第4話 宿に泊まる
「今日はもう日が落ち始めているから向かうのは明日。今日はこの町で泊まるわ。あんた、宿代くらいはあるんでしょうね?」
そう言われて焦った。そういえば、お金はあるのだろうか?
ズボンのポケットを調べる。中から金貨が一〇枚出てきた。よかった、これなら宿に泊まれる。女神が持たせてくれたのか知らんが、これはナイス配慮だ。
「ああ、問題ないよ。どこに泊まるんだ? 案内してくれ」
「え、あんたも来るの?」
ナターリアは困惑したような顔つきをしている。
「そりゃあ、別々の宿に泊まるより、同じところで泊った方が合流しやすいだろ。俺はこの町よく知らないし」
「それはそうだけど⋯⋯」
「なにも同じ部屋に泊まるわけじゃないんだし、問題ないだろ」
「そ、そんなの当たり前でしょ!」
その慌てぶり、まさか本気で同じ部屋に泊まると思っていたのか?
いくらこの先仲間になる人とはいえ、そんなことするわけないだろ。いや、それ以前の問題だ。
「ほ、ほら、今日泊まるところに行くからついてきなさい」
ナターリアは誤魔化すかのように歩き始め、それについていった。
――ナターリア達が歩いて行くのを様子を物陰から見ていた二人の影があった。二人揃ってフードを深く被り、顔は見えづらくなっている。
二人うちの一人がニヤついた顔で喋る。
「情報収集目的だったけど、まさかパクス王国斥候小隊長ナターリアがセレスにいるなんて、思わぬ収穫だわ。隣にいる男は誰か知らないけど、魔力の大きさとゴロツキを軽く退けたのを見る限り、それなりにやり手ね」
「どうしますか?」
もう一人の女性は意見を伺う。
「宿に忍び込んで寝込みを襲ってもいいけど、気づかれて抵抗されると騒ぎになるわね」
「奴等は王都向かうみたいですね。移動途中に仕掛けますか?」
聞かれた女性は暫し考え、口を開いた。
「そうね。移動中、ナターリアが一人になったところを狙うわよ。彼女を始末したらあの男はどうでもいいわ。放っておきましょう。狙いはあくまでナターリアよ。もし、隙がなければそのまま王都に潜入しましょう」
「では私はあの二人の後を付け、見張っています」
「よろしくお願いね。くれぐれも悟られないように」
「心得ています。では」
見張り役を言い出した女性は無表情で言い、ナターリア達の後を気付かれないように大きく距離を空け、追跡を開始する。
「さて、私はもう少し情報収集を続けるとしましょう」
そう言ってもう一人も路地裏に消えていった。
――ナターリアの案内で宿屋に着く。お互いに部屋を取り、しばらくして俺は宿の食堂へ来ていた。
辺りのテーブルを見渡すと一人でいるナターリアを見つけたので向かいの椅子に座る。
原作だとそんな行動はしないのだが、そこまで拘る必要はないだろう。せっかく俺が描いたキャラ⋯⋯いや、人に出会ったんだ、少しでも話がしたい。
「⋯⋯なんでこっちにくるのよ」
「一人寂しそうにしてたからさ、相席いいかな?」
「嫌」
即答で断られてしまった。少し傷つくな。だが、彼女の拒絶を無視し、俺は話を続ける。
「そう邪険に扱わないでくれよ。王都まで共に旅するんだしさ」
「あたしはあんたのこと信用できないのよ」
そう言ってナターリアは俺から顔を逸らす、明らかに警戒している。
「どうしてそんなに信用できない? 俺、何かしたか?」
「帝国の奴を追っているなんて、そんなの怪しいに決まってるじゃない。第一、今この国は帝国と戦争中よ。その状況下で単身乗り込んで来るなんてどう考えたっておかしいわよ」
そうだろうけど、馬鹿正直に『この世界を救いに来た』なんて言う方がもっと信用できないだろうし、それどころか相手にすらされないだろう。
「今、そんなにヤバい状況なのか?」
ナターリアは少し困った表情している。戦況を無関係な人に教えてもいいものか悩んでいるみたいだ。
彼女は周りを気にしながら小声で言ってきた。
「調べればわかるから言うけど、少し押されているわね⋯⋯」
