第5話 王都に向かう途中に
翌朝、宿を出ると既にナターリアが待っていた。
「おはよう。待たせたかな?」
「別に、それほど待ってないわ」
ナターリアはぽつりと独り言のように呟く。こうも素っ気ない態度をとられると少々気が滅入るが、仕方がない。 彼女の態度は気にしないでおこう。
「ここから王都まではどの位かかるんだ?」
「二日はかかるわ」
二日か、そういえば旅に必要そうな物は一切持ってないな。何か買っておかないとまずい。
何が必要なのかと、ナターリアに聞こうと思ったが、傭兵をやりつつ旅していることにしているのに聞くのもおかしな話だ。自分で必要そうな物を揃えるしかない。
「二日か、そういえば昨日買い出しするのを忘れていたな。少し待っていてくれないか?」
「もう、わかったわよ。早くしてよね」
ナターリアはしかめっ面をしている。急いだほうがいいな。
幸いにも宿の周囲が商店街になっており、既に営業している店もある。買う物さえ決めてしまえば、さほど時間はかからないだろう。
駆け足で店に向かいながら、旅に必要そうな物を必死に考え、購入していった。
食料、水、もう少し長旅ならテントなども必要かもしれないが、二日ならいらないだろう。
俺は残りの金を考慮しつつ、必要そうな物を揃えていく。あまり荷物が多いと重くなり、移動が大変なので必要最低限にしたつもりだ。
買い物を終えて宿の前に戻り、ナターリアに文句を言われながら町を後にした。
彼女の話によれば、王都はここから北東にあるらしい。⋯⋯まあ、知ってるんだけどね。
町を出て、俺たちは王都を目指し歩き始める。
しばらくはお互い無言でひたすら歩いているだけで、これでは退屈かつ、空気が重い。なので彼女に質問することにした。
「ところで王都はどんな感じなんだ?」
もちろんわかっているのだが、一応原作と違う点はないか確認だ。
「王都はいろんな国から物が集まる場所なの。外国との貿易が中心になって栄えているわ。それだけじゃなくて獣人や、数は少ないけどエルフもいるわよ」
「獣人やエルフと共存しているのか? 珍しいな」
「そうよ。すごいでしょ」
ナターリアはどこか得意げに話している。なるほど、原作と特に違いはなさそうだな。
パクス王国は貿易が盛んであり、人、獣人、エルフが上手く共存している国だ。そのため、この国は豊であり、平和だった。⋯⋯帝国が侵略しに来るまでは。
「でも、今は帝国と戦争しているから、王都でも輸入品は品薄になってきてるけどね」
ナターリアは少し俯きながら喋った。明るかった表情が少し曇る。
このままでは近いうちに王都も深刻な品不足になり、やがて帝国に攻め落とされるだろう。いや、品不足になる前に占領されるな。
「帝国の好きにはさせないさ」
「どうしても帝国と戦うのね」
「ああ、それがここに来た最大の目的だからな」
「魔力はあたしより高いし、それなりに腕もあるんでしょうけど、あんたが一人加わったところで何も変わらないわ」
「それはどうかな」
ナターリアが一瞬目を丸くしたが、すぐに呆れ顔になる。
「あんたのその自信はどこから来るのよ⋯⋯」
「じゃあナターリア、今俺たちが尾行されているのに気づいてるか?」
「え!?」
ナターリアは辺りをきょろきょろ見渡す。
「おい、そんな動きしたら相手に気取られるだろ!」
⋯⋯奴らの反応を確認するが、どうやら大丈夫みたいだ。
「ど、どこにもいないじゃない。【魔力探知】にも反応無いわよ。適当なこと言わないでよね!」
「適当でも冗談でもない、俺たちは今、確実に尾行されている」
「嘘よ! 【魔力探知】にも反応しないのに」
「俺の【魔力探知】には反応している」
「⋯⋯信じられないわ」
ナターリアは疑いの目を向けてくる。
でも尾行されているのも、【魔力探知】に反応しているのも事実だ。そして姿を見られないように相手は距離も離し、岩陰などに隠れながら追ってきているはず。
「【魔力隠蔽】を使っているんだろう。見つけられないのも仕方ないさ」
「【魔力隠蔽】? 聞いたことあるわ。魔力を相手に探知されないようにする魔法でしょ?」
「そうだ。そして俺の【魔力探知】はかなり敏感でね。お粗末な【魔力隠蔽】なら見抜ける」
主人公は【魔力探知】に長けており、余程高度な【魔力隠蔽】でない限り、見抜けるのだ。
つまり、主人公の姿をしている俺も同じく【魔力探知】に長けている。
実際、ナターリアに探知できなくて俺ができるのだからこれで実証されたことになった。
