったな。間に合ってよかった」
「な、ななな――!?」
ナターリアは顔を真っ赤にしている。なんでだ?⋯⋯ああ、お姫様抱っこしてるから恥ずかしいのか。
彼女の体は細身で軽く、そして柔らかい⋯⋯。っと、そんなこと思ってる場合じゃない。
抱っこしていた彼女をそっと下ろす。
「た、助けてくれて、ありがと⋯⋯」
ナターリアは顔を逸らしながら言った。その顔はまだ赤く染まっている。
「大丈夫か?」
「このぐらい傷、大したことないわ」
彼女を見る。そこまで酷くないが、それなりに傷は負っていた。
「無理はするな。【ヒールライト】」
ナターリアの傷を癒す。完全とはいかないが、止血くらいはできただろう。
「今のは光属性魔法!? あんた一体何者なの!?」
「話は後だ。まずはこいつらを倒す」
体の向きを変え、襲撃者たちを正面から見据えた。
「まさか、こんなにも早く戻ってくるなんて」
「それもいつの間に⋯⋯」
二人のうちの一人は驚きを隠せない様子だ。そしてもう一人も無表情を崩さまいとしているが、その表情は少し崩れている。
やはりこの二人だったか。こいつらは主に暗殺、情報収集などを行っている。
そしてこいつらはほぼ同じ顔をしているが、双子だ。姉の名はサラ。そして無表情な方が妹のサリーだ。
二人とも黒髪に小麦色の肌をしている。服装は身軽な恰好だ。
二人が驚くのは無理もない。二人から見れば俺は突然現れたように見えただろうからな。
「そんなに驚くこともないだろう? お前たちと同じことをやったまでだ」
「同じこと⋯⋯? はっ――!」
サラの目を見開く。
「【魔力隠蔽】ですか⋯⋯」
サリーは無表情で呟いた。
「その通り。後は普通に走ってきただけだ」
「こちらが誘い出された⋯⋯。ということは私たちの尾行はバレていたのね」
「なぜです! 【魔力隠蔽】は完璧だったはず!」
サリーの無表情が崩れ去り、狼狽えた顔になる。
「普通に探知できてたぞ。おまえらの【魔力隠蔽】なんてその程度ってことだ。ただ、魔力は一般人並みに反応が薄かったからそれなりには消せてたみたいだけどな」
「一般人並みってあんた、そんなところまで探知できるの!?」
ナターリアは驚愕している。
「言っただろ? 俺の【魔力隠蔽】は敏感だって」
「普通、こまでできないわよ」
その時サラが口を開いた。
「ではなぜ、最初から【魔力隠蔽】を使わなかったのかしら? それで私たちを撒けたはずよ?」
「彼女が使えないっていうもんでね」
俺はナターリアを指さした。
「使えなくて悪かったわね」
ナターリアがプンっとそっぽを向いた。
「そう拗ねるな。君が使えたとしても使わなかったし」
「どういうことです?」
サリーが俺に聞いてくる。
「わからないのか? お前たちをここで倒すからだよ!」
俺は両腰にある鞘から抜刀した。
「顔を見られた以上、ここで逃げるわけにはいかないだろう?」
「くっ!」
サラは苦虫を嚙み潰したようような顔になる。普通してれば美人な顔が台無しだ。
顔が割れてしまった以上、この国での潜入捜査などはもうできない。俺たちをこの場で殺さないかぎりな。
これで逃げ帰れば、帝国から役立たずの烙印を押され、この双子は相応の扱いを受けることになるだろう。
もうこの双子には退却の二文字はない。ここで俺たちを殺すか、俺たちに殺されるかだ。
どうしてもこの状況を作りたく、危なかったが上手くいった。
――あの時ナターリアに二つのことを言った。一つは普通に野宿の準備をしながら、警戒は常にしておけと念押しで言った。
そして二つ目は襲われたら身を守ることに専念し、俺が来るのを待てと伝えた。⋯⋯二つ目は聞き入れてもらえなかったが。
そして俺はナターリアから離れていき、二人の反応が消える。つまり、俺の【魔力探知】の範囲外になったところで俺は【魔力隠蔽】を使った。
もし、サラとサリーが俺より【魔力探知】の範囲が大きかったらこのやり方はできない。
その場合だと急に俺の魔力反応が消えるため、二人に尾行がバレていることに気付かれてしまう。
だが、二人と俺の【魔力探知】範囲は同じ五〇〇メートルだ。そういう設定にしたからな。だからこのやり方が成立した。後は奴らに気取られないように戻るだけだ。
とはいえ、念のためもう少し離れてから【魔力隠蔽】を使った。
だからナターリアの元に着くのが遅れた。あとほんの数秒遅れたらナターリアの命は無かったかもしれない⋯⋯。
「ここからは二対二よ! 覚悟なさい!」
ナターリアはダガーを持つ右手を胸元に寄せ、構える。だが、俺はそれを右腕で制止した。
「な、なによ!」
「やる気のところ悪いけど、ここは俺に任せてくれないか?」
「はぁぁあ!? あんた何わけのわからないこといってんのよぉ!」
ナターリアは雷に打たれたような驚きの表情を見せ、怒気混じりの声が辺りに響いた。
二人で戦っても良いが、双子にあれを使われるとナターリアじゃ危ない。
それで致命傷でも受けたんじゃシャレにならん。ここは俺一人でやる。