「負けそうなのか?」
「そんなわけないでしょ!」
ナターリアはテーブルに両手を叩きつけながら怒鳴った。その様子に周りの客から視線を浴びている。
はっとなった彼女は恥ずかしそうに俯いた。
帝国というのはペルグランデ帝国のことで、この国、パクス王国に侵略してきている状況だ。
しかしナターリアの態度からして、やっぱり押されているみたいだな。
「帝国にどこまでやられているんだ?」
「それは言えないわ。情報が国民に漏れたら混乱するから」
「そっか。言えないなら仕方ないか」
とは言ったものの原作通りならどこまで侵略されているか知っている。もしそうならあまり時間の猶予はないだろう。
戦況はそこまで悪化しているのだ。早く手を打たないと取り返しがつかなくなる。
「ところで、なんであんたは王都目指しているわけ?」
その質問も正直に答えるわけにはいかない。ここは原作通りに答えておくか。
「傭兵になって帝国と戦おうと思ってね」
もちろんそれもあるが、他にも理由がある。もちろん言うわけにはいかないが。
「あー、いるのよね。そういうバカ。悪いことは言わないからやめておきなさい」
ナターリアから呆れた冷たい視線を感じるが、こちらもやらないわけにはいかない。
主人公の死に関して帝国が絡んでいる可能性は高い。原作では主人公の両親を殺しているのは帝国の者なのだから調べるべきだ。
どの道帝国とは戦うのだから。
「あんたみたいなこと言ったヤツはみんな死んでいったわ。ちょっと腕が立つからって、そういうことして稼ごうだなんて思わないことね」
「俺が傭兵稼業をしているのは単に路銀稼ぎのためだよ」
原作の場合本当だけど、俺の場合は嘘になる。転生して一日も経ってないからな。
「だったら、もっとマシな仕事を選びなさい。てっいうか、この国から早く立ち去りなさいよ」
「あいにくと、そういうわけにもいかなくてね。そろそろ路銀が尽きそうなんだ。だから暫くはこの国に滞在する予定だ」
本当に大してお金持ってないしな。
「だからって、わざわざ帝国と戦わなくても」
「帝国のある者を追っていると言ったろ?」
「あんたと帝国の奴に何があったのよ」
「それは言いたくない」
ナターリアは納得がいかないといった表情だ。
両親を殺した奴を探していると、嘘をついてもいいが、原作でもこの段階で明かさないし、もし明かしてこの先に悪影響があったら困るからな。言わないに越したことはない。
「⋯⋯もういいわ。とにかく、あたしはあんたのこと信用してないんだからね。王都に着いたら、しっかり調べさせてもらうわよ」
「わかった。わかった。取り調べくらいちゃんと受けるよ」
まあ、そんな気全く無いけどな。取り調べを回避するにはナターリアを信用させるしかないだろう。
この後料理を注文した。メニューの文字は見たことも無い文字だったが何故か読めた。これも女神が言っていた力なのだろうか? まあ、読めるに越したことはないので良しとしよう。
暫くして料理が運ばれてきて食べた。食事中、ナターリアとはほとんど会話はなかった。と言うより、何を話せばいいのかわからないのと、彼女が素っ気ないので会話が続かなかったと言った方が正しいか。
なお、料理は可もなく不可もなくといった味だった。
夕食を食べた後、部屋に戻り明日のことを考えていた。
――どうするかは決まった。やはりこうするのが一番だろう。下手に原作と違った行動をしてストーリーが大きく変わると取り返しがつかなくなるかもしれない。
俺の勘が正しければ、原作の主人公と同じ行動を取ると未来はそのように動いていくだろう。
現にここまでは原作とほぼ同じ流れだ。唯一違うとすればナターリアと夕食を共にしたくらいか。
このくらいで未来は変わらないと思いたい。おそらく大丈夫だとは思うが、少し不安でもある。
あれこれ考えているうちに、夜も深まってきた。そろそろ寝る時間だろう。
俺は少々古いベットで横になり、眠りについた。