「ついでに言うと尾行している奴は二人だ。おそらく町にいる時から見張られていたんだろうな」
「あんたの言うことが本当だとして、どうして今まで黙っていたのよ? 町にいる時から探知できてたんじゃないの?」
「できていた。けど確信が無かったんだ。それに町中で戦闘になると周りに危険が及ぶかもしれないし」
裏通りで既に見られていたのは知っているし、気付いたけど、あの場でこちらから出向いても逃げられるのがオチだ。
「それならせめてあたしには教えなさいよ!」
ナターリアは怒りの色を表す。
「教えたところで、信じてもらえないと思ってね」
「そんなこと! ⋯⋯あるかも」
昨日の感じからして絶対信じてもらえないだろうな。
「⋯⋯あんた、実は帝国の手先じゃないんでしょうね」
何を言い出したかと思えば、そんなわけないだろうに。
「仮に俺がそうだとして、君に追跡されていることを教える意味はあるかな? そんなことするくらいなら、とっくに三人で君を襲ってるよ」
「⋯⋯それもそうね」
だが、ナターリアはどこか納得してない表情だ。
「それで? 尾行されているとしてどうするの?」
まだ信じていない様子だな。でも俺の考えを伝えるしかないだろう。タイミングを逃すと奴らを誘い出せないしな。
「このまま俺たちが共に行動していれば奴らは手を出してこない可能性が高いが、それだと王都に潜入されてしまうだろうね」
「それは困るわ。王都で好き勝手やられたらどうなるか⋯⋯」
ナターリアは深刻な顔だ。もちろん奴らにそんなことはさせない。それに原作通りなら奴らの目的はナターリアの暗殺だ。
「ナターリア、君が良ければの話だけど奴らを誘い出すための囮になってほしい」
奴らを誘い出すにはこれが一番確実だ。リスクが大きいが、仕方がない。
こちらから出向いても奴らに気付かれて逃げられるだろうし、向こうも【魔力探知】を使って尾行しているはずだ。待ち伏せも意味がない。
「あんたが今言ったこと信用していいの?」
「君が奴らを探知できない以上、証明のしようがないけど、信じてほしい」
これでナターリアが信用してくれないのなら、危険だが無理やりナターリアを囮にするしかないだろう。しかしその場合不意を突かれ、危険な状況に追い込まれるかもしれない。襲撃されるとわかって囮になるのと、知らずに囮にされるのではまるで違うからな。
⋯⋯とはいえ万が一のことがあってはならない。信じてくれないのなら別の手を考えるしかないか。
ナターリアは口元に手を当て、考えている様子だった。そして少し時間が経ち、ナターリアは口を開く。
「⋯⋯わかった。あたしが囮になるわ。言っとくけど、あんたのこと信用したわけじゃないわよ」
ナターリアははツンとした口調で話した。
「本当にいいのか? 危険だぞ」
「あんたが言い出したことじゃない。それにあたしはこの国ではかなりの腕なのよ。もし来るなら返り討ちにしてやるわ」
「相手は二人だ、あまり無茶はしないでくれよ」
「そこまであんたの指示に従う気はないわ」
そう言うと彼女はそっぽを向いてしまった。
囮を了承してもらえたのはいいけど、無茶なことしないか心配だな。
「それであたしはどうすればいいのよ」
「それはだな――」
ナターリアに作戦を説明した。
「わかったわ。でもあんたが合流する前にあたしが倒しちゃうかもね」
彼女は自信がある表情をしている。これは一刻も早く合流しないと危ないかもしれない。
本音を言うとこんなリスクのあることしたくないのだが、このまま王都に侵入されてしまうとどうなるかわかったもんじゃない。だからここで仕留めるしかない。
俺たちはそのまま何気ない様子で歩き、昼には休息を兼ねて食事をする。干し肉などの保存食だ。硬くてあまり美味しくない。長旅をするならまともな料理を作らないと精神的に参ってしまうだろう。
昼食を食べた後、再び王都に向けて歩きだした。もちろん奴らもついて来ている。
常に【魔力探知】で奴らの動向を確認していたが、やはり仕掛けてくる気配は無く、一定の距離を保っている。
⋯⋯正直しんどい。慣れれば【魔力探知】は常時無意識で使えるのだが、まだそれに慣れてない俺にとっては中々精神のすり減ることだった。
歩いてだいぶ時間が過ぎただろうか。もう日がかなり傾いてきている。そろそろ野宿の準備をしなければならない頃だろう。日が暮れてから準備していては辺りが暗くて、準備しづらいからな。
俺たちは野宿の準備をし始めた。そろそろ奴らをおびき出そう。
後はナターリアを守れるかだ。いや、絶対に守らないといけない。